その花の色は
***
「本当でしょうか、ウィルさま?」
現場へ急ぎながら、レティは横にいるウィルに問いかけた。
「そんな嘘をつく理由がないから、本当だろうね。何かの見間違いでなければの話だけど」
「あんなに探したのに……」
そして、花は咲いていなかったはずなのに。
用意された馬で駆けつけると、ギルバートはすでに待っていた。呼びに来てくれたガストルがすぐに主の元へ行く。言い忘れたが、彼が発見者なのだった。
「レティ、来てくれたのか」
「はい……あの、本当ですか? 花が」
「その前に、これを見てほしい」
彼が示したのは自らの足元だった。先ほどまで何もなかったはずの場所に、ちょこんと植物が生えている。
「君と帰った後、どうしても気になって戻ったそうだ。そうしたら、これを見つけたと」
「これは……」
そこにあったのは、小さな花のつぼみだった。
まだ咲いてはおらず、つぼみは固く閉じている。まるで緑の葉に包まれているようだ。
葉の形状はスズランに近い。ギルバートの部屋で見た花の写し絵によく似ている。
だが――その色は。
「白……」
レティの口からこぼれた呟きに、ギルバートが頷いた。
「色が違う。だから、正確に言えば繁栄の花とは言えないが……それでも、あの花に似ている」
もっとも、咲いてみなければ分からないがとひとりごちる。
「つぼみを献上することは可能ですか? もしくは、色違いを」
ウィルが問うと、ギルバートは首を振った。
「無理だろう。咲いてからでなくては献上できないし、色違いを本物と言うわけにはいかない。王家に献上するのは、あくまでも咲いた青色の花だ」
「そんな……」
「だが、これで一歩前進した。これが本物であれ、偽物であれ、この場所で花が見つかった。それは事実だ」
それを聞きながら、レティは胸元を握りしめた。
(この花……)
レティは目の前の花に見覚えがあった。
見覚えがあるどころか、つい最近、触れるほど近くで見たはずだった。
(あの夢の……)
それは、まさに、夢で見た花だったのだ。
――あの花が、どうしてここに?
だが、花の色が違う。
レティの見た花は青かったが、この花のつぼみは白い。
何か関係あるのだろうか、それとも。
「不躾なお願いですが、この場所を調べさせていただいても構いませんか?」
考え込むレティの横で、ウィルが許可を願い出る。ギルバートが反対するはずもなく、何をしてもいいと言ってくれた。
「レティ、さっきのかけら、まだ持っている?」
「え? あ、はい。もちろん」
慌てて首にかけていたものを引っ張り出す。紐に小袋を結びつけていて、その中に大樹のかけらを入れてあるのだ。礼を言って受け取り、ウィルは向こうへと歩き出した。どうやら何か目的があるらしい。そちらの方はウィルに任せ、レティはじっとつぼみを見た。
やはりというか、レティも初めて見る花だ。
花の色にも、葉の形状にも見覚えはない。匂いを嗅いでみたが、特に変わった様子もない。ルカが見ていたら「やっぱり犬か」と言われただろう。でも、そんな事はどうでもよかった。
ひとつひとつ、記憶にある花と照らし合わせていく。
似たような花はいくつかあるが、どれとも違う。グレーデやボールドウィンに生える花ではない。だとするなら、高原や高山を主とする植物だろうか。それなら図鑑にあったはずだ。だが、それにも該当するものはない。
それなのに――なぜかレティは、この花を知っている気がした。
(どうして……?)
あの時もそう思ったはずだ。
そして今、初めて見るはずの花について、同じ事を思っている。
(どこ……どこで見たの? 思い出して)
どれだけ考えても分からない。あと少しで思い出せそうなのに。
図鑑ではない。グレーデから持ってきた覚え書きでもない。だとすれば、一体どこで。
考えすぎて頭が痛くなったころ、ウィルが戻ってきた。
「ギル。戻ったらお話があります。なるべく早急にお時間をいただければと」
「ああ、分かった。帰ったらすぐにでも」
「感謝します」
微笑むウィルの手は、少しだけ汚れている。
一体何をしてきたのか、レティにはさっぱり分からなかった。
***
その日、遅くまで彼らは話をしていた。
夕食は一緒に食べてくれたが、どこか落ち着かない空気が伝染したのか、初日ほど話は弾まなかった。レティの食べる量も、いつもよりちょっとだけ少なかった。
ぽっかり空いたひとり分の席も、原因のひとつだったのかもしれない。ルカのいない席は、なんだか妙に物足りなかった。
ひとりになった後、レティは考え込んでいた。
植物図鑑を見直してみたが、やはり該当する花はなかった。ドルキアンの書物も同様だ。覚え書きは読みすぎて目が痛い。だとすれば、それ以外の場所で見たのだろう。
(それ以外、と言うと……ボールドウィンのお屋敷で見た本? でもそれなら覚えているはずだし……)
それに、植物の本に限って言えば、レティが持っている本の方が詳しかった。
だとすると、あとは――。
――ぐうきゅるるる。
考え事が中断されたのは、間抜けな音が響いたからだった。
すなわち――腹の音。
そういえば、今日はお代わりを一度しかしなかった。そこそこ食べたと思うのだが、時間が経ってしまったせいか、すでにお腹が空いている。
この感覚は久々だ。ウィルのところでひもじい思いをした事は一度もない。いつも量はたっぷりだし、みんな競っておいしいものを食べさせてくれる。おかげでレティの背は伸びて、体重もちょっぴり増えたと思う。
(そういえば、昔……)
まだグレーデに住んでいたころ、非常食を蓄えるのは必須だった。その際に役に立ったのは、分厚い植物図鑑ではなく、ご先祖さまの覚え書きと日記帳だった。
この辺りに生える植物とその特性、どうやったら食べられるのか、どれが保存に適しているのか、それは詳しく書いてあった。特に覚え書きは素晴らしく、通常の本には載っていないような内容まで事細かに記されていた。
その逆に日記帳は、記述内容にムラがあった。
本体は日記なので、関係ない記述も多々出てくる。そちらは詳しく読み込んでいる暇がなかったので、ざっと眺めたきりである。目当ての令嬢に対する賛辞や詩を数ページに渡って綴っていたりするので、そういうところは流し読みしていた。
その中でひとつ、不思議な記述があった。
――色を変える花がある。
詳しい内容は覚えていないが、そばには想像図が添えられていた。
あれは、確か――。
「……あれだ!」
レティは飛びつくようにして日記帳を取り出した。すさまじい速さでページをめくる。目当ては植物の記録以外だ。
失恋した話、転んでお尻を打った話、雨上がりの虹が綺麗だった話。その中に数行、「聞いた話だが」と前置きした文章が書かれていた。
――この国のどこかに、色を変える花がある。
めったに咲かない花で、数も少ない。本物を見た事はないが、山野を好んで咲く花だという。あまりに興味深いので、聞いた話を基に、想像図を描いてみた。そのうち答え合わせができるだろうか。
空色の、美しい花らしい。いつかその花を見てみたい。
添えられたスケッチは、今回の花によく似ていた。細かな違いはあるものの、色以外はほぼそっくりだ。
「繁栄の花……!」
だが、どうすれば色が変わるのか。
記述はそこで終わっている。ご先祖さまもそれ以上の事は知らないようだ。
色が変わるのは分かったけれど、かといって、どうしたらいいか分からない。
「ううーん……?」
一難去ってまた一難。
ふたたび考え込んでしまうレティだった。
お読みいただきありがとうございます。そして謎がまたひとつ。




