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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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パメラの来訪


 パメラがボールドウィン領にやってきた日、屋敷はちょっとしたお祭り状態になった。


「初めまして、パメラ・グレーデと申します」

 ウィルが用意した馬車に乗って現れたのは、淡い金髪の淑女だった。


「どうしよう、本物のお嬢さまだ……!」

「仕草ひとつとっても違うもんだねえ。サンディ、あんたちょっと真似してみな」

「できないよ! 無理だよ!」


 マーサとサンドラがお喋りに花を咲かせる横で、執事のクレイヴが感心した顔になる。


「ほほう、あのお年であのような立ち居振る舞い……。まさにエレガント。レディの(かがみ)ですな」

「クレイヴさん、俺ちょっとときめいちゃったりしてるんですが、おかしいですか?」

「恋をするのは止めませんが、ウォルター。仕事はきっちりするように」


 伝令役の青年の心まで一瞬で奪った少女は、ある人物を見つけて目を輝かせた。


「レティねえさま!」


 軽い靴音で駆け寄ると、飛びつくようにして抱きしめる。抱きつかれた方も同じ年ごろの少女だったが、動きやすいエプロンドレスを身につけていた。

 ドレス姿の少女を抱き留め、レティが「おっとっと」と呟く。


「いらっしゃい、パメラ。来てくれて嬉しい!」

「お招きありがとうございます、ねえさま」

 そこで後ろの二人にも気づいたらしく、すぐに優雅な礼をする。


「お久しぶりです、ボールドウィン伯爵閣下。本日はお招きに預かり光栄です。とても嬉しく思いますわ」

「ようこそいらっしゃいました、レディ。どうぞくつろいでお過ごしください」


 ボールドウィン伯爵閣下と呼ばれた美貌の青年が、完璧な笑顔で挨拶する。そこで挨拶は終了だったが、パメラはその後ろの黒髪の青年にも目を留めた。


 彼は従者らしく、目立たないように控えている。

 本来は異例の行為だろうが、パメラは彼にも頭を下げた。


「お久しぶりです、ガレッドさま。その節は大変お世話になりました」

「過分なお言葉です、レディ。お心遣い感謝します」


 ちょっと目を見張ったが、すぐに微笑んで返答する。咳流行りの一件で、パメラは彼と面識がある。今日のルカは外面仕様だ。パメラはそれを見て、小さく笑った。

 案内するというレティに連れられてパメラが行ってしまうと、彼らはほっと力を抜いた。


「あれが本物の男爵令嬢ってやつなんだねえ……」

「色も白くて、言葉使いにも品があってさ。やっぱり貴族のお姫様は違うねえ」

「指先までエレガントなレディでしたな」

「どうしよう、俺の胸がときめいている……」


 レティも貴族のお姫様なのだが、多分、みんな忘れている。


「ほらほら、お前ら。ちょっと落ち着け」

 パンパン、と手を叩いたルカに全員が反応すると、彼はいいかお前ら、と釘を刺した。


「今日はあのお嬢さまに満足してもらえるよう、全力を尽くすぞ。くれぐれも失礼のないようにな」

「おう!」

「了解です」

「分かったよ、任せな」


 反応はそれぞれだったが、みんな使命感に目を輝かせている。

 そんな中で、伝令役の青年だけは胸を押さえていた。


「貴族のお姫様……初めて見た」


 一応、レティもお姫様である。

 だがウィルもルカも、わざわざ指摘はしなかった。



    ***



 パメラがこの屋敷に来る事になったのは、ちょっとしたきっかけだった。

「そういえば、パメラから手紙が来ましたよ」

 グレーデ領の報告書に目を通していたウィルに、レティが何気なく言ったのだ。


「いつもながら元気そうで、安心しました。マロリーおばさまたちも……まあ、元気なようで……そう、元気なようで……問題ないと……」


 言いながら、だんだん遠い目になってくる。パメラから届く手紙にはいつも、「何も問題ありませんわ、ねえさま」と綴られている。多少言い回しが変わっても、内容は同じだ。……だが、なぜだろう。その文面の中に闇が隠されている気がする。


「大丈夫だよ、レティが気にすることじゃない」

「人間あのくらいじゃ死なねえから。心配ない」


 ウィルとルカがそれぞれ言う。ちなみに、ルカは近くの机で別の書類を処理している。目も上げないあたり、本当にどうでもいいらしい。


「でも、パメラがちょっと心配ですね。いくらしっかりしているとは言っても、まだ十二歳です。マロリーおばさまたちと別れて、心細いこともあるでしょうし」

「いや、ないと思うな」

「賭けてもいいが、ありえねえな」


 即座に断言されたが、本当にこの二人は気が合う。自分とは違うものを見ている気がする。そして、気のせいだろうか、最近はパメラも彼らの(あちら)側へ行っている気がする。


