宝石をめぐるエトセトラ
その日、レティはちょっと固まっていた。
「……どうしましょう、ウィルさま」
「うん?」
「フォンドアのおじいさまが、とんでもないものをくださいました……」
***
そもそも、きっかけはグレーデの屋敷での出来事だった。
枯れ大樹に花を咲かせ、ヒルダの結婚が白紙になった後の事。
あの後の二人(正確には男爵も入れて三人)の様子は見ていられないほどだったが、ウィルもルカも、ついでに事情を聞いたフォンドア子爵も含め、手心を加える人間はいなかった。というかフォンドア子爵が一番怒っていた。その顔が怖かった。それはもう、超怖かった。
話も一段落し、さて帰ろうと思ったレティに、フォンドア翁が声をかけた。
「お嬢さん、ちょっといいかね?」
なんだろうと近づくと、彼はにこにこ笑って言った。
「実は、緑の乙女に用意した贈り物があるんだが。よかったら受け取ってくれないかい?」
「私……ですか?」
レティはちょっと首をかしげた。
枯れ木に花を咲かせたのは確かだが、緑の乙女と言われると困ってしまう。そんな話は両親から聞いた事もなかったし、自分がそうだとは思えないからだ。だがそれを言うと、老人は首を振った。
「いいや、お嬢さんこそが緑の乙女だ。たとえ違っていてもいい。わしはお嬢さんに受け取ってもらいたいんだ。とても安いものだし、みすぼらしくて気に入らないかもしれないから、無理にとは言わないが……」
しょんぼりとした様子に、レティは慌てて首を振った。
「そんなことないです! 大丈夫です、受け取ります! ありがとうございます!」
「それはよかった。……だがひとつ、約束してくれないか。とても大事な約束だから、決して破ってはいけないよ」
「はい、お約束します」
それは――……。
「……領地に戻ってから三十回寝るまで開けちゃいけないって。で、開けてみたら……」
「……これか」
レティの前には、目もくらむばかりの宝石が積まれていた。
首飾りに耳飾り、ブローチ、髪留め、指輪に冠にブレスレット。銀細工の小鳥まである。どれも目を見張るほど豪華な代物で、手にしているだけで震えそうだ。
「すげえなこりゃ。ひとつでも売りゃ、ひと財産築けるぞ」
「この赤いのは紅玉だね。翠玉、黄玉……この淡いのは水晶かな。すごいな。真珠もこんなに」
「どどど、どうしましょうっ!?」
半泣きで聞いたレティに、男二人はきょとんとした顔を見せ、
「え、どうって」
「そんなの」
「……もらっておけばいいんじゃないか?」
……と、当たり前のように言われた。
「そんなわけにはいかないですよ! 普通にもらったらまずい品です!」
「禁止されてる品物じゃあるまいし、いいじゃねーか。取っとけ取っとけ。で、金が必要になったら売れ」
なんなら俺が仲介してやると、悪い顔で言われる。
「あからさまです、ルカさま……!」
「そこまではしなくても、気持ちはもらっておいたらどうかな? フォンドア翁は、レティに贈りたかったんだと思うよ」
「そう言われても、ウィルさま……」
お菓子や飲み物ならいざ知らず、ひとつで金貨の小山が築けそうなこの品を、はいそうですかともらうわけにはいかない。
「……か、返……」
「返したら面子が潰れるだろうな。賭けてもいい」
「できなくはないけど、がっかりすると思うよ」
「で、でも……!」
「グレーデとフォンドアだけじゃなく、ボールドウィンとフォンドアとの関係にも影響が出るかもしれないな。お前がそれでいいならいいけど」
「そこまでは分からないけど、おじいちゃんからの心づくしのプレゼントを断ったら、寂しい気持ちになるんじゃないかな?」
「ううううう……!」
どうすればいいんですかと問うと、彼らはそれぞれ口にした。
「だからもらっときゃいいんだって」
「お礼状を書こうか。うちの特産品もつけて」
どうやら、「返す」という選択肢はなさそうだった。
***
そして、長い長いお礼の手紙を書き――要所要所に「お返ししてもいいだろうか」といった表現を織り交ぜながら――フォンドア子爵家へと使いを出した。ウィルがたっぷりと特産品もつけてくれた。
そのお礼状とともに来たのが、なぜかこの間よりも増えた宝石類だった。
「おかしい……! おかしいです!」
言葉が伝わっていなかったのかと、今度はもう少し直截的に「過分な贈り物ですので」としたためてみた。ウィルがまた特産品を山ほど添えてくれた。
そしてその返事として届いたのが――。
「ウィルさま、宝石がさらに増えているのですが……!?」
