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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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48/93

真夜中の微熱


 ボールドウィン領に戻った翌日の事。


「あれ……。空がなんだかヘンテコですねえ」


 夜空を見上げたレティは不思議そうに呟いた。


「そうか? いつもと同じだろ」

「むしろ今日はいつもより星が綺麗に見えるよ。ほら、あんなに光ってる」


 回復した病人の様子を確認するため、そろって村へ向かったのだ。終わったころにはとっぷりと日が暮れていて、さすがに疲れたなと思い始めたころだった。


 馬から降ろしてもらい、着せてもらっていたマントを脱がされると、妙に足がふらついた。


「ほんとですね……ぐるぐるして……」

「ぐるぐる?」

「おいどうした、チビ?」


「ぐるぐるして……ぐるぐる……星が、まわる……」


 ばったりと倒れると、馬の手入れをしていた二人がぎょっとした。


「レティ!?」

「おいチビ、大丈夫か?」

 慌てて駆け寄った二人に、レティはほにゃらと笑いかけた。


「なんだか……熱が出てきたみたいです……」



    ***



 そもそも、こうなるのも当然の結果だった。


 ここ二日ほど、寝る間も惜しんで薬を作り、空いた時間は森へ向かって薬草を集め、休む間もなくまた調合。そこにきてこの強行軍だ。体は割と丈夫な方だが、精神の方にきていたらしい。自室のベッドに寝かされたまま、レティは眠りに落ちていた。


 状況が状況のため、咳流行りである可能性も考慮されたが、症状を診る限りは違うらしい。その事に二人ともほっとした。


「……まったく、驚いたな」


 レティを運び込んだウィルが息を吐く。二人とも、コートはすでに脱いでいる。


「まったくだ。びっくりさせやがって」

「そういう時は『心配していた』って言うんだよ」

 ウィルが笑って肩をすくめる。ルカは決まり悪そうにそっぽを向いた。


「でも、何事もなくてよかった。レティも――あの子も」

「領民もな。お前の処置が早くて助かった」

「レティのおかげだよ。自分のことは大丈夫だから、領地の人を助けてくれと言われた」

「ちんちくりんのくせに……」


 ちらりと目をやった先に、ぐっすりと眠る少女の姿がある。まだ熱はあるが、疲労と軽い風邪のせいらしい。

 目を閉じた顔はいつも以上にあどけない。実年齢を知らされた今でも、小さな子に対する扱いをしてしまう。


 いや――そうとばかりも言えないが。


「レティの実家を見てきたよ。屋敷は立派だったけど、手入れを怠っているみたいだった。近くに小さな小屋があった。そこがレティのいた場所だろう」


 中に入ってみる時間はなかったが、その小屋が見るからにおんぼろで、隙間風が吹き込みそうなのは分かった。


「予想通りというか、それ以上だった。ひどいな、あれは」

「妹の方はどうだった?」

「ああ、それが」


 そこでウィルはくすりと笑った。


「なかなか見どころのあるご令嬢(レディ)だったよ。レティをしっかり者にして、大人っぽくした感じだ」

「最高じゃねーか。なんだその有能なお子様は」


「彼女は家族の仕打ちを許せないみたいだけど、あの年齢で自由には動けない。レティが無事なのを見て、安心したみたいだ」


 それに――と意味ありげな顔になる。


「あの子がいれば、グレーデは安泰かもしれないな。何しろ反骨精神がある。レティにはない、報復能力もね」

「……それはもっと最高じゃねーか。詳しく聞かせろ」


 悪い大人達の会話は、しばらく続いた。



    ***

    ***



 目覚めると、外はもう暗かった。


「おや……?」


 ここはどこだろう。

 ぼんやりしたまま起き上がると、今度は見覚えのある部屋だった。なんだか前にも似たような事があったようなと思っていたら、「起きたのかい?」という声がした。


「まだ夜中だよ。そのまま寝ていて」

「ウィル……さま?」

 書類仕事をしていたウィルが、手元の灯りをわずかに絞った。


「私、どうしたんでしょうか……?」

「お見舞いの帰りに倒れたんだよ。交代で付き添って、今は僕の番。事情が事情だから、他の人に看病させるわけにはいかないし。大丈夫とは言われたけど、万が一のこともあるからね」

