お茶をご馳走になりました
(直前の話↓)
「一緒にお茶を飲もう」
「はいもちろん!」
その少し前、同じ部屋で――。
「……可愛かった」
「ああ、うん、まあな」
「とっても可愛かった」
「ああ、うん、子供だからな」
「ものすごく可愛かった。特に食べている時の、無心なあの表情……」
「ああ、うん、小動物的なやつな」
「……目の前でもう一回見たいな……」
ほうっとため息をつく青年に、ルカは眉間のしわを深くした。
「やめとけ。あいつは使用人だ」
「可愛い生き物にはおいしい食べ物と飲み物を差し出せとうちの家訓には書いてある」
「だからろくでもねえ家訓ばっかあるんだよなお前の家は……!」
一歩も引かない友人に、ルカががしがしと頭をかく。
誤解してほしくはないが、色っぽい意味はまったくない。見た目だけは完璧すぎるほど完璧なこの男は、小さな生き物にとにかく弱い。今回もその類である。――だが。
「どう考えても、新入りを特別扱いしたらまずいだろ。いじめられるぞ、あいつ」
「そうかな?」
「ああ、いじめられる。賭けてもいい」
その言葉に、彼はちょっと考え込んだ。
「……それは、困るな」
「だろう。だったらあきらめて――」
「なら、理由を作ればいい」
平然と言う友人――いやこの場合は主人と言った方が正確だろうか――を見つめ、ルカが唖然とした顔になる。目の前の青年は呆れるほどまっすぐな目をしている。だがしかし、言っている事がろくでもない。
「……待て待て待て、前提がおかしい」
「そうかな?」
「使用人に旨い菓子を食わせるために、わざわざ理由を作る主人がどこにいる」
「ここに」
「存在するのがおかしいって言ってんだよ! 分かれよ馬鹿! いや分かって言ってんのかタチわりいなこいつは! アホか! 自重しろ! 我慢しとけこの天然領主!」
「君の罵倒も慣れると割と快感だよね。ルカ」
それはともかく、とウィルが告げた。
「もう一度レティに会いたいのは本当なんだ。彼女、どうも気になる」
「……それは勘ってことか?」
「うん、まあ」
それを聞き、ルカは表情を改めた。
ウィルことウィルフレッド・ボールドウィン伯爵は、勘が鋭い。そのおかげで危機を回避した事は数知れず、ついたあだ名が野生動物。伯爵家にそんないくつもあだ名をつけるとは不敬だが、これはルカが個人的につけているものなので問題ない。
(そんな野生動物が、あのチビを……?)
思えば、最初の出会いからそうだった。
すっかり暗くなった夜の森で、片方だけ脱げていた靴(のちに落としていただけと判明したが)を発見した事も奇跡なら、草を踏み分けた形跡を見つけたのも幸運だ。その先にいた子供――痩せて小さかったので子供と言ったが、もうちょっと上かもしれない――に出会ったのも、偶然が重なった結果だった。
確かにこれは何かある、かもしれない。
(でもなあ、こいつ、小さい生き物好きだしな……)
単なる趣味の可能性も、わずかにある。
食べ方が愛らしかったのは認める。認めるが、なんでそこで餌付けに走る。
「……菓子抜きで話せばいいんじゃねえか?」
「せっかく呼び出したのに可哀想だろう。それに、またご馳走すると約束した」
「いや社交辞令ってやつな?」
「一度した約束は最後まで貫けとうちの家訓には書いてある」
「だからお前んとこの家訓はろくでもねえってあれほど言って……!」
叫んだが、この友人が頑固なのは知っている。ルカは早々にあきらめた。
「……しょうがねえな、今回だけだぞ」
そして冒頭の話に戻る。
コポコポコポ……。
軽やかな音とともに、目の前で紅茶が注がれていく。
きらめく琥珀色に、レティは目を輝かせた。
「この間は簡単に済ませてしまったからね。どうぞ、召し上がれ」
「いただきます……!」
レティの目の前には、夢のような光景が広がっていた。
木の実を砕いたビスケットに、薄いクリームを挟んだクッキー、どっさりの果実を乗せたタルト。ほかほかと湯気を立てるスコーンには、蜂蜜とバターが添えられている。色とりどりの丸いお菓子は、蒸し菓子に色をつけたものらしい。口に入れると、じんわりとした甘みが溶けた。
(お……おいしい……)
ケーキに似ているが、これはもっと手軽に食べられる。色は植物や果物の汁でつけてあるようだ。ひとつずつ味が異なっていて、どれもおいしい。クッキーも絶品だ。タルトの上の果実は、蜜で煮込んであるという。普通なら酸っぱくて食べられないが、これは甘く濃厚だ。とても手が込んでいる。そして、おいしい。
「気に入った? スコーンも食べてみて」
「はい!」
スコーンを手に取ると、ほわっと温かかった。
半分に割り、片方にたっぷりと蜂蜜をかける。とろりとした金色が生地に染み込み、甘い香りが立ち上る。ぱくりと頬張ると、レティはそのおいしさに目を見張った。
(すごい、さくさくじゅわっと……!)