「この間の手紙と贈り物のお礼だって。領地で採れる石だから、気にせずもらってほしいと書いてあったよ。なんなら売ってもいいそうだ」
「言葉が……言葉が伝わっていない……!」
がっくりと膝をつくレティをよそに、主従二人は贈り物に興味津々だった。
「宝石もいいが、こっちのはドレスだな。お、チビに似合いそうじゃねえの」
「こっちは靴だね。パメラ嬢とお揃いだそうだよ。このドレスと靴を身につけて、ぜひ領地に遊びに来てほしいって」
「なぜ増えるのか分かりません……!」
「お前のことを気に入ったんだろうよ。いいじゃねーか、もらっとけもらっとけ。困るもんじゃなし」
「送り返すのも失礼だしね。それにこのドレス、レティによく似合うと思うよ」
涼しげな緑色のドレスは、レティの髪と瞳に合う。靴は柔らかな白で、足にぴったりと合っていた。
「なぜでしょう……。足を見せたことはないはずなのに」
「パメラ嬢じゃないかな? フォンドア卿と文通しているそうだし」
「い、いつの間に……」
「仲良きことは美しいということだよ。フォンドア子爵はね、ヒルダ嬢達にまで届け物をしているそうだから」
それは初耳だったので目を丸くすると、ウィルは片目をつぶって教えてくれた。
「パメラ嬢が心を痛めなくてもいいように、最低限の必需品をね。僕らも手配はしていたけど、気を抜くと逃げ出そうとするから、最近は逃走防止の方に力が入ってしまって」
「よく日に焼けて元気そうだったぞ。藁で編んだ帽子だけは渡してやった」
ルカが自慢げに口を挟む。藁というのは、あの馬のフンがたまについているアレだろうか。いいや、違う場所から持ってきたものだと信じたい。
「日に当たりすぎるのも良くないけど、あまりにも当たらないのも良くない。彼らにとっては、却って良かったんじゃないかな? 今はよく眠れているそうだし」
それは疲れ果てた事による現実逃避ではと思ったが、もちろん口には出せなかった。
ともかく、元気なのはいい事だ。
「……ですが、さすがにこんな贈り物は申し訳ないです。正直、夜も眠れないというか、重さで押しつぶされそうで」
「どうしても困るなら、その旨書いてあげるけど、本当にいいの?」
「はい。お願いします」
泣かれる、という言葉に胸がちくりとしたが、さすがにこんな高価な物は受け取れない。しかも何度も。
前のめりで頷くと、ウィルは仕方なさそうな顔で笑った。
「……本当にレティは欲がないな、まったく」
***
その夜、ウィルは手紙を書いていた。
「――というわけで、受け取ってもらうのはなかなか難しそうです。ですので卿が仰られた通り、しかるべき日まで保管しておきます。もちろん、レティには内緒で――と」
「何書いてんだ?」
ノックとともにルカが入ってくる。夜の彼は砕けた服装だ。シャツのボタンは留まっていないし、ベルトもだらりと垂れている。
「うん、ちょっと、フォンドア翁への手紙をね」
「返すのは構わねえけど、あれだけの宝石の運搬は物騒だな。護衛もいるだろうし、引継ぎも」
「返さないよ」
「は?」
「だから、返さない。フォンドア翁がそうお望みだからね」
インクを乾かし、丁寧にたたんで封をする。目をぱちくりするルカに、「実はね」とウィルが声をひそめた。
実はあの時、レティがフォンドア翁に声をかけられた話には、続きがあったのだ。
「あの後僕も呼ばれてね。どうせレティは送り返そうとするだろうから、そうしたら贈り物を上積みすると。心の清らかな乙女には、それだけの価値があると言われて」
時間が経てば返しにくくなるだろうから、三十回寝てからと言ったのも計画のひとつだ。
だが、確実ではない。
だから、こうも言われた。
――それも返そうとするなら、その時は君が持っていてくれないか。きっと何かの役に立つ。その時に使ってくれればいい。
「僕はその約束をして、今日まで待っていたんだよ」
予想通り、レティはどんな高価な宝石を送られても受け取ろうとせず、むしろ返そうと尽力していた。喜んで受け取ったのは食べ物だけだ。それもどうかと思うが。
フォンドア領にはボールドウィンと違った保存食が広まっており、レティは目を輝かせて眺めていた。宝石を見た時よりよほどきらきら光っていた。うん、それもどうだろう。
ともあれ、フォンドア翁の予想通りになったわけだ。
「犬に宝石見せても喜ばねーしな……」
「レティは犬じゃないけど、子供もそれほど喜ばないよね」
きらきらしたものにうっとりしても、殺してまで奪うという感覚はないだろう。良くも悪くも、子供は純粋だ。
