表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/93

あの空の彼方には


「そろそろ綿(わた)(はな)(ぐさ)の季節ですね」


 薬草を天日干しにしていたレティが、ふと思い出したように口にした。


 綿花草とは、タンポポによく似た丈の短い花で、綿毛によく似た花をつける。綿毛よりもモコモコしていて、綿(めん)()よりはふわふわしている。触ると羊の毛に似ている事から、羊草(ひつじぐさ)とも呼ばれる。

 この季節がやってくると、森が一気に秋めいてくるのだ。


「うちの領地ではほとんど見られなかったけど、今年は綿花(わたはな)が咲き始めているみたいだよ。せっかくだから、見に行ってみようか」

 それを手伝っていたウィルが答える。レティは笑顔で頷いた。


「はい!」

「でも食えねーぞ、あれ。大丈夫か?」

「ルカさま、私は何も食べることしか考えていないわけではないのですが……?」


 いつも思うが、彼にとって自分の位置付けとは一体。


「そうだな、飲むことも考えてる」

「ほぼ同じ意味ですが!?」

「眠ることも考えてるよね。健康的でいいと思うよ」

「ウ、ウィルさままで……」


 心外といった顔だったが、大枠では間違っていない。レティは食べる事も飲む事も、もちろん眠る事も大好きだ。


 綿花草の花言葉は、愛する家族。


 それを家族、もしくはこれから家族になりたい相手と眺め、綿花を風に飛ばす。

 どんなに離れても心はひとつという意味であり、旅立つ先でも家族は一緒という意味にも例えられる。レティも昔した事があった。


「パメラがね、一緒にしてくれたんですよ」


 両親がいなくなり、そういった行事とは無縁になったレティに、パメラが声をかけてくれたのだ。

 小さな手に綿花草を握りしめ、「ねえさまとごいっしょするのですわ」と、輝くような笑みを浮かべて。


 少しくたりとした茎を受け取ると、ほんのり体温が残っていた。

 もう何年も前になる、遠い話。


 その後、レティが忙しくなってしまったせいで、なかなか一緒に綿花を飛ばす機会はなかった。パメラも無理はさせられないと思ったのか、それっきりになっていた。


「……もう一回、やってみたいですねえ」

 ふと漏れた呟きに、男二人は顔を見合わせた。


「やればいいじゃねーか。グレーデに行くか?」

「そういうわけには……。パメラが家族と離れ離れで暮らすことになったのも、元はと言えば私が原因なわけですし。さすがに無神経ですよ」

「彼女はそう思っていないと思うけど、確かに。気を遣わせたら悪いかな」


 むしろよくやったと言いそうだが、ウィルはその言葉を呑み込んだ。


「お前……食い物以外のことも考えられるのか」

 偉い偉いと頭をかいぐり回される。レティが失礼な! といった顔になる。


「いつも思いますが、ルカさまは私のことをどう思ってらっしゃるんですか?」

「そのまんまだと思ってるぞ。そして割と正しい認識だと思ってる」

「多分絶対褒めてない!」


「わざわざ言葉にするとだな、犬にしては賢いが、人間にしてはちょっと残念な部類だと思ってる」

「言葉に遠慮がなさすぎます!」

「お前相手に遠慮しても仕方ねーだろうが。ほら、飴食うか?」

「そんなのでごまかされるとは……い、いただきます」

「食うのかよ」


 呆れたルカには構わず、レティが遠慮なく飴を受け取る。もぐもぐと幸せそうな横顔を眺め、ウィルは何事か考え込んだ。


「ウィル、何してるんだ?」

「うん、ちょっと」


 手元の地図と日付表を眺め、何やら指先で辿った後、ウィルは小さく頷いた。



    ***



 ウィルに誘われたのは、それから数日後の事だった。


