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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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雷鳴といななき


「……レティ」


 息を切らしていたレティだが、その声にふと気がついた。

 自分はウィルの腕の中にいる。もっと言えば、抱きしめられている。

 それを理解して、さーっと顔が青ざめた。


「ごごご、ごめんなさい、ウィルさま! ご命令を無視するつもりではなかったのですが……!」


 何しろ人がいなかった。

 助けを呼ぼうにも、外に出るしかなかったのだ。


 スターブライトが残っていたのは僥倖だった。彼はレティを覚えていたらしく、快く背中に乗せてくれた。


 ……その行き先が兵士達の元でなく、ギルバート達のいる方だったのだが。


(かえって良かったかもしれない……)


 たとえレティが追いついても、彼らが気を変える可能性は低いだろう。

 レティの力では、彼らを止める事はできない。


 そもそも追いつけないはずだ。彼らにとって、馬は手足のようなものだから。

 それならギルバートに向かってもらった方がいい。少なくとも、彼らは耳を傾ける。


 それを分かっていたのかと思ったが、スターブライトはやさしい顔だ。

 その毛をなでたい気持ちになったが、今は目の前の人物の方が問題だった。

 彼はレティを抱きしめたまま、それはそれは深い――ため息を吐いた。


「……君が無茶をするのは何度目かな」

「多分二度目くらいです……」

「うん、明らかに数が合ってないから、そこはゆっくり話そうか」


 それはともかく、と言う。


「お手柄だったね、レティ。よく報告に来てくれた」

「え……?」

「彼らの行動は、絶対に止めないといけない。今までの苦労が無駄になる」

「そ、そうですが……あの、怒ってはいないのでしょうか……?」

「――正直ものすごく怒ってるけど、あれこれ相殺して今の感情に落ち着いてるから、思った以上に平常心が保ててる」


(絶対に平常心じゃない……!)


 引いていた血の気がさらに引く。もはやほとんど貧血だ。

 完全に硬直していたレティに、ウィルはもう一度ため息をついた。ようやく体を離されて、レティがほっと息をつく。


「……とにかく、一度館に戻ろう。その服も着替えないと……」

「あ、あの、ウィルさま」


 そこでレティが口を挟んだ。


「できれば、私も後を追いたいのですが……」

「――――」

「いえあの、もしかすると何かできるかもしれませんし、花の件も心配ですし、ギルさまに何かあったら大変なので、せめてものお手伝いを――」

「おやつ抜き、三日分」


 うぐっとレティが言葉に詰まる。その頭に何かがかぶせられた。

 見ると、それはウィルが着ていた雨除けの外套だった。

 ほのかな体温に、冷えていた身体が一気にあたたまる。


「……いいよ、行こう」

「ウィルさま!」

「正直、行った方がいいとは思うんだ。でも、危ない場所に君を連れて行くのは抵抗がある」

「大丈夫です。ドルキアンのためなら、どんと来いです!」


 ウィルに外套を返そうとしたが、強引に着せられてしまう。彼の金髪にも雨が降りかかり、宝石のような瞳を彩った。


「少し待ってて。とりあえず、土砂崩れの対処をしないと――」

「……あ、あのう」


 そこでおずおずと声をかけられた。


「土砂崩れなら、俺たちで対処できます。もうほとんど終わってるし、行ってください」

 立っていたのは、先ほどまで作業にかかっていた兵士だった。


「ですが……」

「お頭の……俺たちのために、ありがとうございます。大丈夫ですから、行ってください」


 見ると、そこにいる全員が二人を見ていた。

 その目には感謝の色がある。そして――尊敬と。


 誰が言うともなく、彼らは次々に直立した。右手で握りこぶしを作り、それを心臓の上に置く。ドルキアンの最上の礼だと、以前に教えられた事があった。


「終わったら、俺たちもそっちへ向かいます。絶対に川を氾濫なんかさせねえんで、任せてください」

「あの、ですが、向かうと言ってもどこへ――?」

「――感謝します」


 そう言うと、彼はレティを抱き上げた。

 スターブライトの背に乗せると、続いて自分も後ろに乗る。慣れない馬のはずなのに、ウィルは軽々と乗りこなした。


「この辺りの地図は頭に入ってる。問題ないよ」

「さ、さすがです、ウィルさま……」

「――さあ、もう少しだけ頑張ってくれるかい、スターブライト?」


 ウィルが囁くと、彼は高らかにいなないた。

 そして――レティの時とは段違いの速度で疾走した。

お読みいただきありがとうございます。ふたたび走る、走る。

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