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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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色を変える花



    ***



 ともかく手がかりが見つかったので、ウィルに報告しに行った。


 ウィルはちょうど届いたばかりの手紙を読んでいるようだった。レティが入ると、彼はすぐにそれをたたんだ。


「……なるほど。それなら、やっぱりあの花は本物なのかもしれないね」

 話を聞くと、ウィルは真顔で頷いた。


「ですが、どうすればいいのか……。期限はいつまででしたっけ?」

「あと十日弱といったところかな。もう少し余裕はあるけど、あまりぎりぎりなのもまずいしね」

「十日……」


 たったそれだけで、花の色を変える事ができるのか。

 急に不安になってきたが、ともかくも二歩めの前進だ。


「それにしても、レティはやっぱり緑の乙女だね」

 急にウィルが妙な事を言い出した。


「ご先祖さまの日記帳があって助かった。お手柄だよ、レティ」

「そ、それはどうもありがとうございます……?」


 だが、自分が緑の乙女というのは解せない。そもそもあれはフォンドアに伝わるおとぎ話で、伝承の類だと思っている。フォンドア(おう)が見たというグレーデの女性については、未だによく分からないのだけれど――……。


「ウィルさま、私はそういうものではなくてですね……?」

「うん、そうだけど、そうなんだろうけど……でもやっぱり、君は幸運の女神だと思うよ。なんといっても、枯れ大樹をよみがえらせた当人だし」

「あれは偶然というか、大樹の方からよみがえってくれたと言いますか……」

「それでもあれは奇跡だよ。少なくとも、僕はそう思う」


 だから、きっと今回も。   


「枯れ大樹の加護があると思うんだ。それと同時に、大樹を遣わした女神の加護もね」

「女神さまの加護……」


 だとすれば、ギルバートを守ってほしいとレティは思った。

 黄金の果実の奇跡がパメラを救ってくれたように。

 グレーデの人々と、ボールドウィンの人々を守ってくれたように。


 今度はドルキアンの人達を助けてほしい。あのやさしい領主の命を奪うなんて真似、あっていいはずがないのだから。


「ウィルさま、力を貸してくださいますか? 考えつく限りのことを試してみます。どうか協力してください」


 ウィルは頷き、輝くような顔で笑った。


「もちろんだよ、レティ」



    ***



 まず初めに行ったのは、膨大な資料を当たる事だった。

 ギルバートに日記帳を見せると、彼も驚いた顔をしていた。すぐに必要なものはないかと聞かれる。そこでウィルが奇妙な注文を出した。


「この間の地図をお借りできますか? 書き写したり、悪用する気はありません。ですが、必要になると思われます」

「……分かった。許可しよう」

「よろしいのですか?」


 聞いてから目を丸くするのも変だったが、ギルバートは「ああ」と頷いた。


「私は善き隣人でありたいと思っている。そして、あなた方がそれを裏切る人間でないことを知っている」

 だから問題ない、と告げる。


「……感謝します」


 我が家名と女神にかけて、誠実であらんと約束する。胸に手を当てる仕草は、枯れ大樹に誓ったのと同じものだった。


「レティは? 私にできることはあるだろうか」

「そうですね……。今のところはありませんが、何かあったらお願いします」

「分かった」


 まずは土を調べるところからだ。

 植物の成長に必要なのは、空気と水、そして光。養分や適切な温度もそうだが、大まかなところはこの三つだろう。


 そして――土。


 必須条件ではないが、今回はこちらも入っている。なぜならば、ドルキアンの土は非常に特殊なものだったからだ。


(グレーデと全然違う……)


 今までの知識が役に立たない。もちろんボールドウィンとも違っていて、とにかく戸惑う事が多い。これを知らないままでは、正しい結論など導けまい。

 幸い、ドルキアンの地質学の本は充実している。分からないところは調べながらでも進められる。


 勇んで取り掛かったものの、すぐにレティは行き詰まった。

 土によって花の色が変わる植物は、この国には存在しなかった。


 雨の多い国に咲く花に似たような記述はあったが、この土地で育つのは難しいそうだ。万が一の事を考えて、土の成分を調べてみたが、まったく違うものだった。


 ならば水だと思ったが、この辺りは雨水らしい。雨は領地のどこでも降る。違いがあるとは思えない。空気の方も同様だ。もっと詳しく調べてみる必要はあるが、それほど望みは高くない。


(だとすれば……光?)


