無事に一夜を明かしました
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とりあえずと言われ、レティは小部屋を与えられた。
「明日、メイド頭を紹介するよ。今日はとりあえずここで寝て。毛布はそれでいい?」
「あ、あの、ウィルさま」
「何?」
「……布団がふかふかすぎやしませんか……?」
小ぶりだが、マロリー達が寝ていたベッドよりもはるかに気持ちいい。
シーツは清潔で、洗い立てのいい匂いがして、布団はふかふか。毛布も軽くあたたかで、マロリーご自慢の毛布に引けを取らない。
なぜ知っているかと言えば、レティが寝支度を調えていたからだ。母屋には出入り禁止だったが、仕事の際は別だった。
それに沿って言うならば、この家のものは何もかも、格段に質が上だと思う。
使用人にこれは、と思ったが、ウィルは不思議そうな顔になった。
「うちでは全員このベッドだよ。さすがに布は薄いけど、気に入らない?」
「いえまったく」
むしろ、気持ち良すぎて寝坊しそうだ。
「長旅で疲れただろう。今日はゆっくり休むといい。おやすみ、レティ」
そう言うと、彼は灯りを置いていなくなる。
ひとりになった部屋で、レティはほっと息を吐いた。
家を追い出された時はどうなる事かと思ったけれど、本当によかった。やさしい人に出会えた幸運に感謝する。
結局あの二人が誰だったのかは、よく分からないままだったけれど――。
「……そうだ、忘れてた」
鞄から小枝を取り出し、レティはそっと目を閉じた。
「今日も一日ありがとう。明日も元気でありますように」
小枝がポウッと光り、乾いた表面に染み込んでいく。
それを終えると、レティはそれを窓辺に置いた。
小枝から立ち上った光が、すうっと夜空に消えていった。
翌日、レティは朝日とともに目覚めた。
「……ここ、どこだっけ?」
彼女が寝ぼけたのも無理はない。昨夜のベッドは、天にも昇る寝心地だった。
あまりの気持ちよさに、シーツに頬ずりしたほどだ。
小部屋には身支度用の水と盥、小さな布が置かれている。ありがたく使わせてもらい、レティは着替えて外に出た。
ここは使用人部屋らしく、屋敷の裏手に当たるようだった。
(ほんとに大きなお屋敷だわ……)
位で言えば公爵が上だが、ボールドウィン伯爵家は例外だ。度重なる国王の要請を受けても、伯爵位に留まる変わり者の領主。ずっと以前からそんな具合で、国王への忠誠心は人一倍、権力への興味は人半分、と囁かれる異色の家だ。
今の領主は代替わりしたばかりという事で、まだ二十代の若さらしい。
ウィルが「いい人」と言っていたから、追い出される事はないだろう。
「ちょっと、レティってあんた?」
振り向くと、赤毛の少女が立っていた。
猫のような目に、薄く浮いたそばかす。膝丈のメイド服がよく似合う。明るい緑の瞳で、彼女はレティの顔を見た。
「今日から働くことになったんだよね? あたしはサンドラ。サンディって呼んで。今、メイド頭のところに案内するよ」
「ありがとう」
「あんた、幹枯らしの森を抜けてきたんだって? すごいよねえ、村の男だってやらないわ、そんな危ないこと」
「ええと……そうなんですか?」
「知らないの?」
目を丸くされ、レティは頷いた。
この十年、町に出る事もほとんどなく、小屋と森を往復する生活を続けていたのだ。自領ならともかく、他領の森まで詳しくない。
「なるほどねえ、道理で……」
「へ?」
「ああううん、なんでもない」
首を振るサンドラに、レティははて、と首をかしげる。
(でもそうか、危なかったのか……)
知らなくてよかった。知っていたらさすがにためらった。
「あそこはね、どんな木も育たない呪いの森だよ。狼も出るし、蛇も出る。普通なら馬車で一気に抜けるか、大人数で対処する。まあ、道をそれなければ多少は安全だけど」
道をそれたあげくに、そこで昼寝までしてしまった。
「あんた、よそから来たんだろ? 次からは気をつけなよ」
「はい、そうします」
素直に頷くと、サンドラはにっと笑った。
「素直な子は大歓迎。仲良くしようね、レティ」
それからメイド頭のところに連れて行かれ、あれこれ質問された後、無事に採用の通知をもらった。なんでも、事前に通告を受けていたせいで、ほとんど合格だったらしい。
メイド頭は恰幅のいい中年の女性で、レティに同情してくれた。
「あんた、親がいないんだって?」
「ええ、まあ」
「ここの旦那様はおやさしいからね、あんたの面倒も見てくれるよ。仕事をしっかりやれば大丈夫だ」
ところでと彼女――確かマーサと名乗った――が聞いた。
「あんたは何ができるんだい? 下働きの仕事は初めてじゃないようだけど」
「掃除、洗濯、食事の支度。一通りはできます。あとは……そうですね、薬草の調合とか」
「薬草?」
「簡単なものですけど。たまに人に頼まれて作ってました」
正確に言うと、レティの腕に目をつけたマロリーが、もっと作れと命じたのだ。レティは言われるまま調合を重ね、山ほど薬を作ってきた。
特に、パメラによく合う喘息の薬や、マロリーが好んでいた美肌の薬、ヒルダご要望のそばかす消しは、そろそろ在庫が少ないはずだ。
(フォンドア子爵と結婚するなら、もっといい薬が買えていると思うけど……)
万が一のために、パメラの薬だけは送っておこうか。あの子は季節の変わり目に弱い。素直過ぎて天然だが、とてもいい子なのだ。美肌とそばかすは……まあいいだろう。うん、知らない。
小さく頷いていると、「薬草ねえ」と言われた。
「そっちはあたしじゃどうにもならない。とりあえず、掃除と洗濯からやってみるかね」
「はい!」
レティは元気よく頷いた。
お読みいただきありがとうございます。レティ、無事採用される。




