ドルキアンの伝説の大木
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館に戻ると、ウィルが部屋で待っていた。
「お帰り、レティ。お疲れさま」
「ただいま戻りました。ルカさまはまだお出かけですか?」
「ちょっと時間がかかるかな。それで? 何か収穫はあったかい?」
「それがあんまり……。あ、でも、興味深いお話を聞かせていただきました」
スターブライトに乗っての帰り道、何気なくレティが聞いたのだ。
「そういえば、あそこは立ち入り禁止なんですよね。私が入ってもよかったんでしょうか?」
「構わない。表向きの理由は花ではなく、伝説のせいだ」
「伝説、ですか?」
はて、と首をかしげると、ギルバートが教えてくれた。
「この地には昔、大きな木が生えていた。途方もなく大きな木で、この領地すべてに根を張っていた。その先端は、王都に届いたとも伝えられている」
その木の根が隆起して、ひとつの山を形作った。それがあの岩山だ。
木は女神に与えられたものであり、神聖な力を持っていた。
そのため、ドルキアンの人間は敬意を込めて、今でも岩山に祈りを捧げる。
「女神がこの地を訪れる際、あそこに降り立つと言われている。それにより、あの場所は女神の爪先と呼ばれるそうだ。それを知っている領地の人間は近づかない。訪れるのは代々の領主だけだ」
領主が許可した人間も入れるが、ほんの一握りだという。まさかそんな重大な場所だったとは思わず、レティはちょっと青ざめた。
「すみません、入らせていただいたばかりか、何の手がかりもつかめずに……!」
「構わない。明日も行こう、レティ。まだ調べ足りないと言っていただろう?」
「それはそうですが……」
地元の人に神聖視されている場所だ。そんな気軽に他領の人間が入っていいのだろうか。
「気にすることはない。君は緑の乙女なのだから、女神の許可を得たも同じだ。……それに、共通点もある」
「共通点?」
「大きな木と枯れ大樹はよく似ている。そう思わないか?」
「あ……」
実はレティも思っていた。なんだか聞き覚えのある話だと。
「伝説には続きがある。やがてその木が朽ちた時、幹は大きな岩となり、葉は無数の石となり、崩れたかけらは砂となって、この地をずっと守り続けた」
そして、根は。
「地面に突き出た部分は岩山となったが、地下に残った方は形を変えた。地に眠る力と溶け合って、別のものになったそうだ」
「別のもの……ですか?」
「結晶だ」
そこからいくつもの鉱石が生まれ、ドルキアンに広まった。この地に鉱石が多いのは、それが理由と言われている。
ドルキアンで採掘される鉱石は、悉く武器の原料となる。
領地に危機が迫った時、彼らはその武器を持って戦うのだ。
武勇の地、ドルキアン。
その礎を支えているのは、遠い昔のおとぎ話だ。
「誰も見たことがないが、結晶は今もこの地に眠っているらしい。私も祖母から聞いたことがある」
そして、もうひとつの言い伝えが残った。
結晶の眠る場所には、美しい花が咲くという。
まるで結晶を守るように、この土地を守り続けるように。
その場所は花だけが知っている。
それゆえに、誰にも居場所を明かさぬのだ――と。
レティが話し終えると、ウィルはしばらく考え込んだ。
「花だけが知っている、か。ロマンチックな響きだね」
「雄々しい伝説なのは、ドルキアンが武勇の地だからでしょうか?」
「かもしれないね。もっとも、どちらが先かは分からないけど」
武勇の地だから雄々しいのか、雄々しいからこそ武勇の地なのか。確かに、どちらが先か分からない。
そこである事を思い出し、レティはそうだと手を打った。
「ウィルさま、これに見覚えはありますか?」
「……小石?」
「先ほど拾ったのですが、どうにも気になる感じがして。悪いものではないと思うのですが……」
何の変哲もない、白っぽい石だ。大きさは指の先ほどで、先端はやや丸みを帯びている。色といい、形といい、特筆するほどのものはない。それなのに、妙に気になる。
「普通の石にも見えるけど……確かに、ちょっと違う感じもするな。宝石とは違うみたいだけど……ドルキアンで産出している鉱石の一種かな?」
「鉱石……」
「あとで調べてみるよ。借りていい?」
「はい。お願いします」
「それと――」
言葉を切り、ウィルが手を伸ばす。
なんだろうと目を上げたレティの髪を、綺麗な指先がかすめていった。
「……ふぉあっ?」
「葉っぱがついてる。山のお土産だね」
レティの髪についた葉をつまみ、先端に軽くキスをする。見る間にレティの顔が赤くなった。
「うううウィルさまっ、そういうのはまずいです!」
「え、そうなの?」
「なんかよく分かりませんけどまずいです。色々まずいと思います! いえよく分からないんですけどもまずい気がします……!」
わたわたするレティに、ウィルは目をぱちくりさせて、困ったなあという顔で頬をかいた。
「分かった。自重する」
「よろしくお願いいたします……」
深々と頭を下げると、別の葉がひらりと髪から落ちた。
***
その夜、レティは遅くまで灯りをつけていた。
「これも違う……。これも、これも……こっちも」
ギルバートが持ってきてくれた資料や図鑑から、繁栄の花に該当する植物を特定しようと、ずっと本をめくっている。似たような花は見つかったが、どれも絵にあったものとは違う。たとえ偽って献上しても、王家にも写し絵があればおしまいだ。そもそも、本物を見た事のある人間もいるだろう。違うと言われてしまえば、元も子もない。
なんとしてでも、死罪を回避しなければ。
(花の正体が分かれば、特性も分かる……。そうすれば、咲かせることだってできるかもしれない)
本当は、そんな強引な手段を取りたくはない。
季節が来れば咲き、軽やかな匂いを振りまいて、花粉を飛ばし、種をつけ、やがて枯れる。時には不作の年もある。けれど、死に絶える事はない。それが生あるものの営みだ。
形を変え、場所を変え、彼らは命をつないでいく。その流れを無理やり変えさせる事はしたくない。――けれど。
(そのために誰かが死ぬのは、絶対嫌だ……)
花のために命を落とすなんて間違っている。それを命じたのが、たとえ王家であってもだ。
だから、できる事はやらないと。
一冊読み終え、次の本を手に取る。
ギルバートの用意してくれた本は素晴らしく、領地中の植物について書かれていた。色付きの絵も詳細で、こんな時でなければぜひゆっくり眺めたいところだ。
花の色や形なら、ドルキアンの人間も調べたはずだ。けれど、葉や根、茎などの特徴なら。それはグレーデで鍛え上げられたレティにしかできない事だ。
この中からよく似た特徴の花を探し出せれば、何か突破口が見つかるかもしれない。そうでなくとも、手がかりくらいは見つかるはずだ。
何がなんでも頑張ろうと、レティは眠い目を擦りつつ本をめくった。
お読みいただきありがとうございます。レティ、今日も頑張ります。




