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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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午睡


「ウィルさま、お呼びですか?」


 ある日の午後。

 いつも通りウィルに呼ばれ、レティは彼の部屋を訪ねていた。


 屋敷の主人である彼の部屋は、東向きの一番いい部屋だ。隣に仕事部屋があり、そこで秘密の話をする事もある。基本的に、レティが呼ばれるのはそちらの部屋だ。今叩いているのも仕事部屋の扉である。


 私室の逆隣は空き部屋だったそうだが、このたび新たに生まれ変わった。彼曰く、「レティの部屋だよ」との事だ。


 ありがたい。ありがたいのだが、とにかく立派で落ち着かない。貧乏性、という言葉が頭をよぎる。ちょっぴり情けないが、仕方ない。これで十年やってきたのだ。今すぐ意識は変えられない。ちなみに、その隣はルカの部屋だ。


 ウィルとルカに挟まれる形で用意された自分の部屋は、少女らしい可愛らしさにあふれていた。


 そのころからこうやって、ウィルに呼び出される回数が増えた。


「ウィルさま、ウィルさま? お呼びとうかがったのですが……」


 ウィルからはいつも「勝手に入っていいよ」と言われている。だがしかし、今までそうした事は一度もない。

 その後も何度か扉を叩くが、やはり反応はないようだった。

 出直そうかと思ったが、ふと心配になってくる。


(もしかして、中で倒れているのでは……?)


 ここ最近は忙しかったし、ルカも数日出払っている。まさかとは思うが、過労で倒れているかもしれない。

 そう思うと不安になり、レティは「失礼します」と断ってから扉を開けた。

 部屋には誰もいなかった。


「……ウィルさま?」


 机の上にはやりかけの書類が山積みになっている。

 窓は開いているが、ちゃんと重しをしているので飛ばない。そういうところは抜かりがない。


 倒れているのでないと知ってほっとしたが、ではどこに、と首をかしげた。

 今日の彼は屋敷にこもり、外に出てはいないはずだ。

 何気なく辺りを見回したところで、レティはふと目を留めた。


 自室へとつながる中扉が、ほんの少し開いていた。


 そっと中をうかがうと、ベッドの上でウィルが寝ていた。


(よかった……)


 特に問題はなさそうだ。

 後で出直そうと思ったが、風邪を引いたらいけないと思い、足音を忍ばせて歩み寄る。

 ベッドの上と言ったが、ウィルは靴を履いたまま、上半身だけベッドに横たわっていた。


 ちょうどベッドを斜めに突っ切る形で、仰向けになって眠っている。

 その横には書類が散らばり、一枚は床の上に落ちている。どうやら気分を変えようと寝室に来て、そのまま眠ってしまったようだった。


(珍しい……)


 よっぽど疲れているのだろうか。


 目を閉じたウィルは、静かな寝息を立てている。まつ毛が長く、その先に光が当たってきらきらしている。すっと通った鼻筋に、形のいい唇。女神様が特別に丹精を込めて作ったような、完璧な美貌だ。


 いつも微笑んでいる唇は、軽く引き結ばれている。

 せめて毛布をかけようと思い、レティはそばに近づいた。


「ちょっと失礼いたします――うぉわっ!?」


 淑女(レディ)としては少々品のない悲鳴を上げてしまったが、それも仕方のない事だった。

 にゅっと伸びてきた手が、レティの腰をつかんだのだ。


 そのまま引っ張り込まれる形でベッドに転がされてしまい、上からウィルが覆いかぶさってくる。命を狙われたのかと思い、真剣に焦った。


「ちょ、待ってください、殺さないで、やめっ……へ?」

 いつまで経っても殺される様子はなく、おそるおそる目を開ける。

 見ると、レティに覆いかぶさったまま、ウィルは寝ていた。


(こ、これは……)


 困った。


 というのが、最初に出た感想だった。


 動けない。


 ウィルの左手はレティの腰に、右手は背中に回す形で、完全に抱き込まれている。両腕を上から抱えるようにされているせいで、まったく身動きが取れない。

 そんな状況で、彼はすやすやと寝入っている。

 天使のようなその寝顔に、今だけは別の感情が芽生えてしまった。


「起きてください、ウィルさま……!」



    ***



 そもそも、原因は何だったか。

 その状況のまま八半(十五分)ほどが経過して、レティはすでにあきらめていた。


 正確に言えば、割と抵抗したのだが、まったく歯が立たなかった。

 今まで知らなかった事だが、彼は寝起きが悪いらしい。


(困った……)


 幸せそうな顔で眠るウィルは、よほど疲れているらしい。まったく目を覚ます様子もなく、気落ち良さそうに眠っている。

 柔らかな寝息が耳をくすぐり、こそばゆくて仕方ない。

 もぞもぞと動いてみたが、ぎゅうっとしがみつかれるだけで終わってしまった。


 年頃の令嬢と貴族階級にある男性が、同じ部屋で、しかも同じベッドの上。

 普通ならとんでもない状況だが、以前に同じ状況になった事のあるレティは動じなかった(その点だけは)。


 あの時寝ていたのはレティだけだが、今回と大差ないだろう。

 このとんでもなく綺麗な青年は、焦るレティに対して言ったのだ。


 ――どうしたんだい、お腹空いた?


