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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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56/93

そして、ドルキアン領へ



    ***



 ――と、いうわけで。


「なんでまたこんなことになっちまったんだか……」


 馬車に揺られながら、ルカが眉間のしわを押さえた。


「すみません……つい、体が勝手に……」

「レティが謝ることじゃないよ。君が止めなかったら僕が止めたし、そうでなければルカが止めてた。いくらなんでも、放っておけない話だからね」


 小さくなるレティの横で、ウィルがなぐさめるように言う。


 あの後、レティによって引き留められた彼は、しばらくその固い決意を崩さなかったが、レティの必死の説得と、半泣きになって(すが)りついた事による捨て身の懇願で、どうにか死罪まっしぐらの道は回避できた。


 とにかく現場を見なくては始まらない。

 一緒に領地へ向かう事を告げると、彼は目を丸くしていた。


 最初はひとりで向かうつもりだったが、なぜかウィルとルカも旅支度をさっさとまとめてしまい、一緒に馬車に乗っている。


 ドルキアン領主の館までは、馬で二日。いくらなんでも近いと思ったが、山から直接入ってきたらしい。そうなると移動時間は半分で済む。


 ドルキアンからボールドウィンの間には森があり、境には岩山がそびえたっている。森は深く、湿ってよどみ、以前はひどく荒れ果てていた。幹()らしの森の名を持つ通り、普通なら進入をためらう場所だ。ただし、今は回復しているので、それほどではない。


 その中を縫うように道があり、馬車はそこを進んでいる。細い上に険しいが、通れないほどでもない。


 ちなみに当主本人は、護衛も兼ねて馬に乗っている。なのでこの馬車の中にいるのは三人だけだ。

 ルカはいつも通り不機嫌そうだが、ウィルは考え込む顔だ。いつも微笑んでいる彼にしては珍しい。レティがじっと見ていると、その視線に気づいた彼がこちらを見て、ようやく笑った。


「どうしたんだい? お腹空いた?」

「……いえそうではないのですが」


 彼にとっての自分の位置付けが、とても気になる。


「干菓子でいいなら食うか、甘いぞ」

「いえだからそういうわけでは……い、いただきます」


 ルカが出した干菓子を受け取り、口に運ぶ。「食うのかよ」という突っ込みは聞かなかった事にする。

 ほのかな甘みを楽しんでいると、ガタン、と馬車が止まった。


「もう着いたのか?」

「いや、そんなはずはないと思う。少なくとも、あと二刻はかかるはずだから――……」


 二人が話していると、外から扉を叩く音がした。


「申し訳ないが、家人に見つかってしまった。説得したのだが、私の話を聞いてくれない。どうやら山狩りをしていたようで、みんな殺気立っている。あなた方は客人だと言ったのだが――」