「ああ……なるほど……」


 やはりぼんやりと答えると、ウィルがそっと額に触れた。


「熱は下がってきたかな。でも、まだ少し熱い。冷たいものでも持ってこようか。何か食べる?」

「いえ、お気遣いなく……」


 ひんやりした手の心地よさに、レティはほうっと息をついた。


「……ウィルさまの手が気持ちいいです」

「それはよかった。こんなものでよかったら、一晩中でも貸してあげるよ」

「それはさすがに……腕だけちぎったら血まみれですよ」

「え、そんな借り方されるの?」


 二人の間に想像力の(かい)()がある気がしたが、ウィルはそのまま流しておいた。多分、突っ込まない方がいい。

 領主にそんな判断をさせているとはつゆ知らず、レティはふたたび横になった。


「……昨日は領地まで連れて行ってくださって、ありがとうございます」

「どういたしまして。僕の方こそお礼を言うよ。領民を助けてくれてありがとう」

「皆さんご無事だということで、よかったです」


 森で再会した時に、ある程度の情報は共有している。せっかくなので自分の馬に乗せようかとウィルが言ったが、ルカが手放さなかったのだ。

 今日会った人達も、みんな回復しているようだった。その事に心からほっとした。

 多分これは、気が抜けてしまったせいもあると思う。


「ウィルさま……?」


 じっと見つめるウィルに、レティが不思議そうな顔になる。

 目の前にいるウィルは、いつも通りやさしい表情を浮かべている。


 その顔はやっぱりひどく整っている。いつも微笑んでいて、ちょっぴり余裕のある感じ。彼が焦っている顔を見せた事なんて一度もない。ああいや、一度だけあっただろうか。あれは確かつい最近、レティがひとりでグレーデへ向かおうとしていた時で――……。


(あれ、でも)


 そこまで焦るような事でもなかったか。


 ふと気づくと、ウィルはまだ自分を見つめていた。

 首をかしげ、レティはもう一度「ウィルさま?」と呼んでみた。

 微笑んで、ウィルは「なんでもない」と首を振った。


「そういえば、マーサが氷菓子を作ってくれたよ。今度はジャムじゃなくて、リンゴの果肉を練り込んである。とろっと甘くて冷たくて、最高においしいそうだよ」

「とろっと……氷菓子、ですか……」


 その瞬間、レティの目が輝いた。


「それは、何があっても一口……一口、だけは……っ」

「分かった、持ってくる」

「いえ、自分で――……っ」


 立ち上がろうとした額を押さえ、ウィルはにっこりと笑みを浮かべた。


「駄目だよ、レティ」

「で、でも……」

「僕が持ってくるから。君はここで休んでるんだ。いい?」

 もしも約束を破ったら、と声を低くする。


「君の目の前で(かめ)いっぱい食べる。僕が、ひとりで、ひと匙残らず」

「う……」

「もちろん一口もあげないよ。食べ切れなかったらルカも呼んで、全部平らげる。サンドラとマーサも呼ぼうかな。そうだ、せっかくだからクレイヴも」

「うう……!」

「ウォルターも呼ぼうか。みんなで氷菓子パーティをしようかな」

「ううう……!」


 ウォルターというのは伝令役の青年だ。多分、彼はひとりで甕食いできる。


「ここでおとなしく待っていれば、食べさせてあげるよ」

「……よろしくお願いいたします……」


 これ以上逆らうのはやめて、レティは深々と頭を下げた。



    ***



 部屋を出るついでに(たらい)を持っていくと、廊下で背の高い青年と行き合った。


「ルカ、交代」

「……ああ」


「と言いたいところだけど、氷菓子を持ってくるからちょっと待ってて。あ、この水交換しておいてくれるかな。あと汗を拭く布ももっと欲しい。ついでに飲む方の水もよろしく」

「いや待て次は俺の番だよな?」

「でもレティと約束したのは僕なんだよ。君も一緒にいて構わないから、ね?」


 可愛く言われ、ルカがぴきりと青筋を立てる。


「ね? じゃねーよこのボケ主人! 病人の部屋に二人もいたら邪魔だろうが。てかお前はいい加減に休め、くつろげ、そして寝ろ!」

「ルカは僕のことを追い出したいのか心配してるのか、ちょっと分かりにくいよね」

「どっちもだ! てかそういう問題じゃねえよ!」


 声を荒らげたが、言ってもしょうがないのを思い出したのか、彼ははあっと息を吐いた。


「まあいい。……で、チビの様子は?」

「落ち着いてきたかな。熱もそれほど高くないし、明日には良くなると思う」

「ならよかった。ったく、面倒かけやがって」


 ぶっきらぼうな口調だが、彼がものすごく心配していたのは知っている。実際、レティが倒れて誰よりも動揺したのが彼だった。顔には出さなかったつもりだろうが、甘い。彼との付き合いは長いのだ。その無表情を読み取れなければ主ではない。