さっくりとした生地は香ばしく、中はふわっと軽い。そのせいで蜂蜜がよく染みて、得も言われぬおいしさだ。バターを添えると、ほのかな塩味がアクセントになり、これまたおいしい。そしてこのバターが絶品だ。多分、甕一杯いける。
「とっても……とってもおいしいです、ウィルさま……!」
「それはよかった」
ウィルはにこにこと見つめている。
対するルカは不機嫌そうだが、仕方ないと思っているらしい。「おいチビ」と聞かれ、レティは顔を上げた。
「気に入ったか、それ」
「はいとっても!」
「なら土産でやるから、みんなで食え。スモモのジャムもつけてやる」
「わぁ、ありがとうございます!」
きっとみんな喜ぶだろう。そういえば、前にサンドラが「ここのお茶とお菓子は絶品」と話していた。どうやらたまにこうやって、みんなにお裾分けしているらしい。
今日の紅茶はリンゴの風味のするものだ。聞けば、リンゴを切って鍋に入れ、ぐつぐつと煮込んで作るらしい。道理でいい香りがする。
そこでふと思い出した。
「そういえば、こちらでは作物の実りがよくないそうですね」
「ああ、誰かに聞いたのか」
すぐにウィルが頷く。
「そうだね。特にここ数年は顕著で、他領に頼ることもあるくらいだ。幸い、うちは加工品がよく売れるから、それほど影響はないんだけど」
「加工品?」
「お前が今食ってる菓子とか、ジャムとか料理だな。しなびた果物でも、手を入れれば旨くなる。野菜は煮込んでスープにすりゃ、めちゃくちゃ立派なご馳走だしな」
その他、肉入りのパイや魚料理、プディング、揚げ菓子など、この地では食文化が発達しているらしい。
「実りが悪けりゃ工夫する。ま、いいに越したことはないんだが」
そう言うと、ルカは紅茶のお代わりを注いでくれた。
「そういえば、レティはドルキアン領から来たんだっけ?」
「いえ、グレーデです。領地というほどではないですが」
「ああ、あそこの貧乏男爵の……確かに領地ってほどの領地はねえな」
ルカが頷く。グレーデ家は確かに領地の一部を接しているが、その広さは雲泥の差だ。元々なぜ爵位が与えられたのか分からないような弱小貴族であり、小さな森と小川がひとつ、村がひとつ、それが領地のすべてだった。
「あそこの話は聞いたことがあるよ。有名な木があるそうだね。確か――永遠に失われた緑の大樹」
「枯れ大樹のことですか?」
レティが目を瞬く。まさか、そんなロマンチックな名前で伝わっていたとは。
「そうだね、今はそんな名前で呼ばれているらしいけど。ずっと昔は、緑の葉が生い茂り、雪のような花が一面に咲いて、見事な実をつけていたらしい。それは美しい光景だったそうだよ」
「初めて聞きました、そんな話」
だが――そう言えば、前に聞いた事があっただろうか。
あれは両親がまだ健在のころ、寝物語に母親が聞かせてくれた。
――いいこと、レティ。ちゃあんとお世話をしてあげるのよ。
やさしい声で、母親はレティの頭をなでた。
「でも、枯れてるよ?」
ベッドに寝たままのレティが答える。あのころはベッドもふかふかで、柔らかな母親の匂いがした。
「枯れていてもよ。いいえ、本当は枯れていないの。ただ、ぐっすり眠っているだけ。体を休めているだけなのよ。本当はとっても美しい木なの」
「ほんとに?」
「本当よ。手をかけてあげれば、いつかきっと目を覚ますわ。なのにお世話をしてあげなかったら、木はどう思う?」
「……ちょっとかなしい」
「そうね、いい子。だからね、ちゃんとお世話をしてあげるの。難しいことじゃないわ。あなたのお父さまも、おじいさまも、みんなやっていたことだもの」
「どうすればいいの?」
「簡単よ。それはね――」
……そしてレティは今でも欠かさずに続けている。
「今は枯れ大樹、か。……確か、その木のおかげで爵位を賜ったという話だったけど」
「本当ですか?」
レティが目を丸くする。こちらも初耳だ。
「聞いた話だから、詳しくは知らない。それ以前のグレーデは平民で、だから領地もほとんどないとか」
「……な、なるほど」
木のおかげで爵位をもらった、というのはよく分からないが、そういえば、父親も祖父もあの木をとても大切にしていた。レティも欠かさず世話をしていたし、今も祈りを捧げている。折り取られた小枝にだから、どこまで効果があるか分からないけれど――。
(でも、そうか。元は平民……)
よかった、いざとなったらそれを使おう。
自分の正体がばれたんじゃないかと思っていたレティにとって、その情報は僥倖だった。
くるくると表情を変えるレティを、ウィルが微笑ましそうに眺めている。その視線が女の子にというより「小動物」に対するものだったので、色々と思うところはあったのだが。
でもまあ、不満はない。
(だってお茶もお菓子も、とてもおいしい……)
ほにゃ、と表情を和らげると、ルカが珍妙な顔になった。
これはあれだ。近所の犬がお腹を見せて寝転んだのを見た時のような――顔。
「……もう一杯飲むか、チビ」
「いただきます!」
「お菓子もまだあるよ。どんどん食べて」
「ありがとうございます!」
二人にすすめられ、言われるままお茶とお菓子をたくさんいただき、すっかりお腹が満たされて――いつの間にか、レティはぐっすり眠ってしまった。
お読みいただきありがとうございます。満腹になり眠る貴族令嬢(十六歳)。