 だが、日の光は等しく降り注ぐ。これにも違いはなさそうだ。

 水、空気、光。そのどれもに違いはない。


 となると、やはり土だろうか。これだけは不明な点が多い。

 だとすれば、やはりこの土地の特性について学ばなければ。


 あれやこれやと資料を読み込むレティの横で、ウィルは地図とにらめっこしていた。

 その顔は珍しく、ひどく真剣だ。写しとして与えられた地図に定規を当て、何やら複雑な計算をした後、あれこれ別紙に書き込んでいる。邪魔をするのは申し訳なかったので、レティは自分の仕事に集中した。


 ちなみに同じ部屋で作業しているのは、使う資料がかぶるからだ。いちいち隣の部屋を訪ねるのは面倒で、そうしようと意見が一致した。多分ルカがここにいても、同じ結論になったと思う。


 そのルカは引き続き外出中だ。ウィルの要請で数日家を空ける事もしょっちゅうなので、あまり心配はしていない。だが、一体どんな用事なのか。無事に帰ってきてほしいと願うばかりだ。


(でも、ルカさまなら心配ない)


 きっと大丈夫だ。あの青年は頼りになる人物だから。

 むしろ自分の方が頼りない。あとで笑われないようにしなければと思う。


 ドルキアンの地質を調べる際には、ウィルの栞が非常に役立った。おそらくレティひとりだったら、五分の一も読めていないに違いない。彼が調べていたのは土の特性だけでなく、ドルキアンで産出する鉱石や、それを使って作られる武器、その際の詳しい作り方などだった。


 今回の件に関係あるのかと思ったけれど、きっと必要な事なのだろう。

 全員、できる事をやるだけだ。


 そしてレティにできるのは、今ある知識を目いっぱい使って、ギルバートの命を救う事。


(ドルキアンの土には特徴があり、他の物質と交わりやすい……)


 ある種の化学変化をもたらし、それが様々な鉱石を生み出しているという。そして、その正体は謎だそうだ。


 それにより、珍しい鉱石がたくさん生まれた。他領に出す分はほんのわずかで、あとは自領に留めている。とはいえ、量は決して多くない。

 過去に何度か王家からの視察が入ったが、そのどれもが不発であり、領主でさえ産出場所を把握できないという話が真実だと知らしめただけだった。


 だがそれが花と関わっているのかと言われると……よく分からない、としか言いようがない。


 次の本を手に取ろうとして、レティはふと近くに置かれた冊子に気がついた。


「これは……?」


 それはギルバートの日記帳だった。ご先祖さまのものとは違い、日々の出来事に特化している。読んでもいいのかと思ったが、わざわざ置いてあるのだから、何か意味があるのだろう。一応確認を取ってみると、「構わない」と返ってきた。


 他人の日記帳を見るのは気が(とが)めたが、何か手がかりがあるかもしれない。

 ぱらりとめくってみると、やや硬い筆致で、他愛無い出来事が綴られていた。


 元気のいい仔馬が生まれた話、夕飯がおいしくて嬉しかった話、館のそばで小さな花が咲いた話。

 日常の細々した事が、彼の人柄そのままに伝わってくる。微笑ましい気持ちを覚えながら読み進めていたレティだが、その中でひとつ、気になる記述を見つけた。


 それは今から二月ほど前に起こった事だった。


 ――急に大地が力を失ったようになり、その後、すさまじい回復を見せた。植物が茂り、果物の実りが良くなり、花が咲き乱れている。こんな事は初めてだ。一体何が起こったのだろう。


 この話は、確か以前に聞いたはずだ。

 あの時は植物がよく育ったという事しか知らなかったが、彼の日記によると、一度大地が力を失ったように見えたという。その後で急速に回復し、格段に実りがよくなった。


(これって、どこかで……)


「レティ?」


 日記のページを開いたまま動かなくなったのを不審に思ったらしく、ウィルが声をかけてくる。すぐにレティはそれを見せた。


「ウィルさま、これって……」

「……これは」


 そこで言葉を切り、日付を辿って、その前後の記述を確かめる。最後にもう一度日付を確認すると、ウィルは「……なるほど」と呟いた。


「レティ、覚えていない?」

「覚えていないって、何がですか?」

 目をぱちくりさせたレティに、彼が厳かな声で言う。


「彼が記したこの日付。これは、レティが奇跡を起こした日だよ」

お読みいただきありがとうございます。日記が意外と役に立つ。


(※本日の更新ここまでです。続きは明日の予定です)

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