見知らぬ訪問者
第二部始めました。
その日、ボールドウィン領主の屋敷を訪れた客人がいた。
「レティシア・グレーデ嬢。ぜひあなたを我が領地にご招待したいのだが」
突然現れた銀髪の男が、真面目な顔でそう言った。
「は……はい?」
名前を呼ばれた少女が、男の勢いに押されて一歩退く。
まだ幼さの残る顔立ちに、森の色を映したような緑の瞳。十六歳という年齢ながら、現グレーデ領の主(ただし実権はない)であり、今はボールドウィン伯爵の庇護下にある少女、レティシア・グレーデは、ぱちぱちと目を瞬いた。
「確かに私はレティシア・グレーデですが、あの……」
――あなたは一体どなたですか。
その疑問は、レティの横にいた金髪の青年が解決してくれた。
「突然そのように言われても、彼女も困るのではないでしょうか。まず先に、名前を名乗られてはいかがですか?」
「ああ、そうだな。――失礼した」
そこで男は姿勢を正し、胸に手を当てて挨拶した。
「私の名前は、ギルバート・ドルキアン。ドルキアンの領主だ」
***
レティの生まれた場所は、グレーデという。
小さな村と森、そして小川しかないささやかな領地で、レティは男爵家のひとり娘として育った。
十年前に流行病で両親を亡くし、ひとりぼっちになったレティの前に現れたのが、叔母であるマロリー一家だった。彼女とその夫は、レティから家の権利を取り上げ、次のグレーデ領主に収まると、目に見える形でレティを虐げるようになった。
粗末な小屋に追い出され、使用人として働かされて、食べるものにも事欠く日々。従姉のヒルダも同様で、さんざんレティをいじめ、こき使った。
だが、レティはまったくめげなかった。
食事がなければ森で食べられるものを探し、古着が小さくなれば縫い合わせた。また、薬草の調合も得意だったレティは、植物の知識を蓄えて、次第に食べられるものを増やしていった。
転機が訪れたのは十六歳の時だ。
子爵と婚約する事になったヒルダのため、レティは家を追い出された。というより、ぽいっと森に捨てられた。渡された紙にあったのは、「ボールドウィン伯爵家の使用人になるなら紹介してやる」という一文だった。
迷っている場合ではなく、レティはボールドウィン伯爵家に行く事を決めた。
そこで色々とあり、ボールドウィン伯爵と知り合いになって、本当に色々とあり――正直、ここに書けないような事も色々とあり――レティは元の家に戻る権利を手に入れた。
今はボールドウィン伯爵こと、ウィルフレッド・ボールドウィンが管理している。従妹のパメラを通じて、連絡も緻密なようだ。
レティはグレーデの生まれだし、確かにボールドウィンの領地にお世話になってはいるが、それを知る人は多くない。
どこで知ったんだろうと思ったが、男は答えてくれなかった。
「ドルキアン、というと……。グレーデのお隣さんですね」
「ああ、そうだ。普段の付き合いはないが、代替わりの際に挨拶はした」
とりあえず話を聞く事になり、人数分のお茶が運ばれてくる。
グレーデは小さな領地だが、ドルキアンは違う。ボールドウィンと比べても遜色ない広さに加え、石の産地でも有名だ。宝石はごくわずかだが、希少とされる砂銀鉄や、しなやかで強い黒星石、鋼水晶などが産出される。ちなみにどれも武器となり、特に鋼水晶で作った剣は国宝級の逸品だ。
グレーデを境にして、ボールドウィン、フォンドア、ドルキアンがそれぞれ接している。緑のグレーデと呼ばれるグレーデに比べ、ドルキアンには緑が少ない。どちらかと言えば、荒野と岩山の印象だ。
それで言えば、つい最近までボールドウィン領は緑が枯渇し、「根絶やし伯爵」などという物騒な名前で呼ばれていた。
――それが、今。
ボールドウィン領は現在、見渡す限り瑞々しい若葉が茂る、美しい土地になっている。
「噂では聞いていたが……実際に来てみるとそれ以上だった。緑の乙女の奇跡だと、ドルキアンでも囁かれている。そしてそれは、グレーデの血を引く男爵令嬢の御業だと」
「だ、誰がそのようなことを……?」
「村人が実際に見たらしい。透けるような白い衣装を身にまとい、奇跡を目の前で起こしてみせた、女神のように美しい少女だったと。それはあなたのことだろうか、レティシア・グレーデ嬢」
真顔で言う彼は、本気なのかふざけているのか、今ひとつ分からない。
そして彼の言う話には、非常に心当たりがあった。
(あの時の……)
ヒルダ達を断罪した時、近くに他の村人もいた。
あれが原因か……!! と思ったものの、今さらどうしようもない事だ。
それに、彼の話には事実と異なる部分もある。
ドレスの美しさは同感だが、レティは平凡な外見だ。マロリー達にも貧相な顔と身体だと、さんざん馬鹿にされてきた。あの時は化粧の効果もあり、多少は見られる外見になっていたかもしれないが、それだけだ。
奇跡が起こった事も確かだが、レティが意図したわけではない。もう一度やってほしいと言われても困ってしまう。
それに、その力はおそらく枯れ大樹限定のものなので、今は消えてしまっている。どういう理由でレティを領地に連れて行きたいのかは不明だが、あまり役に立てそうにない。
困惑したレティの様子を察したのか、ウィルがやんわりと口を挟んだ。
「ところで、ご用件をお聞きしてもいいですか? レティを領地に招待するとして、その目的は」
「ああ、そうか。言っていなかったか」
そこで改めて姿勢を正し、彼はレティの顔を見た。
「あなたに花を咲かせてほしい」
お読みいただきありがとうございます。ドルキアン編、開幕です。




