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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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雨の中の闖入者



    ***

    ***



(さすがだな……)


 土砂崩れは思ったよりもひどく、常ならば相当の苦労が強いられるものだった。

 だが、今日に限っては違っていた。


「次はその大岩をこちらに。みなさんは砂利を向こうの方へ、くれぐれも足元に気をつけてください」


 てきぱきと指示を出す青年は、優男と言っても差し支えない外見だ。並外れた美貌ではあるものの、ドルキアンの男にとって、容姿はさほど重視されない。

 それよりも、いかに馬を乗りこなせるか、剣の腕に優れているか、そういうものが重要となる。


 ――だが、目の前のこの人物は。


「あ、あのう、お客人。ほんとにこれで大丈夫なんですかい? いつもならもっと、別のやり方で……」

「問題ありません。残りは雨が止んでから行います」


 今はとりあえず、川に土砂が行かない事が優先だ。

 理屈はそうでも、彼らには理解しにくいらしい。ちらりと目を向けられ、ギルバートも頷いた。


「問題ない。それは私が頼んだことだ」

「あ、そうですかい。それなら」


 ころっと態度を変えた彼に、ウィルが苦笑して礼を言う。


「ありがとうございます。助かりました」

「いや、こちらこそ申し訳ない。本当に助かっている」


 それはギルバートの本心だった。

 手伝いを買って出てくれた青年は、思った以上に有能だった。


 ざっと状況を見ただけで、何が起こったのか理解したらしい。即座に地図と照らし合わせ、よどみない口調でギルバートに指示を請い、了承とともに指揮権を得た。ギルバートの下で指示を出す形だが、実質彼が指揮官だ。


 ギルバートも厄介な場所にかかりきりになっており、ウィルの存在はありがたかった。


 最初は危ぶんでいた彼らも、いざ作業を始めてみると、見る間に地面が整えられていくのを目の当たりにして、その正確さに気づいたようだった。不安な瞳が、見る間に尊敬のまなざしに変わっていく。

 もとより、ドルキアンのために寝食を削って尽くしているのを知っている彼らだ。ボールドウィン領主に対する好感度はかなり高い。たった今話を聞きに来た男も、すぐに効率の良さに気づいたらしく、こちらにぴょこんと頭を下げた。


(ボールドウィンは……長らく不毛の地だったか)


 特にここ十年は作物の実りも少なく、森は広く荒れ果てて、ずっと災害に見舞われているようなものだった。先代の領主もそれを見越して、様々な知識を得たという。

 息子にもそれが受け継がれたのだろう。ドルキアンでの土砂崩れに対して、この上なく適切な処置を行っている。


 いや、それどころか――。


「……あなたはすごいな、ウィル」


 一度確認のために戻ってきたウィルに対して、ギルバートがポツリと言った。


「ドルキアンの土地の特性をよく理解している。指示もこの上なく的確だ」

「それならよかった。この分だと、思ったより早く済みそうですね」

「正直言って、私よりも優秀だと思う。失礼だが、どこでそんな知識を? ボールドウィンにこんな山はないはずだ。必要な知識とも思われないが……」

「今回の調査の副産物です。それと、ドルキアンとは領地を接しています。何かあった時のため、最低限の知識は得ています」


 逆に言えばそれだけですよ、と。

 微笑む顔からは、それ以上の情報が読み取れなかった。


「それに、細かな修正をしてくださったのはあなたです、ギル。短い時間にこれだけの情報を整理して決定するやり方は、とても勉強になりました。見習いたいと思います」

「それは買い被りだ」


 ギルバートは首を振った。


「ウィルフレッド・ボールドウィン伯爵。あなたの指示により、川の氾濫は避けられるだろう。心から感謝する」

「こちらこそ。間近でドルキアン領主の采配を見ることができて光栄です」


 ふ、と互いに笑い、こつりと拳をぶつけ合う。

 その時だった。


「……馬?」


 ギルバートがふと耳を澄ました。


「馬ですか。こんな場所に?」

「いや……必要な人員以外、館に残っている人間はいないはずだ。火急の用件か、それとも……」


 その時、ウィルが目を丸くした。


「……レティ?」


 小雨の降る中、こちらに向かって駆けてくる茶色の馬。

 額の真ん中に星があり、背中に小柄な少女を乗せている。

 雨に濡れるのも構わず、飾り気のないドレス姿で馬にまたがるその姿は――……。


「ウィルさま、ギルさま!」


 必死な顔をしたレティが、(たてがみ)にしがみつくようにして飛び込んできた。


「大変です、兵士の方たちが!」

「どうした?」

「王都に……王都に向かうつもりです。急いでください、止めないと!」


 レティはびしょ濡れの姿だった。

 雨除けのコートも着ずに駆けてきたらしい。転がり落ちそうになったところを、ウィルがしっかりと抱き留める。ギルバートは馬の手綱を取った。

 よくひとりで馬に乗れたものだと思ったが、その馬には覚えがあった。


「そうか、お前が連れてきてくれたのか。スターブライト」

 鼻先をなでると、スターブライトは甘えるように鼻をすり寄せた。


「王都と言ったな。時間は?」

「多分……半刻は経っていないと思います」

「それなら追いつく。ありがとう、レティ」


 近くにつないであった馬を引き出すと、ギルバートはひらりとまたがった。


「ガストル!」

 叫ぶ声に、ガストルがすぐに反応する。


「付き合え。時間がない」


 それだけでガストルが理解したらしい。見る間に顔が引き締まる。残った彼らに指示を出し、彼も馬に飛び乗った。


「お嬢ちゃん、感謝する」


 走り去る彼らを、全員がぽかんとしたように見送っていた。

お読みいただきありがとうございます。雨の中を駆ける。

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