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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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恋仲と入浴

 

 ――手紙を読まれた。


 正確に言えば、風で落ちた手紙を拾ったのがきっかけだそうだが、それを読んだ部下はパニックになった。何せ、弟に宛てた遺書だったのだ。


 彼らに問い詰められたが、ギルバートは口を割らなかった。花の件は領主だけが知る秘密だ。もしも彼らが知ってしまえば、連座させられるかもしれない。

 そう思ってだんまりを決め込んだが、翌日には館中の人間が知っていた。


「なぜ漏れたのか分からない。誰にも言っていなかったのだが」

「いやそりゃそんなことになったら、死ぬ気で理由を探るだろうよ……」


 おまけに彼は天然だ(ルカ断定)。聞き出す事など造作もない。


 彼らの追求と情報取集能力によって、あらかたの事は知られてしまった。主が死罪になるかもしれない不安に、王家への反感が高まっている。今はかろうじて抑え込んでいる状況だが、場合によっては爆発するだろう。

 悩んだ結果、ギルバートはひとつの結論を得た。


 ――なんとかして、花を咲かせてみよう。


 そうなれば死罪を回避でき、彼らの暴走も止められる。

 だが、方法が分からない。

 行き詰まったギルバートの耳に届いたのが、隣の領地で起こった奇跡の話だった。

 朽ちた大木に花を咲かせ、流行病を抑え込んだ女神の化身。


「名前はレティシア・グレーデ。先代のグレーデ男爵のひとり娘であり、緑の乙女という名で呼ばれた、心やさしく美しい少女だと」

「……え、ええ……?」

「だからこそ、あなたに会えてとても嬉しい。レティシア・グレーデ嬢」


 当然のように跪き、レティの手を取って口づける。ほんの一瞬の、流れるような動作だった。


「……っっっ!」


 ぴきんと固まったレティの横で、ウィルはさりげなく彼を遠ざけ、ルカは遠慮なく足蹴りしている。いやそれ他領の領主だから、さすがに蹴ったらまずいと思う。

 ルカの蹴りを難なくかわし、ギルバートはふたたび席に戻った。


「こんな幼い子供だとは思わなかったが、来てくれてありがたく思う。ボールドウィン伯爵……ああいや、ウィルもルカもだ。もし無理でも恨み言は言わない。あなた方のやさしさに感謝する」

「領主さま……」


 王家に献上するのは半月後。それまでに見つからなければ死罪だ。分の悪すぎる賭けである。


「僕らに頼んだのも、他領の人間ならば逃げ切れる、と踏んだからですか?」

「それもあるが、緑の乙女の力を借りたかった。これはドルキアンの問題だ。グレーデやボールドウィンまで(とが)が及ぶことはないだろう。皆にもそう言い聞かせておく」

「ですがそれでは、何かあってもあなたが……」

「問題ない。力になってくれるだけで、とても心強い。感謝する」

「やっぱ天然かこの人」


 真顔で感謝の気持ちを告げられ、二人とも面映ゆい顔をしている。レティもそれは同じだったが、それ以上に気になる事があった。


(あの花……)


 花も葉も、際立った特徴があるわけではない。記憶にある植物図鑑にも載っていない。実物を見た事もないはずだが、どうにも――気になる。


「レティ、どうしたの?」

「いえ……何か、記憶に引っかかる感じがして」

「マジか。なんでもいい、教えろ」

「それが……よく分からないんです。初めて見る花ですし、名前に覚えもありませんし……」


 どこかで見たような気もするのだが、はっきりとは思い出せない。


 この十年、レティにとって植物図鑑はなくてはならないものだった。もっとも需要なのは食べられるかどうかだったが、花もよく眺めていた。

 いつか本物が見てみたいな、どんな香りがするのかなと思いながら、幾度となくページをめくったものだ。


 マロリー達に取り上げられないのは幸いだった。彼らは両親の遺した宝石や金貨に目がくらみ、古びた本など何の興味も示さなかったのだ。

 さすがに全部は覚えていないが、忘れてしまったわけではない。

 しばらく真剣に考えたが、どうしても思い出せない。すみませんとレティは謝った。


「思い出したらお伝えします。それと、一度花の咲いていた場所を見てみたいのですが」

「構わない。明日にでも連れて行こう」

「それから、ここ十年の間で何か変わったことがなかったか、できる限り詳しく思い出していただけますか? どんなに小さなことでも構いません」

「やってみよう。他には?」

「そうですね……。些細なことでも構わないので、記録があったら読みたいのですが」


 花が咲くのは十年に一度でも、記録は取ってあるはずだ。そう思って頼むと、「すぐに用意しよう」と頷かれた。

 それから植物の図鑑や事典、詳しい生態について書かれた本、ドルキアンに特化した専門書も含め、できる限り用意する事も約束してくれた。


「とりあえず、今日はゆっくり休んでほしい。休憩もせず話し合いに付き合わせてすまなかった」

「いえ、そんな」

「そろそろ部屋の支度ができたようだ。湯あみの準備もさせている。伯爵と一緒の方がいいかと思っていたのだが、そうではないようなので別にした」

「はいそれはもうありがとうござい……は、はいっ?」


「ああ、すまなかった。ウィルのことだ」

「いえ名前の問題ではなくてですね……!?」

 今とんでもない事を言われた気がするのだが、気のせいだろうか。


「恋仲の男女は一緒に湯あみをするものだと言われたのだが、間違っていただろうか」


 真面目な顔で聞く彼は、悪気などこれっぽっちもないらしい。とりあえず、声も出ないレティの代わりに、ルカが貴族間の常識を教えていた。彼は面倒見がいいと思う。

 誤解だと分かると、彼はやはり無表情のまま、「失礼した」と頭を下げた。


「い、いえ……お気になさらず」


(びっくりした……)


 あまりにも驚きすぎると、人間は赤くなる事さえ忘れるのかもしれない。

 唖然とするレティの背後で、お部屋の準備ができましたと告げる声がした。

お読みいただきありがとうございます。多分、部下の中に元凶がいる(入浴の件)。

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