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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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49/93

宝石をめぐるエトセトラ


 その日、レティはちょっと固まっていた。


「……どうしましょう、ウィルさま」

「うん?」

「フォンドアのおじいさまが、とんでもないものをくださいました……」



    ***



 そもそも、きっかけはグレーデの屋敷での出来事だった。


 枯れ大樹に花を咲かせ、ヒルダの結婚が白紙になった後の事。

 あの後の二人(正確には男爵も入れて三人)の様子は見ていられないほどだったが、ウィルもルカも、ついでに事情を聞いたフォンドア子爵も含め、手心を加える人間はいなかった。というかフォンドア子爵が一番怒っていた。その顔が怖かった。それはもう、超怖かった。


 話も一段落し、さて帰ろうと思ったレティに、フォンドア翁が声をかけた。


「お嬢さん、ちょっといいかね?」


 なんだろうと近づくと、彼はにこにこ笑って言った。

「実は、緑の乙女に用意した贈り物があるんだが。よかったら受け取ってくれないかい?」

「私……ですか?」


 レティはちょっと首をかしげた。

 枯れ木に花を咲かせたのは確かだが、緑の乙女と言われると困ってしまう。そんな話は両親から聞いた事もなかったし、自分がそうだとは思えないからだ。だがそれを言うと、老人は首を振った。


「いいや、お嬢さんこそが緑の乙女だ。たとえ違っていてもいい。わしはお嬢さんに受け取ってもらいたいんだ。とても安いものだし、みすぼらしくて気に入らないかもしれないから、無理にとは言わないが……」


 しょんぼりとした様子に、レティは慌てて首を振った。


「そんなことないです! 大丈夫です、受け取ります! ありがとうございます!」

「それはよかった。……だがひとつ、約束してくれないか。とても大事な約束だから、決して破ってはいけないよ」

「はい、お約束します」


 それは――……。





「……領地に戻ってから三十回寝るまで開けちゃいけないって。で、開けてみたら……」

「……これか」


 レティの前には、目もくらむばかりの宝石が積まれていた。

 首飾りに耳飾り、ブローチ、髪留め、指輪に冠にブレスレット。銀細工の小鳥まである。どれも目を見張るほど豪華な代物で、手にしているだけで震えそうだ。


「すげえなこりゃ。ひとつでも売りゃ、ひと財産築けるぞ」

「この赤いのは紅玉(ルビー)だね。翠玉(エメラルド)黄玉(トパーズ)……この淡いのは水晶かな。すごいな。真珠もこんなに」

「どどど、どうしましょうっ!?」


 半泣きで聞いたレティに、男二人はきょとんとした顔を見せ、


「え、どうって」

「そんなの」

「……もらっておけばいいんじゃないか?」


 ……と、当たり前のように言われた。


「そんなわけにはいかないですよ! 普通にもらったらまずい品です!」

「禁止されてる品物じゃあるまいし、いいじゃねーか。取っとけ取っとけ。で、金が必要になったら売れ」

 なんなら俺が仲介してやると、悪い顔で言われる。


「あからさまです、ルカさま……!」

「そこまではしなくても、気持ちはもらっておいたらどうかな? フォンドア翁は、レティに贈りたかったんだと思うよ」

「そう言われても、ウィルさま……」


 お菓子や飲み物ならいざ知らず、ひとつで金貨の小山が築けそうなこの品を、はいそうですかともらうわけにはいかない。


「……か、返……」

「返したら面子が潰れるだろうな。賭けてもいい」

「できなくはないけど、がっかりすると思うよ」

「で、でも……!」


「グレーデとフォンドアだけじゃなく、ボールドウィンとフォンドアとの関係にも影響が出るかもしれないな。お前がそれでいいならいいけど」

「そこまでは分からないけど、おじいちゃんからの心づくしのプレゼントを断ったら、寂しい気持ちになるんじゃないかな?」


「ううううう……!」


 どうすればいいんですかと問うと、彼らはそれぞれ口にした。


「だからもらっときゃいいんだって」

「お礼状を書こうか。うちの特産品もつけて」


 どうやら、「返す」という選択肢はなさそうだった。



    ***



 そして、長い長いお礼の手紙を書き――要所要所に「お返ししてもいいだろうか」といった表現を織り交ぜながら――フォンドア子爵家へと使いを出した。ウィルがたっぷりと特産品もつけてくれた。

