ふたたび女神の爪先へ
「花――――っ……!!」
がばっと飛び起きると、そこは見覚えのある部屋だった。
「あ、あれ……?」
――夢だった。
(なんだ……)
気が抜けてベッドにへたり込む。
だが、妙に気になった。
(今から行ってみようかな……。でも、ひとりじゃ無理かもしれないし……)
ギルバートは連れて行ってくれると言っていたが、この時間では厳しいだろう。何しろ彼も一国の領主、仕事はたくさんあるはずだ。
そういえば、とレティは思った。
ウィルも忙しいはずだが、大丈夫なのだろうか。
クレイヴを始め、屋敷には優秀な人間が多数いる。彼らに言づけてあるはずだが、何日も領地を空けるのはまずい。
そもそも領主が気軽に他領を訪れて大丈夫なのかと思ったが、もちろんレティに分かるはずもない。もっとも、ウィルに手抜かりがあるはずはないから、その辺りは心配ないだろう。
着替えを済ませ、部屋の外に出ようとした時、ちょうどノックの音がした。
「はい。……あれ?」
立っていたのは赤毛の男だった。
「よう、お嬢ちゃん。また来たぜ」
「ようこそおいでくださいました……。ですが、なぜ?」
「いやまあ、なんつーか、その後どうなってるのかなーと、気になって……」
「ああ」
なるほどとレティは納得した。
「すみません、まだ前途多難です。でも、あきらめないで続けます」
「そうか。……そうか、ありがとな」
「あの、ガストルさん!」
立ち去ろうとした男をレティは呼び止めた。
「ギルさま……ギルバートさまにお目通りはかないますか?」
「できると思うが、どうした?」
「ちょっと行きたい場所があって」
詳細は濁したが、彼はぽんと手を打った。
「なんだ、だったら俺が連れて行ってやるよ」
「えっ?」
「お頭に言われてるんだ。ボールドウィンの方々の願いはできる限り叶えてさしあげろって。別にいいぜ、馬を出してやる」
「ですが、行き先がちょっと特殊でして」
彼に話していいものかと迷ったが、ガストルはドンと胸を叩いた。
「どんな場所でも連れてくぜ。言ってくれ」
「で、ですが」
「嬢ちゃんはお頭のために頑張ってくれてるんだろう? だったらこっちも協力する。行きたいってんなら、どこだろうと連れて行く。王都だろうと、雪山のてっぺんだろうとな」
だから、問題ない。
「……じゃあ」
レティは覚悟を決めて口を開いた。
***
女神の爪先は、昨日と変わらず存在していた。
「ほぉ……。さすがに入ったのは初めてだが、こんなふうになってたのか」
「申し訳ありません、他領の人間が踏み荒らしてしまって」
「別に踏み荒らしてるわけじゃないだろう。頭の固い連中は知らねえが」
ま、そいつらだってお頭の命と引き換えにするほど馬鹿じゃないだろうけどな、とひとりごちる。もしそれくらいの馬鹿だったら、と言った後の沈黙に、レティはちょっと肝が冷えた。どんなに温厚に見えても、ドルキアンの戦士には牙がある。
「まあいい。そんな奴はうちにはいねえよ」
気にするなと、レティの頭をわしわしとなでる。今気づいたが、この人物はちょっとルカに似ている。
「だが、ここに何の用事なんだ?」
「はい、ちょっと」
あれは夢だったが、夢にしては鮮明だった。
ひょっとして、昨日何か見落としたものがあったのでは。
そして、もしかして、もしかしたら、夢と同じように、何かのつぼみが見つかるかも――……。
(……そんなにうまくはいかないか……)
それからしばらく後、レティはその場にへたり込んだ。
夢で見た場所を重点的に探してみたが、つぼみどころか、葉もなかった。草もちらほら生えるだけ、当たり前だが、何もない。
「こっちにはなかったぞ。そっちはどうだ?」
向こうを探していたガストルが戻ってくる。レティは力なく首を振った。
「駄目でした……」
せめて見落としがあればともかく、幸か不幸か、岩の影まできっちり調べた後だった。
まったく収穫はなく、すみませんとレティが謝る。
「気にするな。それにしても、女神の爪先とはな」
「ドルキアンの方は、この場所を神聖視してらっしゃるんですよね?」
「ここと言うか、あの岩山をな」
指し示した岩山は陽光を受けて輝いている。日の加減のせいか、この間よりは目にやさしい。
この間も思ったが、不思議な形をした岩だ。特殊な形状をしているせいか、まるで巨大な彫刻のようにも見える。まさに神々が作った芸術品だ。こうして見ると、かなり大きい。
「すごい迫力ですねえ……」
「近くで見ると余計にな。登ってみたくなる」
登っても何もなさそうだが、男のロマンというやつらしい。確かに、険しい岩山は人を容易に寄せつけず、その頂に立ってみたいような心地にさせた。
「そういえば、大樹の伝説についてお聞きしました。グレーデと同じような木が生えていたんですよね?」
「ああ、俺も思い出した。ガキのころに聞いたっきりだったから、話が出るまで忘れてたが」
「ドルキアンでは有名ではないんですか?」
「一度くらいは聞くが、それくらいだな。話も家によって違ったりするし」
ボールドウィンでもそれほど有名ではなく、フォンドアでも調べないと分からなかった。大樹の話は、今の世にそれほど伝わっていないのかもしれない。
遠い、遠い、おとぎ話。
けれど、つい最近それが現実になったのを目の当たりにした当人としては、単なる言い伝えとは思えなかった。
「そういえば、こんな話があったな」
ふと思い出したようにガストルが言った。
領地に危機が訪れた時、ひとりの乙女が現れた。
彼女が祈ると光が生まれ、大地が白く輝いた。
それにより眠っていたはずの結晶が目覚め、彼らに力をもたらした。
かくして領地の危機は去り、ドルキアンに平和が訪れた――というものだ。
(ここでも乙女……?)
けれど、内容は異なっている。
その土地に合うよう、話の中身が変化していったという事だろうか。けれど、ボールドウィンの黄金の果実も、フォンドアに伝えられた緑の乙女も、現実によみがえっている。
だとすれば、結晶というのも。
「そろそろ戻るか。あんまり遅くなると、みんな心配するだろうしな」
「そうですね」
レティも素直に頷いた。
お読みいただきありがとうございます。主想いのいい部下です。