「でも、やっぱり心配です。手紙では、無理して元気にふるまっているのかもしれませんし……」

「じゃあ、招待する?」

 ウィルに言われて、きょとんとした。


「咳流行りも落ち着いたし、男爵家のこれからについても目途が立ったし。一度彼女を招待して、ささやかな席を設けたいとは思っていたんだ」

「ですが、その、ご迷惑では……?」

「とんでもない。パメラ嬢のおかげで、死者が出ずに済んだんだ。うちの領地に飛び火しなかったのも、迅速な処置のおかげだよ」


 そのお礼と慰労も兼ねて、感謝の気持ちを示すのは当然の事だ。

 真面目くさった顔で言われると、そういうものかと思ってしまう。貴族の常識には疎いので、礼儀は大事だよと言われれば、断る理由もない。


「……いいんですか……?」

「もちろん」


 こうして、パメラを招待する事になった。



    ***



「まぁ……!」

 昼食の席に着くと、パメラは目を輝かせた。

 食卓には、料理長が腕を振るった軽食が用意されていた。


 最近領地で流行っている薄焼きパンに、チーズや燻製肉を乗せたもの。とろりと溶けたチーズが香ばしく、食欲をそそられる。

 ()でた芋をなめらかに潰し、熱い油で揚げた料理。カリカリの状態で小皿に盛られ、出来立てのバターが添えてある。


 彩りのよい野菜をたくさん添えて、グラスに盛った色鮮やかなサラダ。こんがりと焼けた鶏肉のパイは、この日のためにマーサが用意してくれたものだ。

 魚の香草焼き、腸詰めの肉、透明なゼリーに果物を沈めたデザートもある。どれも見事で、目移りしそうな品ばかりだ。


「こんなに素晴らしいお料理、一度も見たことがありません」

 ありがとうございますと、弾んだ声で礼を言う。

 少女らしく、はしゃいだ様子で料理を眺めるパメラは、とても可愛らしかった。料理長がにこにこして見つめている。


「どうぞ、召し上がれ」

 ウィルの言葉に、パメラは薄焼きパンを口に運んだ。途端にその目が丸くなる。


「いかがですか、レディ?」

「……とても素晴らしいですわ。こんな素敵なお料理、初めて食べました」

「こっちのもおいしいから食べてみて。これと、これと、こっちと……これも」

「ねえさま、そんなに食べ切れませんわ」


 パメラがころころと笑う。それを見て、ウィルとルカは同時に思った。


 ――そうか、普通の貴族令嬢はこんなに食べないのか……。


 当たり前の事だったが、レティを基準にしてしまった。

 というか、従妹なら同じくらい食べる可能性があると思っていた。だが、この分だと普通の一人前で良さそうだ。


「レティ、甘いものもあるから、ほどほどにね」

「そうだぞお前、自分の胃袋を基準にすんなよ」


 ウィルはやさしく、ルカはこそっと耳打ちする。

 確かにそれも一理ある。とはいえ、どれもおいしいので選べない。


「これをあきらめる……とすれば、こっちのは食べられる……ですが、これを食べないのは絶対にもったいない……ので、ここを削るとこちらも……いえ……うう、ああ……っ」


 ものすごく真剣に悩んでいる。

 そんな様子を、ウィルは微笑ましそうに、ルカが仕方なさげな顔で眺めている。そんな二人の様子を、パメラが楽しそうに見守っていた。



    ***



「ここがねえさまのお部屋ですか?」

 食事の後は、レティの部屋に案内する事となった。正式な方ではなく、最初に与えられた部屋だ。


「とても素敵なお部屋ですね。……ですが、あの、ずいぶん端にあるお部屋なのですね?」

「ああ、ここは使用人部屋だから」

 答えると、パメラは目を丸くした。


「もうひとつお部屋をいただいているんだけど、そっちはなんだか広すぎて。ウィルさまはよく声をかけてくださるんだけど」


 嫌なわけではないけれど、どうにも落ち着かなくて仕方ない。小屋生活が長かったせいかもしれない。

 それにここだと、いつでも大樹に会いに行ける。

 とっても便利なのと告げると、パメラは納得した顔になった。


「そうでしたか。ねえさまらしいですね」

「そうかな?」

「ええ、とっても」


 らしいといえば、この服装もそうだ。

 本当はもっとちゃんとした服を着るつもりだったのだが、パメラが「普段のねえさまを見たいのです」と言ったため、いつもの恰好をしている。パメラはさすがによそ行きだが、正装というには飾り気が少なく、動きやすそうなものを身につけていた。


「ねえさまは、幸せにお過ごしなのですね」

「そうね、とっても」

「今日ここに来られてよかったです。心からそう思いますわ」


 パメラが喜んでいるようなので、レティもつられて笑顔になった。

「いつでも遊びに来てね。パメラが来てくれたら、とっても嬉しい」

「ありがとうございます、ねえさま」


 それから二人で中庭を歩き(ウィルの許可はもらった)、マーサやサンドラを紹介して、もうひとつの部屋も案内した。そちらは想像以上に立派だったらしく、パメラは目を丸くしていた。


