雷鳴といななき
「……レティ」
息を切らしていたレティだが、その声にふと気がついた。
自分はウィルの腕の中にいる。もっと言えば、抱きしめられている。
それを理解して、さーっと顔が青ざめた。
「ごごご、ごめんなさい、ウィルさま! ご命令を無視するつもりではなかったのですが……!」
何しろ人がいなかった。
助けを呼ぼうにも、外に出るしかなかったのだ。
スターブライトが残っていたのは僥倖だった。彼はレティを覚えていたらしく、快く背中に乗せてくれた。
……その行き先が兵士達の元でなく、ギルバート達のいる方だったのだが。
(かえって良かったかもしれない……)
たとえレティが追いついても、彼らが気を変える可能性は低いだろう。
レティの力では、彼らを止める事はできない。
そもそも追いつけないはずだ。彼らにとって、馬は手足のようなものだから。
それならギルバートに向かってもらった方がいい。少なくとも、彼らは耳を傾ける。
それを分かっていたのかと思ったが、スターブライトはやさしい顔だ。
その毛をなでたい気持ちになったが、今は目の前の人物の方が問題だった。
彼はレティを抱きしめたまま、それはそれは深い――ため息を吐いた。
「……君が無茶をするのは何度目かな」
「多分二度目くらいです……」
「うん、明らかに数が合ってないから、そこはゆっくり話そうか」
それはともかく、と言う。
「お手柄だったね、レティ。よく報告に来てくれた」
「え……?」
「彼らの行動は、絶対に止めないといけない。今までの苦労が無駄になる」
「そ、そうですが……あの、怒ってはいないのでしょうか……?」
「――正直ものすごく怒ってるけど、あれこれ相殺して今の感情に落ち着いてるから、思った以上に平常心が保ててる」
(絶対に平常心じゃない……!)
引いていた血の気がさらに引く。もはやほとんど貧血だ。
完全に硬直していたレティに、ウィルはもう一度ため息をついた。ようやく体を離されて、レティがほっと息をつく。
「……とにかく、一度館に戻ろう。その服も着替えないと……」
「あ、あの、ウィルさま」
そこでレティが口を挟んだ。
「できれば、私も後を追いたいのですが……」
「――――」
「いえあの、もしかすると何かできるかもしれませんし、花の件も心配ですし、ギルさまに何かあったら大変なので、せめてものお手伝いを――」
「おやつ抜き、三日分」
うぐっとレティが言葉に詰まる。その頭に何かがかぶせられた。
見ると、それはウィルが着ていた雨除けの外套だった。
ほのかな体温に、冷えていた身体が一気にあたたまる。
「……いいよ、行こう」
「ウィルさま!」
「正直、行った方がいいとは思うんだ。でも、危ない場所に君を連れて行くのは抵抗がある」
「大丈夫です。ドルキアンのためなら、どんと来いです!」
ウィルに外套を返そうとしたが、強引に着せられてしまう。彼の金髪にも雨が降りかかり、宝石のような瞳を彩った。
「少し待ってて。とりあえず、土砂崩れの対処をしないと――」
「……あ、あのう」
そこでおずおずと声をかけられた。
「土砂崩れなら、俺たちで対処できます。もうほとんど終わってるし、行ってください」
立っていたのは、先ほどまで作業にかかっていた兵士だった。
「ですが……」
「お頭の……俺たちのために、ありがとうございます。大丈夫ですから、行ってください」
見ると、そこにいる全員が二人を見ていた。
その目には感謝の色がある。そして――尊敬と。
誰が言うともなく、彼らは次々に直立した。右手で握りこぶしを作り、それを心臓の上に置く。ドルキアンの最上の礼だと、以前に教えられた事があった。
「終わったら、俺たちもそっちへ向かいます。絶対に川を氾濫なんかさせねえんで、任せてください」
「あの、ですが、向かうと言ってもどこへ――?」
「――感謝します」
そう言うと、彼はレティを抱き上げた。
スターブライトの背に乗せると、続いて自分も後ろに乗る。慣れない馬のはずなのに、ウィルは軽々と乗りこなした。
「この辺りの地図は頭に入ってる。問題ないよ」
「さ、さすがです、ウィルさま……」
「――さあ、もう少しだけ頑張ってくれるかい、スターブライト?」
ウィルが囁くと、彼は高らかにいなないた。
そして――レティの時とは段違いの速度で疾走した。
お読みいただきありがとうございます。ふたたび走る、走る。




