ドルキアンの領主
彼の話によると、ドルキアン領には十年に一度、そこでしか咲かない花があるという事だった。
「あまり公にはなっていないことだが、ほんのわずかだけ、必ず咲く。代々の当主しか知らない、ごく限られた場所に咲く花だ。私も父に見せてもらったことがある。繁栄の花と呼ぶにふさわしい、とても美しい花だった」
「繁栄の花……」
「別名は荒れ地の花だ。正式な名前は知らないが、私の家ではそう呼ばれている」
荒れ地の花。よく分からないが、荒れ地に咲く花という意味だろうか。
「……それで、その花がどうしたと?」
「咲かなくなった。まったくだ」
真顔のまま、まっすぐ前を見て言い放つ。彼の目は黄金がかった色をしていた。銀色の髪とも相まって、まるで野性の狼のようだ。
甘さを削ぎ落とした顔立ちは、意外にも整っている。年齢は二十代後半ほどだろうか。領主としては若い部類だが、ボールドウィン領主であるウィルも、フォンドア領主であるオーガストもそれぞれ若い。
とはいえ、フォンドア領では祖父のフォンドア翁が今でも大きな権力を握っているし、ウィルも代替わりしたばかりだ。彼もその口かと思ったが、はっきりとは分からなかった。
「……で、では、用件はその花を咲かせる、ということですか?」
「ああ、その通りだ。いくらかかっても構わない。言い値で支払おう。だから、すぐにでも我が領地に来てほしい」
さあさあさあ、と真顔で詰め寄られ、丁寧だが強引に手を取られる。そのまま引っ張り起こされそうになった時、その手がふいに外された。
「――失礼ですが、エスコートにはいささか乱暴では?」
彼の手をつかんだウィルが、笑顔のままやんわりと退けた。
隣ではルカが前に出て、これ以上の接近を防いでいる。彼はウィルの従者らしく、後ろでつつましく控えていたが、一歩も引かない構えなのは明らかだった。
それを見て、はっとしたように男が下がる。
「――失礼した。子供とはいえ女性に、無作法な真似をしてしまった。許してほしい」
「い、いえ、お気になさらず……あと私は子供ではないので、別に構いませんよ」
「ありがとう」
そう言うと、深々と頭を下げる。そんなに嫌な感じの人ではなさそうだ。
「ですがその……そういったご用件でしたら、私ではお役に立てないかと」
「駄目なのか?」
「ううーん、なんと言いますか、私は別に、特殊な力を持っているわけではありませんので。あの時は偶然というか、なんというか……」
枯れ大樹の方でレティに反応してくれたから起こったようなものであり、言ってみれば偶然の産物だ。レティがそうしてほしいと頼んだわけではない。
この間の出来事をかいつまんで話すと、彼は驚きに目を見張り、それから徐々に落胆したような顔になった。
「――ですから、枯れ大樹でもない花を咲かせる力はないんです。その枯れ大樹も、あれ以来、不思議なことは起こりませんし……」
力になってあげたいのは山々だが、まったく役に立てる気がしない。
「……いいや、仕方ない。藁にも縋る思いで来たのはこちらの方だ。気にしないでほしい、レティシア・グレーデ嬢」
手は痛くなかっただろうかと、今度は自然に手を取られる。あっさり脇を抜かれて、ルカが驚きに目を見張った。
「いえ、それは、大丈夫ですが――っ」
言いかけた瞬間、がしっと肩をつかまれて、そのまま後ろへのけぞらされる。同時にルカが彼の腕をつかみ、丁寧かつ容赦なく払い落とした。
ウィルとルカに挟まれる形になったレティが、何が起こったのか分からない顔で呆然とする。
「……あ、あの?」
「犬でも飼い主の許可がなければ、みだりに触れることは許されません」
「子供でもそれは同じですね」
それぞれ言われ、ドルキアンの若き領主はふたたびはっとした顔になった。
「そうだな、申し訳ない。つい体が動いてしまった」
「いえ、それはお気になさらず」
むしろなぜ二人が出てきたのかよく分からない。
内心で首をひねりつつ、レティが大丈夫だと首を振る。はっきりとは言えないが、彼は危険な人間じゃないと思う。
真顔ながら、どことなくしょんぼりした様子の彼は、自分の右手を見つめている。その様子はまるで飼い主に叱られた犬のようだ。他領の領主に対する例えとしては不敬極まりないが、なんだかそう見えてしまった。
(それに)
植物が育たない悲しさは、レティだって知っている。
育たなければ花が咲かず、花が咲かなければ実も生らない。実が生らなければ種が取れず、そうなれば次の季節に芽吹かない。イコール、お腹が空く。
力になれるものならなってあげたい。――けれど。
(聞いたこともない花の名前……。どうしたらいいんだろう)
うーんと考え込んでいるうちに、相手が席を立ってしまった。
「突然の訪問を許していただき、感謝している。レティシア・グレーデ嬢、並びにボールドウィン伯爵。どうか息災で」
「あ、あの」
「私の首ひとつあれば済む問題なのに、他領の人間を巻き込んでしまったことを謝罪する。申し訳なかった」
それだけ言って退出しようとした青年に、レティが目を丸くする。
――今、彼は何と言った?
彼は気が済んだのか、さばさばした顔で部屋を出て行こうとする。その服をつかんでしまったのは、反射的な行動だった。
青年が不思議そうな顔で振り返る。
「何か?」
「……あの。今、何と?」
「私の首ひとつで済む問題だと言った。腰ではなく、首だ」
「いえ部位の問題ではなくてですね……!」
腰でも大概問題だが、首はもっと問題だ。首がなければ命もない。つまり、彼は命を投げ出そうとしている。
「花が咲かないことは確かに残念ですが、命を差し出すほどの問題ではないのでは……?」
「ああ、そうか。説明不足だったな」
真顔で頷き、若きドルキアン領主は淡々と言った。
「十年に一度、国王陛下に献上する花だ。渡せなければ死罪になる。今年がその十年目だ」
「……え……」
え。
「ええ―――っ!?」
お読みいただきありがとうございます。腰でも十分問題です。