「お出かけなんて久々ですね。いい天気でよかったです」

「レティと一緒なら雨でも楽しいと思うけど、今日に限っては同感かな」

「天気が関係あるんですか?」


 首をかしげると、ウィルは微笑んではぐらかした。


「それに関しては、ついてからのお楽しみ。――ところでルカ、風向きはどう?」

「まあまあだな。これならいける」


 足元の草をちぎって飛ばし、風の方向を確かめている。もちろんというかなんというか、お出かけにはルカも参加している。今日の遠出に、風向きが関係あるのだろうか。


 レティ達が訪れていたのは、屋敷から少し離れた丘の上だった。

 景色が綺麗で眺めもいいが、それほど足は向けない場所だ。周囲に何もないせいもあるが、行くまでの道のりが長いのだ。


 それでも、久々の外出は気持ちよく、レティもすっかり楽しんでいた。


「着いたよ」

 ようやく一行が足を止めたのは、丘の一番高い場所だった。


「わぁ……!」


 現れた景色に、レティが顔を輝かせる。


 周囲に視界を遮るものはなく、遠くの森までよく見える。今日は空も澄み渡り、爽やかな風が吹いていた。

 それだけでも素晴らしかったのだが、足元を見て、と言われて目を向けると、その目がもっと見開いた。


「綿花草……!」


 足首ほどの高さの白い綿毛が、小さく風に揺れていた。


「他の場所ではまだだけど、この辺りはそろそろなんだ。レティさえよかったら、一緒に見ようと思って」

「ありがとうございます、ウィルさま!」

「ちなみに調査したのは俺だからな。俺にも感謝しろ、感謝」

「大感謝です、ルカさま!」


 ドレスのまま膝をつき、小さな花を眺める。ふわふわの綿毛が風になびき、なんとも言えず可愛らしい。


「すごくすごく嬉しいです。ありがとうございます、お二人とも」

「どういたしまして、レティ」

「気にすんな、チビ」


 それぞれ頷きながらも、二人は何か別の事に気を取られているようだ。それに気づき、レティははて、と首をかしげた。


(何をしていらっしゃるのか……何かを、確かめているような……?)


 そういえば、先ほどは天気を気にしていた。

 確かに遠出なら晴れた方がいいけれど、そういうのとは違う気がする。

 あっちか、いやこっちかと言いながら、何かを待っているようだ。


(あれ、そういえば……)


 ――確か、風についても言っていたような。


 何か思い出しかけたところで、「よし」とウィルが呟いた。

「そろそろだな。レティ、おいで」

「え……?」

「いいからこっちだ、チビっ子」


 左右から手を取られ、軽々と起こされる。そのままもう少し離れた場所に連れて行かれ、何事かと思った時だった。



 ――風が、吹いた。



「わぁ……!!」


 そよ風に揺れていた綿花草が、一斉に綿毛を飛ばし始めた。それはまるで、羽の生えた妖精が地面から飛び立っていくような、真っ白な綿雪が空に舞い上がっていくような、それは見事な光景だった。


「すごい、綺麗です……」


 綿毛が次々に風に乗り、大空へと舞い上がる。

 風向きのせいか、みんな森へ向かって飛んで行く。綿毛が頬をかすめると、ウィルがちょっと笑って手を伸ばした。


「髪にもついてるよ、レティ」

「こっちにもついてるぞ」

 左右から綿毛をつままれて、レティが首をすくめる。


「――ねえ、レティ。あそこにある木が見える?」


 唐突にウィルに問われ、レティは彼が見つめる方角に目をやった。


 あっちにあるのは幹枯らしの森だ。今はずいぶん緑も戻り、森全体が青々としている。レティが最初に通ってきたのもあの森で、実は遭難しかけていた。北と東をぐるりと囲う大きな森で、その向こう側は分からない。

