誓いの花と恭順の儀式
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レティの懇願によってふたたび席に戻ったドルキアン領主――ギルバートは、なぜ引き留められたのか分からない様子だった。
「心配しなくとも、迷惑はかけない。信用できなければ証文を書こう」
「いえ、そういう問題ではなくてですね……。聞き間違いでなければ、先ほど『死罪』とおっしゃっていた気がするのですが……」
なんだその事か、という顔で彼が頷く。
「それは仕方ない。この命は領民のために使うと決めている。私が花を献上できなければ、ドルキアンは存続できない。それを防ぐためには、仕方のないことだ」
「いえですから、なぜそのようなことになるのか、説明をですね」
「――二心無き誓いの花、ですか」
今まで黙っていたウィルが口を開いた。
青年がわずかに目を見張った後、小さく頷く。
「そうだ。よく知っているな」
「以前に聞いたことがあります。ドルキアンの領主は、独特な方法で王家に恭順の意志を示すのだと。それができれば十年は栄華を、できなければ血染めの両手を、と言われている儀式ですね」
なんだその物騒な名前は。
「その通りだ。領地でも私以外、ほとんど知る人間はいない。王家でも知っているのは限られた人間だけだ」
「単なる噂かと思っていましたが、事実だったとは。……ですが、死罪というのは?」
その問いに、彼はちょっと首をかしげた。
「当然だろう。恭順の証が立てられなければ、死を賜る。そういうものだと言われている」
「いやいやいや! どう考えてもおかしいです。花が咲かなかったら死ぬなんて、花はそういうものじゃないですよ!」
レティの言葉に、ウィルもルカも反論しない。二人とももっともだと思っているせいもあるが、正面切っては言えないのだ。
人の心を和ませ、目を楽しませる。花にはたくさんの役割があるが、人間から見たひとつの側面がそれだ。花自身がそう思っているわけではない。
人間のために存在しているわけではないが、人間はそれを見て楽しむ。それはそれでいいと思う。
花を愛でるという言葉がある。
花は愛されるために存在しても、人の生き死にに関わるものではない。
「そう言われても、そういうものなのだ。それに、ドルキアンにはそうされるだけの理由がある」
「……と、言いますと?」
「今までに三回献上できなかったことがあるが、その三回とも内乱が起こった」
「……ええー……?」
とんでもない情報が出てきた。
「未遂も含めて三回だ。偶然というにはできすぎているし、王家は形無き偶然を重んじる。花をもたらすドルキアンが、平和をももたらす。それ以来、何が何でも花を献上することが、代々のドルキアン領主の至上命題となっている」
それなのに。
そこで言葉を切り、ギルバートは言った。
「今年は、どうしても花が咲かなかった」
急いで原因を調べたが、何も分からなかった。
この花の事は公にはできない。それでも植物に詳しい人間を探し出して聞いてみた。だが、誰も理由は分からなかった。
「それはまた……」
だが、そういう現象は往々にしてある。翌年にはまた何事もなく咲いている、といった例もある。理由は分からないが、なぜか咲かない年があるのだ。レティの持っている本にもそう書いてあった。
――だがそれは、翌年でも構わない場合だ。
「何代も前の領主が約束したらしい。花を献上できなければ、死をもって償うと。王家はそれを了承し、それ以来、十年に一度、花を捧げることを命じた。それが今でも続いている」
「いえ、ですが……どうしようもない場合というのがあるのでは? いくらなんでも、それは無茶な約束ですよ」
「かもしれないが、王家との約束だ。時に理不尽もあるだろう。それは仕方のないことだ」
もうあきらめてしまっているのか、彼の瞳は凪いでいた。
「幸い、私は領主となって数年の若輩者だ。私の首を差し出し、弟が次の領主になればいい。父が名代になれば、領民もそれに従うだろう。道々考えてはいたことだ」
「考えることの方向性が暗すぎます!」
「暗くはない。ドルキアンの未来は明るい」
「そういう意味ではなくてですね……」
どうしようと悩むレティの横で、「…天然か?」とルカが呟いている。それに肯定も否定もせず、ウィルだけは何事かを考えているようだった。
「命を落とさず、どうにかして納得していただける方法を探した方がいいのでは……?」
「それも考えたが、領主の血で贖うことが条件だそうだ。例外はない。それに、下手に抵抗した場合、領民に被害が出る可能性が高い。そんな危険な賭けはできない」
「ですが、このままだと……」
「心配には及ばない、レティシア・グレーデ嬢」
ふたたびルカの守りをあっさりと突破したギルバートが、レティの前に跪いた。
「あなたのやさしさに感謝する。緑の乙女は、他領の人間にまで慈悲の心を分け与えてくれるのだな。人生最後に会う女性が、あなたのような子供でよかった」
「いえ、あの、そうではなくてですね」
「これからやることがたくさんある。それではこれで失礼する」
立ち上がろうとした彼に、レティは思わず叫んでいた。
「待ってください! 何か方法を考えましょう……!」
お読みいただきありがとうございます。領主、ちょっと天然系。