 と。


 女性扱いされていないなら問題ない。それ以外は色々と問題があるが、今は問わない。

 肩の力を抜くと、ウィルがわずかに身じろいだ。


 ぴったりと密着した体から、ほのかに知らない匂いがする。

 香水とも食べ物とも違う、ごく爽やかで甘い香り。


 レティの好きな匂いだが、石鹸とも少し違うみたいだ。

 至近距離のため、体温で温まった匂いが鼻腔をくすぐり、まるでその香りに包まれているような心地になる。


(すごく……いい匂い……)


 うと、と眠気に誘われる。


 貴族令嬢としてはあるまじき反応だが、貴族男性として不適当な事をしているのは相手も同じだ。ルカが見ていたら、「どっちもどっちだ」と額を押さえていたところだろう。それとも、面白がったかもしれない。


 あるいは――もしかすると。


 重くなってきた(まぶた)を懸命にこじ開け、眠さに抗おうとする。近くで見ると、余計にその顔は整っていた。

 肌はこの距離で見てもなめらかで、うっすらと血の色が透けている。目を閉じた顔は芸術品のようだ。金色の髪が一房、白い頬にかかっている。どこもかしこもため息が出るほど美しく、欠点などひとつもない。


(なんだか……大樹さまみたい……)

 枯れ大樹が人の形を取ったら、こんな姿をしているのだろうか。


 うと、うと、と瞼が重くなる。

 そういえば、レティもちょっと疲れていた。少し休むようにと言われていたのを、今になって思い出す。もしかすると、ウィルに今日呼ばれたのはそのためだったのかもしれない。


 捕獲されるのは予想外だったが、これはこれで――まあ。


(まあ、いい、か……)


 まったく良くはなかったが、突っ込む人間が不在である。

 こてんと首を傾けて、レティは体の力を抜く。

 目を閉じるとすぐに眠気がやってきて、そのまま意識は閉ざされた。



    ***



(うん……?)


 頬に何かくすぐったいものを感じて、ウィルは目を覚ました。


 いつも目覚めはスッキリしている方だが、今日はいつも以上に調子がいい(寝起きがいいとは言っていない)。

 なぜだろうと思って手元を見ると、小柄な少女が眠っていた。


「………………」


 うん?


 内心で首をかしげたが、声は出さない。少女は気持ちよさそうに眠っている。


 明るい小麦色の髪に、お日様のような匂い。髪の先がシーツの上で少し乱れている。どうやら自分の頬をくすぐっていたのはこれらしい。眠る顔は幼く見えるが、れっきとした年頃の令嬢だ。


「………………」


 うーん、と迷い、もう一度首をかしげる。もちろん内心でだ。

 よく分からないが、自分はレティを抱っこして寝ていたらしい。


 多分、ルカに知られたら拳骨だろう。何度か彼にもしている事だ。やめろバカ見境ないのかアホ伯爵と叫ばれたが、こっちも好きでしているわけじゃない。それでも素直に寝かせてくれるあたり、やっぱりルカはお人好しだ。だから本当にうちの従者は有能で優秀で思いやりがあって情が深くて可愛げがあって――それはともかく。


 悩んだのはほんの瞬き三回の間、すぐにウィルは納得した。


(……まあいいか)


 まったくもって良くはないが、やはり突っ込みは不在だった。

 どちらにせよ、色っぽい雰囲気でないのは間違いない。


 すやすやと眠るレティは、口をわずかに開けている。その姿はまるでお子様だ。

 微笑ましい気持ちになりこそすれ、不埒な気持ちはかけらも湧かない。

 まあさすがに、どこかの従者のように種族までは間違えないが。


「夜這いじゃなくて、昼這いかな?」

 そっと耳元で囁くが、目は覚まさない。「ううーん…」と唸って首を振る。

 声を出さずに笑い、ウィルは静かに身を起こした。


 いつの間にか、レティの指が自分の服の裾をつかんでいる。

 子供のような仕草だが、ふと胸の隅が痛むような気持ちになった。


 この少女は六歳で両親を亡くして以来、誰かに甘えるといった経験がない。

 おそらく、頼れる大人もいなかったのだろう。本当にあの男爵家の三人は腹立たしい。


 安心できる存在。守ってくれる大人。悩みを相談できる保護者。

 願わくば、自分達がそんな存在になれたらと思う。


 マーサやサンドラもいい同僚だし、クレイヴのような年かさの男性にも甘える機会があっていい。最近ではフォンドア翁も増えたから、みんなで甘やかし放題だ。


「大事にするから、ゆっくり大きくなるといいよ」


 最初に会った時より背は伸びた。髪も伸び、少しだけ大人びてきた気がする。

 それでも、もうしばらくは幼いままで。


「おやすみ、レティ。いい夢を」


 小麦色の髪を一房手に取り、そっと口づける。

 胸の奥にある柔らかな感情が、庇護欲にも似ているのを知っている。大事にして、可愛がって、心ゆくまで甘やかしたい。


 その先にあるはずの感情は、今はまだ必要ない。

 願わくばこの少女がずっと、幸せに笑っていられますように。


 ――今はまだ、それだけで。





(「……お前らちょっといっぺんまとめてそこ座れ(ルカ談)」)

お読みいただきありがとうございます。ラスト一行の存在感。


※ウィルは頭が目覚めるまでの時間が長くて、その間は半分寝ているから、結果として(主観的な)寝起きがとてもいいという……(ルカが迷惑している)。いやそれ寝起きが悪いって言うと思う、世間では。


※八半(十五分)は造語です。一刻あたり一時間にしようかと思ったのですが、それだとややこしくなるのでやめました。時計の概念はあります(()(はん)とは別物です)。

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