 ひときわ目立つ大きな木が一本、にょきっと森の中に突き出ていた。


「グルゼアの木……でしょうか? あんなに見事なのは珍しいですね」


 グルゼアとは、(もみ)の木と杉の木を足して二で割ったような針葉樹だ。幹がまっすぐに伸びていて、濃い緑の葉をつける。大きいものではそれ一本で橋がかけられるほどだというから、その迫力たるや、ものすごい。


「あれはね、幹枯らしの森の目印なんだ。レティはどっちも夜に通ったから知らないだろうけど」

「目印、ですか?」

「うん、目印だ」


 綿毛は次々にそちらの方へ、風に乗って飛んで行く。

 あっちの、とウィルが指を差した。


「あの先にはね、グレーデがあるんだ」


「え……」

「綿毛は風に乗って、いつかグレーデに芽吹くかもしれない。今日の風は勢いがいいから、きっといくつかは無事に届くよ」

「だからな、チビ」


 そこでルカが口を挟んだ。


「お前がここで見た綿毛を、向こうで従妹も見るんじゃねえのか」

「……!!」

「そうしたら、一緒に綿花を見たことになる。そう思うんだけど、どうかな?」


「……ウィルさま、ルカさま」

「身内相手に、遠慮なんかしてんじゃねーよ」

「離れていても大丈夫だよ、きっと」


 ウィルはいつものように微笑み、ルカは決まり悪そうにそっぽを向いている。いつもと同じ光景だ。

 でも今は、なぜだか鼻の奥がツンとした。


 一通りの風が吹き渡ると、丘はまた静寂に包まれた。

 しばらく黙って景色を眺めた後、ウィルが「そろそろ帰ろうか」と口にした。


 空は少し日が傾き、柔らかな金色に染まり始めている。

 日暮れまでにはたどり着けるだろうが、あまり遅くなるのはまずい。


「ま……待ってください、これ……!」


 奇跡的に先ほどの風で飛ばなかった綿花草を摘み取ると、レティは二人に向かって差し出した。


「レティ?」

「チビ?」


 二人は不思議そうな顔をしている。意味がよく解らなかったらしい。


「わ、綿花草は、家族と飛ばす草なので……!」

 どんなに離れても心はひとつという意味であり、旅立つ先でも家族は一緒という意味でもある。


 ――そして、もうひとつは。


「これから家族になりたい相手とも、一緒に飛ばす草なので……!」


 だから。

 目をつぶったまま差し出すと、彼らが身じろぐ気配があった。


 以前、ウィルに迎えに来てくれるよう頼んだ事があったが、あれよりはるかにずうずうしい。家族は特別な存在だから、勝手になれるものじゃない。


 だけど、それでも。


 家族になりたいと願う気持ちは、嘘じゃないと知っている。


 身を固くしていると、草を踏む音がした。

 顔を上げるより早く、その手が上から包まれた。


「いいよ、レティ」

「仕方ねーな、チビ」


 その手を目の高さに上げて、ふうっと息を吹きかける。

 背後から吹いてきた風に誘われて、綿毛は空高く舞い上がり、グレーデの方角へと飛んで行った。

 最後の一本が視界から消えるまで見送り、ウィルが改めて口を開く。


「じゃあ、今度こそ帰ろうか」

「おう、さっさと戻るぞ。今日の夕飯は豚肉の香草焼きだからな」

「ま、待ってください、お二人とも……!」


 慌てて後を追いながら、レティは茎だけになった綿花草を服の脇に挟み込んだ。

 ウィルは帰ると口にした。

 ルカは今日の夕飯について語っていた。


 彼らは気づいているのだろうか。そのどちらも「家族」とする会話だ。

 それが嬉しくて、くすぐったくて、なぜだか少し泣きそうになる。


 駆けていくレティの背後で、綿花草がやさしく揺れた。

 秋の初め、午後のある日の事だった。



    **

    **

    **



 綿花草は、来年もまた咲くだろう。

 その時はまた、三人で見に来られるといい。

お読みいただきありがとうございます。思い出がまたひとつ増えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