そして、ドルキアン領へ
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――と、いうわけで。
「なんでまたこんなことになっちまったんだか……」
馬車に揺られながら、ルカが眉間のしわを押さえた。
「すみません……つい、体が勝手に……」
「レティが謝ることじゃないよ。君が止めなかったら僕が止めたし、そうでなければルカが止めてた。いくらなんでも、放っておけない話だからね」
小さくなるレティの横で、ウィルがなぐさめるように言う。
あの後、レティによって引き留められた彼は、しばらくその固い決意を崩さなかったが、レティの必死の説得と、半泣きになって縋りついた事による捨て身の懇願で、どうにか死罪まっしぐらの道は回避できた。
とにかく現場を見なくては始まらない。
一緒に領地へ向かう事を告げると、彼は目を丸くしていた。
最初はひとりで向かうつもりだったが、なぜかウィルとルカも旅支度をさっさとまとめてしまい、一緒に馬車に乗っている。
ドルキアン領主の館までは、馬で二日。いくらなんでも近いと思ったが、山から直接入ってきたらしい。そうなると移動時間は半分で済む。
ドルキアンからボールドウィンの間には森があり、境には岩山がそびえたっている。森は深く、湿ってよどみ、以前はひどく荒れ果てていた。幹枯らしの森の名を持つ通り、普通なら進入をためらう場所だ。ただし、今は回復しているので、それほどではない。
その中を縫うように道があり、馬車はそこを進んでいる。細い上に険しいが、通れないほどでもない。
ちなみに当主本人は、護衛も兼ねて馬に乗っている。なのでこの馬車の中にいるのは三人だけだ。
ルカはいつも通り不機嫌そうだが、ウィルは考え込む顔だ。いつも微笑んでいる彼にしては珍しい。レティがじっと見ていると、その視線に気づいた彼がこちらを見て、ようやく笑った。
「どうしたんだい? お腹空いた?」
「……いえそうではないのですが」
彼にとっての自分の位置付けが、とても気になる。
「干菓子でいいなら食うか、甘いぞ」
「いえだからそういうわけでは……い、いただきます」
ルカが出した干菓子を受け取り、口に運ぶ。「食うのかよ」という突っ込みは聞かなかった事にする。
ほのかな甘みを楽しんでいると、ガタン、と馬車が止まった。
「もう着いたのか?」
「いや、そんなはずはないと思う。少なくとも、あと二刻はかかるはずだから――……」
二人が話していると、外から扉を叩く音がした。
「申し訳ないが、家人に見つかってしまった。説得したのだが、私の話を聞いてくれない。どうやら山狩りをしていたようで、みんな殺気立っている。あなた方は客人だと言ったのだが――」
馬に乗っていたはずのギルバートが、無表情ながら困惑した顔で立っていた。
「……王家から来た刺客だと思われている。私の命に代えても守るので、しばらく馬車から出ないでいただけるだろうか」
「え……ええと?」
「こうなると、誰も私の話を聞かないので、拳で語るしかない」
真顔でとてつもなく変な事を口にした彼が、「護身に」と短剣を渡す。ウィルとルカもあっけにとられた顔をしていたが、いち早く立ち直ったのはウィルだった。
「失礼ですが、今はどの辺りにいるのですか?」
「領地に入ったところだが、山の中だ。北から山狩りをして、この辺りまで来たらしい。きちんと書き置きは残してきたのだが、うまく伝わらなかったようで」
「書き置き?」
「なんとか死罪を回避する手段を探してみる。できなければ、私は二度と戻らないものと思い、家督は弟に譲るようにと」
それは遺書といってもいいんじゃないか。
「……家の方のご苦労がしのばれるな」
「いやマジで天然か、ここの領主」
生あたたかい笑顔と、顔を引きつらせたルカの表情が対照的だ。それを見て、彼が真顔のまま首をかしげた。
「どうかされたのか、お二人とも」
「いえ、問題ありません」
ですがおひとりで大丈夫なのですかとウィルが問えば、やはり真顔のまま頷く。
「ひとりの方が動きやすい。場合によっては、馬車だけ先に行かせるので問題ない。あなた方は私の大切な客人だ。指一本触れさせない」
