ドルキアンの秘密の花
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改めて詳しい話を聞く事になり、彼の私室に案内された。
当主の部屋という割には簡素だったが、綺麗に整頓されていて居心地がいい。壁に絵が掛けてあり、ゆったりとした長椅子もある。改まった挨拶もそこそこに、彼は机の上に地図を広げた。
「……これは?」
「代々の領主に伝わる秘蔵の地図だ。この国すべてが描かれているものと、領地に特化したものがある。後者がこれだ」
それはレティが知っている地図とは一線を画していた。
ざっくりした国の形や位置は描かれていても、ここまで詳細に描かれたものは初めてだ。ウィルも初めて見るらしく、目を丸くしている。そこにいくつかの印があり、要所としての拠点を示していた。
「……我々が見てはまずいのでは?」
「構わない。使い方が分からなければ意味がない。そして、この地図を真の意味で使えるのはドルキアンだけだ」
当然のように言いながら、地図の一点を指で示す。
「ここが花の咲く場所だ。ここ以外では咲かないし、見たこともない」
「ここは……」
そこは、一見すると何の変哲もない場所だった。
すぐそばには険しい岩山があり、その場所を守るようにそびえている。距離はここから馬で半刻ほど、それほど離れた場所ではないが、今からでは厳しいかもしれない。
岩山を指してギルバートが言った。
「女神の爪先と呼ばれる場所だ。立ち入りは禁止されているから、領地の人間は訪れない。女性が登るのは厳しいが、麓までなら問題ない」
岩山と荒野の多いドルキアンでは、平地の方がいっそ少ない。人々もそれに合わせた生活を送っており、その暮らしぶりはつましいものだ。鉱石の産地と言っても、安定して供給できるほどの量はなく、とてもそれだけでは暮らしていけない。また、土地の性質ゆえか、どの山で鉱石が採れるかも一定しておらず、領主さえも把握できないという。
だが、それでもドルキアンで産出される石は質が良く、欲しがる人間は後を絶たない。そのため、盗掘も頻繁に起こり、そのたびに討伐隊を向かわせていた。
「ほとんどは一獲千金を夢見た盗人だが、たまに正体不明の者も交じる。盗賊もいるので、油断できない」
守りを固くしているが、どうしても常時というわけにはいかない。
そのため、要所に見張りを置いて対処している。それでも数名は紛れ込むという。中には荒らされてしまった山もあり、頭の痛い問題であった。
とはいえ、正面きって攻め込むような愚者はいない。ドルキアンの兵士は勇猛かつ血の気が多く、見つけ次第袋叩きだ。また、地形も守りに適しており、他者の攻撃を受けつけない。
特に、領主の館の背後にある岩山は堅牢で、天然の要塞となっていた。
生活に不便な場所なので、女手は少ない。いてもほとんどが既婚者だ。そのため、若い未婚の女性は非常に珍しいらしい。
淡々とそんな事を語ったギルバートは、「だから気をつけてほしい、たとえ子供でも」と、なぜかレティを見て言った。
「いえ、あの、私は子供ではなくてですね……」
「この場合は子供じゃない方が危ないだろ。まあ大丈夫だとは思うけどな」
「知らない人がお菓子をくれるって言っても、ついて行かないようにね」
ルカとウィルがそれぞれ注意を口にしたが、年頃の貴族令嬢への助言としてはいかがなものか。
腑に落ちない……という顔をしたものの、レティは口に出さなかった。
「まずは花の特徴を教えていただけますか。色、形、大きさ、花弁の数、葉の形状、根の形、生え方。なんでも構いません。できるだけ詳しくお願いします」
「花は青色だったと思う。形は……そうだな、これを見てもらった方が早いかもしれない」
そう言うと、彼は近くにあった机から何かを取り出した。
「……これは?」
「代々の当主に受け継がれるものだ。詳細な花の写し絵が描かれている」
そこにあったのは、古びた一枚の紙だった。
表面は毛羽立ち、ところどころかすれているが、中央に花が描かれている。
一言で言えば、可憐な花だった。
大きさは手のひらに収まるほど、葉の形状はスズランに似ている。花弁はふんわりと丸みを帯び、優美な形を描いていて、なんとも言えず愛らしい。花の色は青、その色合いも鮮やかだ。レティも初めて見る花だった。
(でも、これ……)
内心で首をかしげたところで、「綺麗な花ですね」とウィルが言った。
「ですが、それほど希少な生息条件があるようには見えません。どこか別の場所で生えている、といったことはないのでしょうか?」
レティが思っていたような事を代弁した彼に、ルカも小さく頷いている。だが、ギルバートは首を振った。
「ない。花が咲いていないと知った時、詳細は言わずに皆に命じた。青色の花を見つけたら報告を頼むと」
「……それで?」
「その色の花は、領地中探しても一輪もなかった。特にこの山の周辺は念入りに探らせたから間違いない。私も自分で赴いたが、見つけられなかった」
(それはそうか……)
まず初めに、別の生息地を探すのは当然だ。
それにしても、部下に完全に秘密にしていると思っていたので、その告白は意外だった。
「……差し支えなければ、どういう口実で命じられたのか伺っても?」
ウィルの問いに、ああ、と彼は頷いた。
「恋占いで必要だと言ってみた。私が妻を迎えないことを皆が心配していたから、目を血走らせて協力してくれた」
とてもありがたかったと、胸に手を当ててしみじみ言う。ルカが露骨に呆れた顔になっているが、いくらなんでも失礼だろう。
「だが、そこで失敗した。別の花でもいいかと尋ねてきた部下に、私の手紙を読まれてしまった」
お読みいただきありがとうございます。(「お頭が……お頭が、恋占い……!?」)




