それはさすがに言いすぎかと
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ルカはまだ戻らなかったが、ウィルも席を外しているようだった。
ちょうど出てきたギルバートに出迎えられ、レティは手厚く労われた。
「ボールドウィンの方々は勤勉だな。朝から晩まで働いている」
「それはギルさまもだと思います……」
レティが二度寝してしまったせいで、予定が狂ってしまっただろう。そう思って謝ると、「気にすることはない」と言われてしまった。
「君がどれほどドルキアンのために尽くしてくれているか、知らぬ者はいないだろう。夜遅くまで部屋の灯りが漏れていたと、何人もが証言している。ウィルやルカも同様だ。君たちに感謝しない者はいない」
「ですが、結果が出なければ……」
「確かに結果は大事だが、それだけではない。私のために動いてくれる隣人がいて、見返りなく案じてくれる仲間がいる。そんな存在ができたことを、心から嬉しく思う。ありがとう、レティ」
「ギルさま……」
ギルバートは本当にそう思っているようだった。澄んだ黄金の目に濁りはない。心の奥底まで見透かすような瞳は、やはり獣を思わせた。
「せめて夕食は精のつくものを用意させよう。何か食べたいものはあるだろうか?」
「全部おいしかったので選べません」
正直なセリフに、彼は少し笑った。
「それならば、腕によりをかけたものを用意しよう。時間まで待っているといい」
「はい!」
レティが答えると、ギルバートはまじまじと顔を見た。
「……? あの、ギルさま?」
「あ」
気づけば彼の手はレティの頭に載っていて、仔犬をなでるようにしていた。無意識の行動だったらしく、すぐに手を引っ込める。
「すまない。つい」
「いえ、別に構わないですが……」
ウィルといい、ルカといい、この頭はなでやすい位置にあるのだろうか。
自分の行動に、ギルバートも戸惑っているようだ。無表情で首をかしげている。そんな様子は面白くも微笑ましくて、レティは思わず笑みをこぼした。
「―――――……」
その顔をギルバートがまじまじと見ている。
彼はしばらく黙った後、唐突に妙な事を聞いた。
「レティは、この土地が住みにくくはないだろうか」
「とても素敵な場所だと思います。平地より厳しいかもしれませんが、私は好きですよ」
「そうか……」
「ギルさま?」
何やら頷いている彼に、レティが不思議そうな顔になる。それには答えず、ギルバートは「では」と背を向けた。
ぽかんとしているレティの背後から、「あれ、レティ?」という声がする。
「どうしたんだい、変な顔をして」
「ウィルさま……」
席を外していたはずのウィルが、いつの間にか戻ってきていた。微笑みを浮かべてはいるものの、なんだか少し眠そうだ。
「いえ、なんでもないです」
「そう?」
おそらく疲れているのだろうが、それをおくびにも出さない。すごい人だと改めて思う。もっとも、それくらいの人物でなければ、ルカだって従ってはいないだろう。あれこれ不満は言うものの(そしてたまに拳骨を含めたお説教もするものの)、あの従者がこの主人を尊敬しているのは明らかだ。
「今日も例の場所へ行ったそうだね。何か気になったことはあった?」
「いえ、それが何も。ただ、また伝説についてうかがいました」
ガストルから聞いた話をして、「何か関係があるのでしょうか?」と聞いてみる。ウィルは唇に指を当て、しばらく考え込んでいるようだった。
「……まだなんとも言えないな。でも、関係がないとも言い切れない」
「そうですね」
「ルカには面倒な仕事を目いっぱい押しつけてあるから、今は身動きが取れないんだ。僕の方でも探ってみるよ」
「いえ、あの、そこまででは」
ただでさえ忙しそうなウィルの手をこれ以上煩わせるわけにはいかない。だが、ウィルは首を振った。
「緑の乙女は実在した。君に自覚はないだろうけど、僕はそう思ってる。あれは女神の代弁者であり、枯れ大樹の正当な後継者だ。いや――正確に言えば、巫女とか聖女に近いのかもしれない。だとすれば、単なる言い伝えではない可能性もある」
「巫女……聖女」
「僕に言わせれば、女神の化身と言った方が正確だと思ってるけど」
それは過分を通り越して、完全なる不敬である。
ぽかんと口を開けたレティに、ウィルは小さく笑みをこぼした。
「今は理解しなくてもいいよ。何か食べる?」
「いえそんな気を遣っていただくわけには……い、いただきます」
そう言うとウィルはまた笑った。声を押し殺したまま、肩を震わせている。
「食べるのかよ」というルカの突っ込みが、正直恋しいレティだった。
お読みいただきありがとうございます。なんだか小さな恋の予感(?)。
(かつてルカという人物が同じような目で見ていた事が(略)。)