言っている事は誠実この上ないのだが、襲いかかってくる相手が彼の部下だ。頼もしいと言うべきか、部下を説得しろと突っ込むか、微妙なところだ。
彼はスラリと剣を抜き、「では」と一礼して扉を閉めた。
馬車の窓からこっそりのぞくと、外にはずらりと馬に乗った集団がいた。
その数、およそ二十。徒歩の人間も合わせると三十名ほどか。
その中でも見上げるほどの体躯の赤髪の男が、割れ鐘のような声で叫んだ。
「よしてめえら! お頭をお守りするぞ!!」
「おお――っ!!」
次々に雄たけびが上がり、一斉に剣が振り上げられる。
「何度も言っているが、彼らは私の客人だ。王家の人間ではないし、刺客でもない」
ギルバートの声は届いていない。主人の話を聞かないにもほどがある。聞けよ人の話、とルカが舌打ちしたが、目を血走らせた彼らに言っても無駄だろう。ギルバートもあきらめているようだ。
「お頭、今お助けします!」
「だから私の客人だ。刺客ではない」
言いながら、襲いかかってきた男を受け流し、剣の柄で一撃する。あくまでも手加減しているようだが、一打で男が地面に沈んだ。
続いて斬りかかってきた二人の剣士は、それぞれ腕と足で振り飛ばす。「いい蹴りだ」とルカが呟いたが、そういう感想でいいのだろうか。
「次」
今度の男は棍棒を構えていた。剣ではいささか不利なはずだが、彼は少しも動じなかった。落ち着き払って手首を狙い、振り下ろし切ったところで下から掬う。軽い一打で、男は棍棒を取り落とした。
「やるなら突け。関節を狙え」
真顔で指示しながら、次々に相手を倒していく。その動きは流れるようで無駄がない。ドルキアンは武勇の土地だと聞くが、さもありなんといった様子だ。二人も興味深そうにその雄姿を見守っている。
あっという間に半分ほどを片づけると、彼はもう一度口を開いた。
「彼らは私の客人だ。王家から来た刺客ではない」
聞こえたかと、全員に向かって宣言する。
「ボールドウィンからお連れした、大切な客人だ。この窮地を救うために、力を貸してくださるそうだ。無礼は許さない。分かったなら返事を」
「え、ボールドウィン……?」
「あの根絶やし伯爵の……?」
「草木が死に絶えるとかいう噂の、ボールドウィン……?」
ざわざわと彼らが騒ぎ出す。それなりに暴れた事により、少し頭が冷えたらしい。あとその呼び名はいい加減に返上させていただきたい。
余計な情報が流れたせいか、ちょっぴり恐怖の目で見つめられたが、ようやく騒ぎが収まったようだ。彼らはこわごわとこちらを見ている。
それを無表情のまま受け流し、主は言った。
「分かったなら返事を。これから館へ向かう」
「承知いたしました!」
即座に彼らが頭を下げる。一番深く頭を下げていたのは、最初に襲いかかってきた赤髪の男だった。
「手伝わなくていいのかと思っていたけど……無用な心配だったな」
「むしろ足手まといになってたな。なんだあれ、すげえなおい」
二人が感心した顔で眺めている。その視線に気づいたのか、赤髪の男がこちらを見た。
「お頭、お客人に直接謝ってもいいですかね? どうやら誤解があったみたいで」
「着いてからにするといい。――お待たせした、申し訳ない」
馬車の扉越しに頭を下げられ、さすがに恐縮してしまう。相手はドルキアンの領主なのだ。ここまで丁重に扱われると、却って申し訳ない気持ちになる。
「お構いなく。楽しませていただきました」
ウィルの返答に、相手はほっとした顔になり、それからもう一度目礼した。
「なんだか……ずいぶん腰の低いお方ですね……?」
「ドルキアンの領主と言えば、代々血の気が多いはずだけどな。たまにああいう亜種も出るのか」
「ルカ、不敬だよ」
柔らかくたしなめながらも、ウィルも強く否定はしない。血の気が多いどころか、彼は声を荒らげてすらいない。今の立ち回りも、あくまでも稽古の一環といった風情だった。
とはいえ、先ほど見せた武技はなかなかのもので、さすがは彼らの主といったところではあったが。
ちらりと見せた横顔は、何の感情も浮かんでいない。
ついさっき、死罪を選ぼうとしたとは思えない落ち着きぶりに、レティは困惑しきりだった。
お読みいただきありがとうございます。部下も人の話を聞かない。




