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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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お茶と談話



    ***



 ようやく馬車が止まったのは、一刻を過ぎたころだった。


「少し近道をさせてもらった。馬車の旅は辛くなかっただろうか」

「いいえ、大丈夫です」


 先にルカが降り、続いてウィルが降りる。手を差し伸べられ、レティもそれに従った。


「ありがとうございます、ウィルさま」


 こういう作法にはまだ慣れない。折に触れて練習させてもらっているが、どうにも落ち着かなくて仕方ないのだ。まして今は、他領の領主の前である。緊張するなという方が無理かもしれない。

 馬車から降りると、乾いた土の匂いがした。


(……ここが、ドルキアン)


 レティも来たのは初めてだが、グレーデとはやや趣が違う。

 背後に高い岩山があり、まばらに草が生えている。遠くに見えるのは草原で、馬が数頭草を()んでいるのが見えた。畑らしきものは見えないが、とにかく岩の姿が目立つ。


 草原とは言ったものの、どちらかと言えば荒野に近い。乾いた空の色も、吹きつける風の音も、グレーデとは違う気がする。もちろん、ボールドウィンともだ。

 そんな事を思っていると、ギルバートがこちらを向いた。


「まずは体を休めてほしい。何か必要なものはあるだろうか」

「いえ、そんな」

「遠慮することはない。人形でも、絵本でも、玩具でも。欲しいものがあれば、すぐに用意しよう」

「…………」


 ん?


「先ほどは怖い思いをさせてすまなかった。怖い夢を見ないよう、ゆっくり心を休めてほしい。夜に体が冷えたなら、用場まで人を付き添わせる。水分を控えることはない」


 ……んん?


「まだ子供なのだから、無理はしないように」


 真面目な顔で言われ、レティは反応できなかった。ちなみに、用場とはトイレの意味である。

 横でルカが笑いを噛み殺している。ウィルも珍妙な顔をしていたが、特に反論しなかった。近くに他の人々がいるので、妥当な判断ではある。


「い……いえ、大丈夫です」


 首を振ると、そうかと彼は引き下がった。無表情ながら、レティを心配していたようだ。やはり良い人だと改めて思う。――しかし。


(……おかしい)


 子供ではないと言ったはずなのに、どうも伝わっていない気がする。

 この場で伝えるべきか悩んだが、レティはすぐに首を振った。わざわざ蒸し返す話でもない。


 多分、誤解はすぐに解けるだろう。

 この時はそう思っていた。






 客室に招かれると、すぐにお茶が運ばれてきた。


「今、部屋を用意させている。レティシア嬢の部屋は用意していたのだが、ボールドウィン伯爵と従者殿の分がまだだ。それとも同じ部屋の方がいいだろうか?」

「へ?」

「いえ、さすがに別で」


 目を丸くするレティの横で、ウィルが苦笑している。そうかと頷き、ギルバートは感情の混じらない声で言った。


「養父かと思ったが、さすがに年齢が近いので、恋人かと思ってしまった。申し訳ない」

「いいいいえっ、そんな、お気になさらず」

「僕はそれでも構いませんが、彼女にその気がないようでして」


 焦るレティの横で、ウィルがしれっと嘘を吐く。


「ウィルさま、嘘言ったら駄目ですよ!?」

「そうでもないんだけど、レティは嫌?」

「嫌とかそういう問題ではなくてですね、他領の領主の前で嘘つくとかはまずいです!」


 下手に誤解をされた場合、領地をまたいだ問題となってしまう。別に嘘じゃないんだけどと小首をかしげるウィルは、憎たらしいほど普通の顔だ。助けてくれないかとルカを見ると、彼は眉間にしわを寄せたまま、額に指を当てていた。なぜだかものすごく機嫌が悪い。