 そのお礼状とともに来たのが、なぜかこの間よりも増えた宝石類だった。


「おかしい……! おかしいです!」


 言葉が伝わっていなかったのかと、今度はもう少し直截的に「過分な贈り物ですので」としたためてみた。ウィルがまた特産品を山ほど添えてくれた。

 そしてその返事として届いたのが――。


「ウィルさま、宝石がさらに増えているのですが……!?」

「この間の手紙と贈り物のお礼だって。領地で採れる石だから、気にせずもらってほしいと書いてあったよ。なんなら売ってもいいそうだ」

「言葉が……言葉が伝わっていない……!」


 がっくりと膝をつくレティをよそに、主従二人は贈り物に興味津々だった。


「宝石もいいが、こっちのはドレスだな。お、チビに似合いそうじゃねえの」

「こっちは靴だね。パメラ嬢とお揃いだそうだよ。このドレスと靴を身につけて、ぜひ領地に遊びに来てほしいって」

「なぜ増えるのか分かりません……!」


「お前のことを気に入ったんだろうよ。いいじゃねーか、もらっとけもらっとけ。困るもんじゃなし」

「送り返すのも失礼だしね。それにこのドレス、レティによく似合うと思うよ」


 涼しげな緑色のドレスは、レティの髪と瞳に合う。靴は柔らかな白で、足にぴったりと合っていた。


「なぜでしょう……。足を見せたことはないはずなのに」

「パメラ嬢じゃないかな? フォンドア卿と文通しているそうだし」

「い、いつの間に……」


「仲良きことは美しいということだよ。フォンドア子爵はね、ヒルダ嬢達にまで届け物をしているそうだから」


 それは初耳だったので目を丸くすると、ウィルは片目をつぶって教えてくれた。


「パメラ嬢が心を痛めなくてもいいように、最低限の必需品をね。僕らも手配はしていたけど、気を抜くと逃げ出そうとするから、最近は逃走防止の方に力が入ってしまって」

「よく日に焼けて元気そうだったぞ。(わら)で編んだ帽子だけは渡してやった」


 ルカが自慢げに口を挟む。藁というのは、あの馬のフンがたまについているアレだろうか。いいや、違う場所から持ってきたものだと信じたい。


「日に当たりすぎるのも良くないけど、あまりにも当たらないのも良くない。彼らにとっては、却って良かったんじゃないかな? 今はよく眠れているそうだし」


 それは疲れ果てた事による現実逃避ではと思ったが、もちろん口には出せなかった。

 ともかく、元気なのはいい事だ。


「……ですが、さすがにこんな贈り物は申し訳ないです。正直、夜も眠れないというか、重さで押しつぶされそうで」

「どうしても困るなら、その旨書いてあげるけど、本当にいいの?」

「はい。お願いします」


 泣かれる、という言葉に胸がちくりとしたが、さすがにこんな高価な物は受け取れない。しかも何度も。

 前のめりで頷くと、ウィルは仕方なさそうな顔で笑った。


「……本当にレティは欲がないな、まったく」



    ***



 その夜、ウィルは手紙を書いていた。


「――というわけで、受け取ってもらうのはなかなか難しそうです。ですので卿が仰られた通り、しかるべき日まで保管しておきます。もちろん、レティには内緒で――と」

「何書いてんだ?」


 ノックとともにルカが入ってくる。夜の彼は砕けた服装だ。シャツのボタンは留まっていないし、ベルトもだらりと垂れている。


「うん、ちょっと、フォンドア翁への手紙をね」

「返すのは構わねえけど、あれだけの宝石の運搬は物騒だな。護衛もいるだろうし、引継ぎも」

「返さないよ」

「は?」

「だから、返さない。フォンドア翁がそうお望みだからね」


 インクを乾かし、丁寧にたたんで封をする。目をぱちくりするルカに、「実はね」とウィルが声をひそめた。


 実はあの時、レティがフォンドア翁に声をかけられた話には、続きがあったのだ。


「あの後僕も呼ばれてね。どうせレティは送り返そうとするだろうから、そうしたら贈り物を上積みすると。心の清らかな乙女には、それだけの価値があると言われて」


 時間が経てば返しにくくなるだろうから、三十回寝てからと言ったのも計画のひとつだ。

 だが、確実ではない。

 だから、こうも言われた。


 ――それも返そうとするなら、その時は君が持っていてくれないか。きっと何かの役に立つ。その時に使ってくれればいい。


「僕はその約束をして、今日まで待っていたんだよ」


 予想通り、レティはどんな高価な宝石を送られても受け取ろうとせず、むしろ返そうと尽力していた。喜んで受け取ったのは食べ物だけだ。それもどうかと思うが。


 フォンドア領にはボールドウィンと違った保存食が広まっており、レティは目を輝かせて眺めていた。宝石を見た時よりよほどきらきら光っていた。うん、それもどうだろう。

 ともあれ、フォンドア翁の予想通りになったわけだ。


「犬に宝石見せても喜ばねーしな……」