「いやあいつ一応今十六歳だから」
「それを言うなら人間なんだよ。君の方が若干ひどいと思うよ、いつも」
失礼具合では二人とも大差ないだろう。
レティが聞いたら非常に微妙な顔をしたに違いないが、幸いか不幸にか、この場所にはいなかった。
「で……、預かってどうするんだ?」
「どうもこうも、言葉の通りだよ。いつかレティが必要とする時が来たら渡せばいいし、ないならずっと預かっておく。レティに気づかれなければいいんだ。あの子が困るのは嫌だからね」
「いや……それって」
「うん?」
「……ああいや、なんでもない」
口元を押さえ、ルカは話を打ち切った。
ウィルは特に気にせず、手紙を出すために人を呼ぶ。すぐにやってきた使用人に手紙をことづけ、何やら他の用事も頼んでいた。
(あいつ気づいて言ってんのか? いやあいつは天然だし、普通にそう思ってんだろうけど……)
それはつまり、レティがずっとこの屋敷で暮らすという意味だ。
(分かって……ねーだろうな、きっと)
レティの事を妹のように可愛がっていても、彼女は妹でも親戚でもない。ついでに言えば、犬でもない。これは自分限定だが。
その気持ちが何であるか、今ははっきりしていないだろう。
だが、その先は。
「……まあ、教えてやることもねえか」
「何か言った、ルカ?」
「いいや、なんでもない」
首を振ると、ウィルは特に深追いせず、そのまま仕事に取り掛かった。相変わらず、呆れるくらい手際がいい。頭の作りが自分と違うに違いない。読んでいるのかどうか分からない速度で、次々と書類を片づけていく。
「この収穫量、ちょっと気になる」
「改竄ってことか?」
「もう少し多くてもいいんだけどな。一応、調べてみて」
「了解」
「こっちは仕入れ値がちょっと怪しい。この場所だと……取引相手はゴードンかな? 流通そのものより、彼の身辺を探った方が早いかもしれない。金遣いが荒かったら多分、当たりだ」
ルカが見ても大して変わり映えしない数字だが、彼の目には違うらしい。それに置いていかれないよう、こちらも必死で食らいつく。
「分かった。ついでに相手の方も探ってみる。それと流通量、やっていいならやっておく。ここが不正ってんなら、リカルドとアンヘルのやつも怪しい。どっちも同じ匂いがする」
「さすが、僕の従者は優秀だ」
「るせ。褒めても何も出ないからな」
口にしたのはそれだけだが、実際に動くのは倍以上だ。
あくまでも彼の邪魔はせず、望む以上の結果を出す。
常に成長し続けなければ、あっという間に置いていかれる。その危機感は常に首筋でチリチリしている。
――だから、せめて、可愛がっている生き物くらいは。
「ひとつくらい、俺が有利でもいいよな?」
「何が?」
「内緒だ」
ちょっと笑い、ルカは「行ってくる」と歩き出した。
ここからゴードンのいる屋敷までは馬で二刻半。急げば今日中にたどり着ける。
悪い遊びは夜にするものと、昔から相場が決まっている。だとすれば、証拠は案外早く手に入るかもしれない。
「戻るのは明後日ごろになる。じゃあな」
「気をつけて」
挨拶はそれだけ、いたってシンプルなやり取りだ。
身支度を整えて厩に向かう途中、ちょうどレティと行き合った。
「ルカさま、こんな時間にお出かけですか?」
「ちょっとな。割と遠くに行くから泊まりになる。――つーわけでお前、甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」
「はい?」
「土産だよ。帰りに買ってきてやるから、どっちがいい?」
きょとんとしたレティが、見る間に目を輝かせた。
「では甘いのを!」
「了解」
片手を上げると、レティの顔がぱああっと華やぐ。
その様子は親の帰りを待つ子供そのものだ。いや、主人の帰りを待ち望む犬と言うべきか。
やっぱり犬でいいんじゃないか。主人の帰りをけなげに待つ、小麦色の可愛い忠犬。
犬よりよく食べるし、よく笑うし、変なところで強情だけれども。
――でも、犬は生き物の中で一番好きだ。
ルカの口元に笑みが浮かぶ。
そして、「じゃあな」と告げて歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。ヒルダに奪われていた品物は、残らずレティの手に渡りました。今までのものもきちんと処理され、改めて贈り直されています。マロリーが奪ったものも同様です。多分、パメラがめちゃくちゃ活躍した。




