不思議な夢と子守歌
***
「おはよう、レティ。……なんだか疲れてる?」
翌朝。
すっかり身支度を整えたウィルが、へろへろなレティを見て目を丸くした。
「おはようございます、ウィルさま。……いえちょっと寝不足で」
「それはいけないな。もう少し眠った方がいいよ。顔色が悪い」
「いえ大丈夫です……」
昨夜、すべての図鑑に目を通したが、目的の花は見つからなかった。似たような花も、詳しく調べてみると駄目だった。ドルキアンでは育たないか、季節が違うものばかりだ。結局ほとんど眠れなかったが、収穫は無きに等しい。
(今日は別の資料を当たってみよう……)
椅子に座ったまま机に突っ伏していたレティだが、ふわりと体が浮き上がってぎょっとした。
「う、ウィルさまっ?」
軽々とレティを抱き上げたウィルが、至近距離で目を合わせた。
「もう少し寝ていること。そんな顔色じゃ、今日の調査は中止だよ。少なくとも午前中いっぱいは休まないと」
「いえ大丈夫です、それより早く手がかりを見つけないと――」
「却下」
そう言うと、問答無用で部屋まで行き、ベッドの上に寝かされる。ついでに靴も脱がされてしまい、レティは身動きが取れなくなった。
「咳流行りの時に、無理をするのは分かったからね。あの時も終わってから熱を出したし、後で反動が来るのはよくない。それに、寝不足だと頭も働かないよ」
ゆっくり休んだ方が結局は効率がいいのだと、穏やかな口調で諭してくれる。それは分かっているけれど、じっとしているのは落ち着かない。事は急を要するのだ。
そんなレティの思いが伝わったのか、ウィルはちょっと苦笑した。
「気持ちはよく分かるけど、君が倒れたら本末転倒だ。もう一度言うよ。今日は寝ていること。いいね?」
「でも……」
「――もし嫌だと言うなら」
そこでウィルは非常に人の悪い笑みを浮かべた。
「朝から晩まで僕が添い寝してあげるよ。君が逃げ出さないよう、しっかりと手をつないでね」
「!!?」
――とんでもない発言が飛び出した。
「で、子守歌を歌う」
「……はい?」
「レティが熟睡するまでずっと、耳元でひたすら歌い続ける。もう嫌だと言ってもやめず、その曲は飽きたと言っても聞かず、何曲でも歌い続ける。それはもう、知っている限りのレパートリーを駆使してね」
それは拷問に近いんじゃないか。
「い、いえ……そんなご迷惑をかけるわけには」
「大丈夫。幸いベッドは広いし、二人で寝ても問題ない」
「おおありです!! むしろ問題だらけです。あとルカさまに怒られます!」
「じゃあ、おとなしくしている?」
念を押すように聞かれ、こくこくと頷く。
それを見て、ウィルはよくできましたというように微笑んだ。
(ウィルさまは大人です……)
改めて寝巻きに着替えると、レティはベッドに潜り込んだ。
こんな時にはルカの突っ込みが恋しくなるが、今は不在だ。ちなみに鍛錬に参加した際、色々と話を聞いてはみたが、あまり有益な情報は得られなかったという事だった。
ただひとつ、気になる事と言えば。
――植物の様子がおかしかったらしい。
ここしばらく、どうにも妙な事が起こっていたという。
いつもとは違う場所で草が生えたり、季節外れの果物が実ったり、かと思えばとんでもない場所で花が咲いたり。
何かの異変の前触れかと、領地で囁かれていたらしい。
ギルバートもそれは承知していたが、ひとつひとつはささやかだったのと、そのすべてが「咲く」「生える」「実る」だったため、それほど問題視はしなかった。枯れるならともかく、咲くのは歓迎だ。
だが、異変は異変。
不思議だよなあと、彼らは首をかしげていたそうだ。
確かにちょっと気になるが、関連があるかと言えば微妙だ。もう少し突っ込んで聞いてみたものの、それ以上の事は分からなかった。
首を振り、レティはほっと息を吐いた。
一晩中根を詰めていたせいで、さすがに眠い。
呼吸を三回するうちに、レティは眠り込んでいた。
***
***
寝ている間に、不思議な夢を見た。
裸足のまま、レティは外に立っていた。
この景色には見覚えがある。つい昨日訪れたばかりの岩山。ドルキアンの人が神聖視している、女神の爪先だ。
あの時と同じように、岩肌は白く輝いている。
何かに導かれるように、レティはそちらへ向かって歩き出した。足元は小石だらけのはずだが、少しも痛くない。それどころかレティが歩くたびに草が生え、点々と緑が広がっていく。
気づけばレティの背後には、一面の草原が広がっていた。
あそこに行かなければ。
あの場所に行けば、きっと。
なぜそう思うのかも分からないまま、レティは岩山の麓に立った。
岩肌に触れると、何かがすうっと流れ込んできた。
心地よくて清らかな、不思議な気配。
そして、どこかなつかしい。
(これは……?)
足先に何かが触れた気がして、レティは下を見た。
そして、目を見張る。
見た事もない草が、青いつぼみをつけていた。
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