 馬に乗っていたはずのギルバートが、無表情ながら困惑した顔で立っていた。


「……王家から来た刺客だと思われている。私の命に代えても守るので、しばらく馬車から出ないでいただけるだろうか」

「え……ええと?」

「こうなると、誰も私の話を聞かないので、拳で語るしかない」


 真顔でとてつもなく変な事を口にした彼が、「護身に」と短剣を渡す。ウィルとルカもあっけにとられた顔をしていたが、いち早く立ち直ったのはウィルだった。


「失礼ですが、今はどの辺りにいるのですか?」

「領地に入ったところだが、山の中だ。北から山狩りをして、この辺りまで来たらしい。きちんと書き置きは残してきたのだが、うまく伝わらなかったようで」

「書き置き?」

「なんとか死罪を回避する手段を探してみる。できなければ、私は二度と戻らないものと思い、家督は弟に譲るようにと」


 それは遺書といってもいいんじゃないか。


「……家の方のご苦労がしのばれるな」

「いやマジで天然か、ここの領主」


 生あたたかい笑顔と、顔を引きつらせたルカの表情が対照的だ。それを見て、彼が真顔のまま首をかしげた。


「どうかされたのか、お二人とも」

「いえ、問題ありません」


 ですがおひとりで大丈夫なのですかとウィルが問えば、やはり真顔のまま頷く。


「ひとりの方が動きやすい。場合によっては、馬車だけ先に行かせるので問題ない。あなた方は私の大切な客人だ。指一本触れさせない」


 言っている事は誠実この上ないのだが、襲いかかってくる相手が彼の部下だ。頼もしいと言うべきか、部下を説得しろと突っ込むか、微妙なところだ。


 彼はスラリと剣を抜き、「では」と一礼して扉を閉めた。

 馬車の窓からこっそりのぞくと、外にはずらりと馬に乗った集団がいた。


 その数、およそ二十。徒歩の人間も合わせると三十名ほどか。

 その中でも見上げるほどの体躯の赤髪の男が、割れ鐘のような声で叫んだ。


「よしてめえら! お頭をお守りするぞ!!」

「おお――っ!!」


 次々に雄たけびが上がり、一斉に剣が振り上げられる。


「何度も言っているが、彼らは私の客人だ。王家の人間ではないし、刺客でもない」


 ギルバートの声は届いていない。主人の話を聞かないにもほどがある。聞けよ人の話、とルカが舌打ちしたが、目を血走らせた彼らに言っても無駄だろう。ギルバートもあきらめているようだ。


「お頭、今お助けします!」

「だから私の客人だ。刺客ではない」


 言いながら、襲いかかってきた男を受け流し、剣の(つか)で一撃する。あくまでも手加減しているようだが、一打で男が地面に沈んだ。

 続いて斬りかかってきた二人の剣士は、それぞれ腕と足で振り飛ばす。「いい蹴りだ」とルカが呟いたが、そういう感想でいいのだろうか。


「次」


 今度の男は棍棒を構えていた。剣ではいささか不利なはずだが、彼は少しも動じなかった。落ち着き払って手首を狙い、振り下ろし切ったところで下から(すく)う。軽い一打で、男は棍棒を取り落とした。


「やるなら突け。関節を狙え」


 真顔で指示しながら、次々に相手を倒していく。その動きは流れるようで無駄がない。ドルキアンは武勇の土地だと聞くが、さもありなんといった様子だ。二人も興味深そうにその雄姿を見守っている。

 あっという間に半分ほどを片づけると、彼はもう一度口を開いた。


「彼らは私の客人だ。王家から来た刺客ではない」


 聞こえたかと、全員に向かって宣言する。


「ボールドウィンからお連れした、大切な客人だ。この窮地を救うために、力を貸してくださるそうだ。無礼は許さない。分かったなら返事を」


「え、ボールドウィン……?」

「あの根絶やし伯爵の……?」

「草木が死に絶えるとかいう噂の、ボールドウィン……?」


 ざわざわと彼らが騒ぎ出す。それなりに暴れた事により、少し頭が冷えたらしい。あとその呼び名はいい加減に返上させていただきたい。


 余計な情報が流れたせいか、ちょっぴり恐怖の目で見つめられたが、ようやく騒ぎが収まったようだ。彼らはこわごわとこちらを見ている。

 それを無表情のまま受け流し、主は言った。


「分かったなら返事を。これから館へ向かう」

「承知いたしました!」


 即座に彼らが頭を下げる。一番深く頭を下げていたのは、最初に襲いかかってきた赤髪の男だった。


「手伝わなくていいのかと思っていたけど……無用な心配だったな」

「むしろ足手まといになってたな。なんだあれ、すげえなおい」


 二人が感心した顔で眺めている。その視線に気づいたのか、赤髪の男がこちらを見た。


「お頭、お客人に直接謝ってもいいですかね? どうやら誤解があったみたいで」

「着いてからにするといい。――お待たせした、申し訳ない」


 馬車の扉越しに頭を下げられ、さすがに恐縮してしまう。相手はドルキアンの領主なのだ。ここまで丁重に扱われると、却って申し訳ない気持ちになる。


「お構いなく。楽しませていただきました」


 ウィルの返答に、相手はほっとした顔になり、それからもう一度目礼した。


「なんだか……ずいぶん腰の低いお方ですね……?」

「ドルキアンの領主と言えば、代々血の気が多いはずだけどな。たまにああいう亜種も出るのか」

「ルカ、不敬だよ」


 柔らかくたしなめながらも、ウィルも強く否定はしない。血の気が多いどころか、彼は声を(あら)らげてすらいない。今の立ち回りも、あくまでも稽古の一環といった風情だった。


 とはいえ、先ほど見せた武技はなかなかのもので、さすがは彼らの主といったところではあったが。


 ちらりと見せた横顔は、何の感情も浮かんでいない。

 ついさっき、死罪を選ぼうとしたとは思えない落ち着きぶりに、レティは困惑しきりだった。

お読みいただきありがとうございます。部下も人の話を聞かない。

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