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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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雨音と不協和音


 翌日は雨になった。


 ドルキアンに来てから初めての雨だ。いつもなら外で鍛錬しているはずの兵士達も、今日は館の中にいる。見張りは置いているが、それくらいだ。


「ずいぶん降るね。音がすごいな」

「この辺りは山が多いですし、少し冷えますね」


 相変わらず資料を読みふけっていたウィルが、窓辺に立って外を見る。隣にいたレティが腕をさすると、羽織っていた上着を着せかけてくれた。


「もう一枚着た方がいいな。風邪を引くよ」

「すみません……」


 ウィルの体温が移った上着はあたたかくて、ほのかにやさしい匂いがした。


「お花、大丈夫でしょうか」

「とは思うけど。まだつぼみだったし、散る心配はないと思うよ」

「だといいのですが……」


 色が変わらないうちに場所を移してしまう事が心配で、花はあのままになっている。下手な事をして枯れてしまっては元も子もない。レティもその意見に賛成だ。


 けれど、叩きつけるような激しい雨は、昼にやっても止まなかった。


 それどころか雷まで鳴り出して、どんどん天気が下降していく。昼食の席でも、水害についての話が出た。


「洪水は起こらないが、山崩れは起こる。しばらく外に出ない方がいい」

「ですが、花は」

「ドルキアンで雨が降った日は数え切れないが、それで花が散ったという話は聞いたことがない。大丈夫だ」


 くれぐれも外出しないようにと言い置いて、ギルバートは席を立った。そういえば、レティ達がここに来てからずっと、ギルバートが食事の席に参加してくれた。おかげで情報の共有も楽だったし、困った事はすぐに聞けた。よく考えるとすごい事だ。


 ウィルと二人で長い間話し込んでいる事も多く、そんな時は夜中を過ぎる場合もあった。

 こんなに頑張っているのに、糸口がつかめない。


 ウィルはもう少しだと言っていた。その言葉を信じるなら、あと少しなのだろう。

 けれど、それとは裏腹に、ギルバートの部下達の不満はますます高まっているようだった。


 そんなある日、事件が起こった。


 雨が降り始めて三日目、その日は一段と強く雨が降っていた。

 花を献上するのは二日後だ。資料はあらかた読み終えてしまった。祈りにも効果はなく、レティは焦る気持ちを抱えていた。


 色水、土の配合、湿度など、考えられるものはすべて試した。気温と天気の図表を見ても、十年前との違いは分からない。


 やはりエネルギーの枯渇なのか。けれど、それにはひとつ疑問が残る。


(二月前に、エネルギーは満ちていたはず……)


 ギルバートの日記にもあったように、大地が一度力を失い、その後すさまじい回復を見せたという。これはエネルギーが一時的に消費され、その後補填された事を意味する。


 だとすれば、エネルギーの枯渇ではない。

 もしかすると、少し見方を変える必要があるのではないだろうか。


(思い出して。あの時、何があったのか)


 パメラがいなくなるかもしれない不安と衝撃。させまいという決心。

 助けてと願ったら、枯れ大樹が反応した事。


 祈りは確かに届いた。けれど、今回はそれがない。

 そういえば、とレティは思った。


(あの小石が光ったのは……どうしてなんだろう?)


 慌ただしい足音が近づいてきたのはその時だった。


「すまないが、今日の予定はすべて変更する。君は決してこの館から出ないように」


 現れたのはギルバートだった。今日は珍しく、ドルキアン風の外套をまとっている。


「何かあったんですか?」

「土砂崩れだ。巻き込まれた人間はいないようだが、念のために確認している。君も知っているな。行きに通ってきた道、その分かれ道に当たる場所だ」


 彼の言った場所には覚えがあった。少し不安定な急斜面で、今は使われていない道だ。ただし、放っておくと川をふさぎ、被害が広がってしまうという。そのため、できるだけ早く土砂を取り除いておく必要があるらしい。


「最低限の者は残していくが、大勢で作業に当たる。今日は戻れないかもしれない」

「――お手伝いします。僕にも外套を」


 その時、ウィルが立ち上がった。


「申し訳ないが、慣れている人間の方が作業が早い。気持ちはありがたいが――」

「お忘れですか。私はボールドウィンの領主です。災害への対処も学んでいます」


 そして、場所はドルキアンとの通行地だ。役に立てないはずがない。それに思い至ったのか、ギルバートが顔を引きしめた。


「……助かる。来てくれるか」

「喜んで」


 レティ、と外出着を羽織りながらウィルが言った。


「外に出ないようにね。危ないから」

「ウィルさま……」

「約束を破ったらお説教だ。――多分、ルカがね」


 そう言って片目を閉じると、二人は急いで出て行った。

 二頭の馬が駆けていくのを見送りながら、レティは両手を握りしめた。


 ――どうか、気をつけて。


 遠ざかっていく二つの影に、その声は届かなかった。

お読みいただきありがとうございます。雨に祈る。

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