「レティは犬じゃないけど、子供もそれほど喜ばないよね」


 きらきらしたものにうっとりしても、殺してまで奪うという感覚はないだろう。良くも悪くも、子供は純粋だ。


「いやあいつ一応今十六歳だから」

「それを言うなら人間なんだよ。君の方が若干ひどいと思うよ、いつも」


 失礼具合では二人とも大差ないだろう。

 レティが聞いたら非常に微妙な顔をしたに違いないが、幸いか不幸にか、この場所にはいなかった。


「で……、預かってどうするんだ?」

「どうもこうも、言葉の通りだよ。いつかレティが必要とする時が来たら渡せばいいし、ないならずっと預かっておく。レティに気づかれなければいいんだ。あの子が困るのは嫌だからね」


「いや……それって」

「うん?」

「……ああいや、なんでもない」


 口元を押さえ、ルカは話を打ち切った。

 ウィルは特に気にせず、手紙を出すために人を呼ぶ。すぐにやってきた使用人に手紙をことづけ、何やら他の用事も頼んでいた。


(あいつ気づいて言ってんのか? いやあいつは天然だし、普通にそう思ってんだろうけど……)


 それはつまり、レティがずっとこの屋敷で暮らすという意味だ。


(分かって……ねーだろうな、きっと)


 レティの事を妹のように可愛がっていても、彼女は妹でも親戚でもない。ついでに言えば、犬でもない。これは自分限定だが。


 その気持ちが何であるか、今ははっきりしていないだろう。

 だが、その先は。


「……まあ、教えてやることもねえか」

「何か言った、ルカ?」

「いいや、なんでもない」


 首を振ると、ウィルは特に深追いせず、そのまま仕事に取り掛かった。相変わらず、呆れるくらい手際がいい。頭の作りが自分と違うに違いない。読んでいるのかどうか分からない速度で、次々と書類を片づけていく。


「この収穫量、ちょっと気になる」

「改(ざん)ってことか?」

「もう少し多くてもいいんだけどな。一応、調べてみて」

「了解」

「こっちは仕入れ値がちょっと怪しい。この場所だと……取引相手はゴードンかな? 流通そのものより、彼の身辺を探った方が早いかもしれない。金遣いが荒かったら多分、当たりだ」


 ルカが見ても大して変わり映えしない数字だが、彼の目には違うらしい。それに置いていかれないよう、こちらも必死で食らいつく。


「分かった。ついでに相手の方も探ってみる。それと流通量、やっていいならやっておく。ここが不正ってんなら、リカルドとアンヘルのやつも怪しい。どっちも同じ匂いがする」

「さすが、僕の従者は優秀だ」

「るせ。褒めても何も出ないからな」


 口にしたのはそれだけだが、実際に動くのは倍以上だ。

 あくまでも彼の邪魔はせず、望む以上の結果を出す。

 常に成長し続けなければ、あっという間に置いていかれる。その危機感は常に首筋でチリチリしている。


 ――だから、せめて、可愛がっている生き物くらいは。


「ひとつくらい、俺が有利でもいいよな?」

「何が?」

「内緒だ」


 ちょっと笑い、ルカは「行ってくる」と歩き出した。


 ここからゴードンのいる屋敷までは馬で二刻半。急げば今日中にたどり着ける。

 悪い遊びは夜にするものと、昔から相場が決まっている。だとすれば、証拠は案外早く手に入るかもしれない。


「戻るのは明後日ごろになる。じゃあな」

「気をつけて」


 挨拶はそれだけ、いたってシンプルなやり取りだ。

 身支度を整えて厩に向かう途中、ちょうどレティと行き合った。


「ルカさま、こんな時間にお出かけですか?」

「ちょっとな。割と遠くに行くから泊まりになる。――つーわけでお前、甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」

「はい?」

「土産だよ。帰りに買ってきてやるから、どっちがいい?」


 きょとんとしたレティが、見る間に目を輝かせた。


「では甘いのを!」

「了解」


 片手を上げると、レティの顔がぱああっと華やぐ。

 その様子は親の帰りを待つ子供そのものだ。いや、主人の帰りを待ち望む犬と言うべきか。


 やっぱり犬でいいんじゃないか。主人の帰りをけなげに待つ、小麦色の可愛い忠犬。

 犬よりよく食べるし、よく笑うし、変なところで強情だけれども。


 ――でも、犬は生き物の中で一番好きだ。


 ルカの口元に笑みが浮かぶ。

 そして、「じゃあな」と告げて歩き出した。

お読みいただきありがとうございます。ヒルダに奪われていた品物は、残らずレティの手に渡りました。今までのものもきちんと処理され、改めて贈り直されています。マロリーが奪ったものも同様です。多分、パメラがめちゃくちゃ活躍した。

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