「……失礼。発言をお許しください。我が主はいささか悪ふざけが好きなようで」


 唇の端に笑みを浮かべながらも、地の底を這うような声で続ける。


「妹のように思っているとご理解ください。犬ではなく、人です」

「る、ルカさま……」


 最後の発言だけが引っかかるが、それで相手は納得した。


「……なるほど、妹か」


 感情のない目がレティを捉え、反射的にびくっとする。

 だが、嫌な感じはしない。例えるなら野性の獣に見つめられているようだ。


 誇り高く荒野を駆ける、銀色の狼。

 ウィルともルカとも違ったタイプの青年は、レティが初めて見る種類の人物だった。

 沈黙を紛らわせようとしてお茶を飲むと、不思議な香りが立ち上った。


「……んん?」

「どうかされたのか、レティシア・グレーデ嬢」

「これ……トーラスの葉が入ってますね。あとは……ゲレの根と、もうひとつ、何か……」

「ルコットの実を()ったものを混ぜてある。砕いてから加えると、いい風味が出る」


 少し目を見張った後で、淡々と答える。


「ああ、ルコット!」


 なるほどと頷きながら、もう一口飲む。トーラスの葉もゲレの根も、どちらも山野で採れる植物だ。グレーデにも多少生えていたが、お茶にできるほどではなかった。


 それに――ルコットの実、とは。


「失礼ですが、ルコットの実は毒があるのでは?」

「よく知っているな。大鍋で塩と一緒に()でて、渋を抜けば問題ない。それを乾()りし、細かく砕く。栄養価が高いので、こちらではよく飲む」

「なるほど……」


 感心した顔でお茶を飲むレティに、ギルバートはぱちりと瞬きした。


「……嫌ではないのか?」

「何がですか?」

「毒があると知っていたら、別のものが欲しくなるだろう。てっきり、そのために言ったのだとばかり思っていたが」

「ルコットの実だとは思わなかったので、知りませんでしたよ。それに、毒がないなら飲めますよ、もったいない」


 言いながら隣を見ると、ウィルも平然とした顔で飲んでいた。ルカにお茶は出されていないが、彼も普通に飲むだろう。それに気づいたのか、ギルバートはルカにも席を勧めた。


「いえ、私は」

「構わない。話を聞かれてもいいのはここにいる三人だけだ。今だけは無礼講ということで頼む」

「しかし……」

「いいよ、ルカ。お言葉に甘えなさい」


 ウィルの命令で、ルカは小さく息を吐いた。


「――無礼講というと、どこまで?」

「すべてだ。この領地にいる間、周りに誰もいない時は、対等な口を利いてくれていい。もちろん私のことも呼び捨てでいいし、礼を尽くす必要もない」

「分かった。ギルバート、だな」


(ルカさまの適応能力が高すぎます……!)


 驚愕に目を見張るレティをよそに、「では僕のこともウィルフレッドで」、「俺はルーカスで」と話がまとまっていく。あまりにもびっくりしていたせいで、レティは完全に置いていかれた。

 呼び方が一段落すると、ギルバートは改めて話を切り出した。


「あのような頼みを聞いてくれて感謝している。それに、緑のグレーデの噂は本当だった。まさかお茶の成分を当てられるとは思わなかった」

「いえ、それはグレーデあんまり関係ないというか……」


 過酷な食糧生活ゆえの、死に物狂いで得た知識だ。誰もが普通に持っている能力じゃない。

 だがそれを他領の人間に話すのはどうかと思い、レティは笑ってごまかした。


「私が森で生活していたからです。偶然ですよ」


 事情をよく知る二人は、それぞれなんとも言えない顔をしていたが、言ってくれるなというレティの気持ちを察したのか、特に何も言わなかった。


「だとしても、深い植物の知識を持っているのは事実のようだ。その力を見込んで、あなたに願う。どうか我が領地を救ってほしい」

「お、お力になりたいのは山々ですが……」


 勢いでついてきただけで、正直あまり自信はない。それでも構わなかったのか、相手は小さく頷いた。


「分かっている。無理なことは言わない。ここに来てくれただけで感謝している」

「ギルバートさま……」

「ギルでいい。ウィルフレッドもルーカスもそう呼んでほしい」

「では僕のこともウィルで」

「俺はルカでいい。ギル、ギルだな」


 舌の上で転がすように呼ぶと、ギルバートがくすぐったそうな顔になった。


「そうだ、ルカ」


(あ、なんかちょっと犬っぽい……)


 飼い主に名前を呼ばれて喜ぶ犬に似ている、と思ってしまったのは不敬だろうか。

 表情は変わらないのに、尻尾が揺れる様子が見えるようだ。


 そしてウィルもルカも、動物が大好きな人達だ。

 おそらく年上であろう領主を相手に、なんらかのスイッチが入ったようだと思ったのは――多分、いやきっと、気のせいではないだろう。


 ウィルはにこやかに、ルカは仕方なさげな顔をしながら、それぞれ頷いて宣言する。


「善き隣人には最大限の誠意をもって接しよという家訓があります」

「どこまでできるかは分からないが、やれるだけのことはやってやる」


 彼らの言葉を受けて、ギルバートが口を引き結ぶ。

 その視線がふとレティに流れ、レティもはっきりと頷いた。


「大丈夫。みんなで一緒に考えましょう」

お読みいただきありがとうございます。領主は天然ワンコ系。

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