恋仲と入浴
――手紙を読まれた。
正確に言えば、風で落ちた手紙を拾ったのがきっかけだそうだが、それを読んだ部下はパニックになった。何せ、弟に宛てた遺書だったのだ。
彼らに問い詰められたが、ギルバートは口を割らなかった。花の件は領主だけが知る秘密だ。もしも彼らが知ってしまえば、連座させられるかもしれない。
そう思ってだんまりを決め込んだが、翌日には館中の人間が知っていた。
「なぜ漏れたのか分からない。誰にも言っていなかったのだが」
「いやそりゃそんなことになったら、死ぬ気で理由を探るだろうよ……」
おまけに彼は天然だ(ルカ断定)。聞き出す事など造作もない。
彼らの追求と情報取集能力によって、あらかたの事は知られてしまった。主が死罪になるかもしれない不安に、王家への反感が高まっている。今はかろうじて抑え込んでいる状況だが、場合によっては爆発するだろう。
悩んだ結果、ギルバートはひとつの結論を得た。
――なんとかして、花を咲かせてみよう。
そうなれば死罪を回避でき、彼らの暴走も止められる。
だが、方法が分からない。
行き詰まったギルバートの耳に届いたのが、隣の領地で起こった奇跡の話だった。
朽ちた大木に花を咲かせ、流行病を抑え込んだ女神の化身。
「名前はレティシア・グレーデ。先代のグレーデ男爵のひとり娘であり、緑の乙女という名で呼ばれた、心やさしく美しい少女だと」
「……え、ええ……?」
「だからこそ、あなたに会えてとても嬉しい。レティシア・グレーデ嬢」
当然のように跪き、レティの手を取って口づける。ほんの一瞬の、流れるような動作だった。
「……っっっ!」
ぴきんと固まったレティの横で、ウィルはさりげなく彼を遠ざけ、ルカは遠慮なく足蹴りしている。いやそれ他領の領主だから、さすがに蹴ったらまずいと思う。
ルカの蹴りを難なくかわし、ギルバートはふたたび席に戻った。
「こんな幼い子供だとは思わなかったが、来てくれてありがたく思う。ボールドウィン伯爵……ああいや、ウィルもルカもだ。もし無理でも恨み言は言わない。あなた方のやさしさに感謝する」
「領主さま……」
王家に献上するのは半月後。それまでに見つからなければ死罪だ。分の悪すぎる賭けである。
「僕らに頼んだのも、他領の人間ならば逃げ切れる、と踏んだからですか?」
「それもあるが、緑の乙女の力を借りたかった。これはドルキアンの問題だ。グレーデやボールドウィンまで咎が及ぶことはないだろう。皆にもそう言い聞かせておく」
「ですがそれでは、何かあってもあなたが……」
「問題ない。力になってくれるだけで、とても心強い。感謝する」
「やっぱ天然かこの人」
真顔で感謝の気持ちを告げられ、二人とも面映ゆい顔をしている。レティもそれは同じだったが、それ以上に気になる事があった。
(あの花……)
花も葉も、際立った特徴があるわけではない。記憶にある植物図鑑にも載っていない。実物を見た事もないはずだが、どうにも――気になる。
「レティ、どうしたの?」
「いえ……何か、記憶に引っかかる感じがして」
「マジか。なんでもいい、教えろ」
「それが……よく分からないんです。初めて見る花ですし、名前に覚えもありませんし……」
どこかで見たような気もするのだが、はっきりとは思い出せない。
この十年、レティにとって植物図鑑はなくてはならないものだった。もっとも需要なのは食べられるかどうかだったが、花もよく眺めていた。
いつか本物が見てみたいな、どんな香りがするのかなと思いながら、幾度となくページをめくったものだ。
マロリー達に取り上げられないのは幸いだった。彼らは両親の遺した宝石や金貨に目がくらみ、古びた本など何の興味も示さなかったのだ。
さすがに全部は覚えていないが、忘れてしまったわけではない。
しばらく真剣に考えたが、どうしても思い出せない。すみませんとレティは謝った。
「思い出したらお伝えします。それと、一度花の咲いていた場所を見てみたいのですが」
「構わない。明日にでも連れて行こう」
「それから、ここ十年の間で何か変わったことがなかったか、できる限り詳しく思い出していただけますか? どんなに小さなことでも構いません」
「やってみよう。他には?」
「そうですね……。些細なことでも構わないので、記録があったら読みたいのですが」
花が咲くのは十年に一度でも、記録は取ってあるはずだ。そう思って頼むと、「すぐに用意しよう」と頷かれた。
それから植物の図鑑や事典、詳しい生態について書かれた本、ドルキアンに特化した専門書も含め、できる限り用意する事も約束してくれた。
「とりあえず、今日はゆっくり休んでほしい。休憩もせず話し合いに付き合わせてすまなかった」
「いえ、そんな」
「そろそろ部屋の支度ができたようだ。湯あみの準備もさせている。伯爵と一緒の方がいいかと思っていたのだが、そうではないようなので別にした」
「はいそれはもうありがとうござい……は、はいっ?」
「ああ、すまなかった。ウィルのことだ」
「いえ名前の問題ではなくてですね……!?」
今とんでもない事を言われた気がするのだが、気のせいだろうか。
「恋仲の男女は一緒に湯あみをするものだと言われたのだが、間違っていただろうか」
真面目な顔で聞く彼は、悪気などこれっぽっちもないらしい。とりあえず、声も出ないレティの代わりに、ルカが貴族間の常識を教えていた。彼は面倒見がいいと思う。
誤解だと分かると、彼はやはり無表情のまま、「失礼した」と頭を下げた。
「い、いえ……お気になさらず」
(びっくりした……)
あまりにも驚きすぎると、人間は赤くなる事さえ忘れるのかもしれない。
唖然とするレティの背後で、お部屋の準備ができましたと告げる声がした。
お読みいただきありがとうございます。多分、部下の中に元凶がいる(入浴の件)。