 一緒にお茶を楽しみ、尽きる事のないお喋りをして、若木にも挨拶をしに行って――、


 あっという間にパメラが帰る時刻になった。


「本当に泊まっていかないの?」

「ええ、向こうでやることもありますし、あまり長く家を空けると、()()()心配なこともありますし」

「心配なこと?」

「ねえさまがお気になさる必要のないことですわ」


 微笑んではいるが、なぜだろう。その笑顔が怖い。


「ボールドウィン伯爵閣下、並びに皆さま。本当にお世話になりました。とても楽しかったですわ」

「またいつでもいらしてください。歓迎します」

「ありがとうございます」


 しとやかに礼をして、パメラは馬車に乗り込んだ。手を貸したルカに礼を言い、何事か囁く。彼の目が丸くなり――次いで、にやっとした顔で笑った。


「それでは皆さま、ごきげんよう」

 最後まで淑女らしい態度を崩さなかった小さな貴婦人(レディ)は、馬車の窓から手を振って去っていった。


「さっき、何をお話しされていたんですか?」

 レティが聞くと、彼は苦笑交じりに教えてくれた。


「次は素の顔でお相手願います、だそうだ。……なかなかどうして、骨のあるお子様じゃねーの」

「僕も言われたよ。次はもっと()()お話もしてみたいですって」

「ふ、深いとは一体……?」


 レティが聞くと、彼らは一度目を合わせ、それから同時に首を振った。


「それほどたいしたことじゃない」

「そのうち嫌でも分かるからな。知るのはもっと後にしとけ」

「な、なるほど……?」


 その言葉に嫌な予感しか覚えないのは、さすがに考えすぎだろうか。なんだか順調にパメラが彼らの仲間になっていっているようで、こちらとしてはちょっと怖い。


「パ、パメラはまだ子供なんですが……?」

「とても優秀な上、気配りも完璧なレディだね」

「将来有望なお子様だろ、ちゃんと知ってる」


 彼らの評価が、自分よりもはるかに高い気がする。

 ともあれ、パメラが気に入られたのはいい事だ。

 従姉として素直に嬉しい。パメラは自慢の身内なのだ。


(そういえば……)


 中庭を散策している時、パメラに不思議な事を聞かれた。


「白馬も黒馬も愛情深く、背中に人を乗せることをためらわない、得難い存在に思えますわ。ねえさまはどちらの背を選びますの?」

「白馬……黒馬?」


 何かの比喩だろうか。ウィルの愛馬は白で、ルカのは黒馬だ。だが、そういう意味ではないのだろう。


「よく分からないけど、歩ける時は自分で歩く。疲れたら乗せてもらおうかな?」

 そう答えると、パメラは小さく笑い、「ではそういうことで」と話を終えた。


「ウィルさま、白馬と黒馬って、何の例えに使われるものでしたっけ?」

「色々だけど、有名なのは魅力的な異性を選ぶ際の選択肢かな。男性だと馬、女性だと花に例えられることが多いと思うよ」

「異性……」

「ちなみに、男女逆にするとものっすごく下品な意味になるから、間違えんなよ、チビ」


 それはつまり、馬を女性に、花を男性にという意味だ。


「それは一体……?」

「いやだから、馬を女に例えてその上に乗る――っ!」

「君はちょっと黙ろうか、ルカ」

 ルカに容赦のない肘打ちを食わせ、ウィルがにっこり笑って言う。


「でも、どうして急にそんなことを?」

「パメラに聞かれたんですけど、意味がよく分からなくて。比喩とか暗喩は難しいですね、もっと勉強しておかないと」


 ウィルの勧めもあり、薬草の勉強に加えて、普通の貴族令嬢の教育も受け始めている。パメラと色々ごっこ遊びをしていたためか、それほどひどくはないらしい。とはいえ、普通の令嬢に比べると勉強不足も甚だしいので、今もせっせと勉強中だ。


 うま……と呟くレティに、ウィルが首をかしげて聞いた。


「それで? レティはどっちを選んだの?」

「私は――」


 歩ける時は自分で歩き、疲れたら背中に乗せてもらう。

 その、馬の色は。


「……正直、色はどっちでもいいですね。疲れてない方に頼みます」

「……」

「……」


「お二人とも、どうかされましたか?」


 いいやと首を振り、彼らは目を合わせた後、ちょっと笑った。

お読みいただきありがとうございます。ヒロインの情緒ブレないなあ……!


※予定分の投稿が完了したので、これにていったん定期更新を切り上げます。まだ書き足りない部分が色々とあるので、そのうちまた再開します。よかったらその時はまた遊びに来てくださいね!

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