 それはともかく、とウィルは息をついた。


「無理をさせたのは確かなんだ。今は少しでもよく眠って、体力を回復させないと」

「……だな。行ってくる」


 ぱん、と手を打ち合わせ、二人は逆方向へと歩き出した。



    ***

    ***



 ルカが戻ると、レティは目を擦りながら起きていた。


「あれ……ルカさまですか?」

「俺じゃ不満かよ。盥の水換えてきた。あと飲み水と、汗拭く布も」

「それはそれは……どうも、ご迷惑をおかけしまして……」


「まだ本調子じゃねえな。いいから寝てろ、なんで起きてる」

「いえ……私はですね、これからリンゴの氷菓子をいただく予定なのでして……」


「こんな時にも食い意地かよ。心配しなくても、お前の分はちゃんと取っておくから」

「食べてから寝たいわけでして……」

「変なところで強情だな。よし分かった、今すぐ寝たら俺の分もやるから。寝ろ」


 それを聞き、レティが目をぱちぱちさせた。

「……どうしよう、ルカさまがやさしい」

「あ?」


「ルカさまがこんなにやさしいなんて……。どう考えてもおかしいです。もしかして、これは夢? だとしたらリンゴの氷菓子も夢? 全部夢?」

「なんか色々と失礼だな。心配しなくても夢じゃねーよ。あと、病人にやさしくすんのは普通のことだし、なんなら義務だ」


 いいから寝ろと、少し強引にベッドに寝かせる。本当は眠たかったのか、レティはすぐにうつらうつらし始めた。

 寝巻き越しの体が熱い。なんとなく手を離しそびれて、犬をなでるようにする。


「……ルカさまの手は、あったかいですねえ……」

「手?」

「ウィルさまの手は、冷たくて気持ちよかったです……」

「………………」


 別に何も思わなかったが、特に何も思わなかったが、本気で何も思っていなかったが――無言でルカは盥の中に手を突っ込んだ。体を拭く用の布を一枚拝借し、乱暴に拭ってから額に当てる。


「ほら、これでいいか」

「……冷たい」

「ご要望の冷たい手だ。堪能しろ」

「いえ別に要求したわけではないですが……」


 それでも気持ちよかったのか、ほっと小さな吐息が漏れる。


 十六歳という事だが、どうしても十二歳以上には見えない。ものすごく頑張って十三歳だ。大負けに負けてなんとかぎりぎり十四歳、それ以上は難しい。いくらなんでも、女として見るには幼すぎる。


 ああいや、化粧とドレスはそれなりだったか。

 だがあれは化けているせいなので反則に近い。素顔はやっぱり子供のままだ。


 それなのに――放っておけない。


 おそらく主もそうだろう。よりにもよって、領主自らが流行病の発生地へ赴くなんて、拳骨一発では済まないほどの大問題だ。場合によっては外交問題(これは問題なく丸め込んだが)、領主としての自覚が足りない。


 けれど、彼がここまでの無茶をするのは、割と久しぶりだったのだ。


(元々自分が動きたい奴だと思ってたが……ここ最近は、ちゃんと人を使うようになってたんだよな。それなのに、あれだ)


 コートも着ずに夜の森を馬で駆け抜けて、領民に直接果実を食べさせて回り、その足でまた森を駆けた。従者としては許しがたい。眉間のしわはもはや谷だ。やっぱりもう一発くらいぶん殴っておくんだった。


 ――けれど、まあ。


 領主としては最悪だが、男としては悪くない。


 従者としては許すわけにいかないが、長年の友人としては許す。もっともそれは、彼がぴんぴんしているからであり、病気が移っていたらただではおかなかった。彼はこの地の領主であり、領民すべてに責任を負っているのだから。


 だからこれは、まあ、従者と友人の立場が半々くらいの感想であり、秘密の話だ。


「……早くよくなれよ、チビ。でないとあいつが心配する」

「うぅー……」


 半分寝ぼけているレティがうなる。もっと可愛い寝言は言えないのかこいつは。

 ぺた、と冷えた手を頬に当てると、レティが気持ちよさそうな顔になった。


 それにつられ、ぺた、ぺたと手を当てる。額、首、耳の下。太い血管がある場所を冷やすと効果があるが、腋の下は無理だろう。いくら犬に似ていても、分類は人間だし、性別は女だ。手が(ぬる)くなってきたのでもう一度冷やし、ふたたび額に手を当てる。


 触れた肌はやっぱり熱い。可哀想にと思うついでに、代わってやれたらなんて思ってしまった。そんな自分にちょっと戸惑う。なんだこの発想は。迂闊にもほどがある。


 ぐしゃぐしゃと髪をかき回しながら、目を閉じたレティの顔を見る。

 どう見ても子供にしか見えないこの少女が、あんな奇跡を起こし、人々の命を救ったなど、今でもまだ信じられない。

 だが、彼女のおかげで大勢の人が助かったのも事実なのだ。


「お疲れさん。本当によくやったよ、お前は」

「う……?」


「いいから寝てろ、チビ。……。……。…………。レティ」


「うぉ……?」

「女の発する寝言じゃねえな」


 くっと喉の奥で笑い、ルカはレティの髪をなでて立ち上がった。

 乱れた毛布を直し、足音を殺して部屋を出る。

 外に出ると、ちょうど氷菓子を持ってきたらしいウィルがやってきた。


「残念だったな、時間切れだ」

「なるほど、寝たか」

 仕方ないと、ウィルがちょっと肩をすくめる。


「じゃあこれは僕達でいただこうか。好きだろ、ルカも?」

「いや、明日チビにやる約束しちまった。ついでにお前の分も足しといた」

「なるほど。だったら諦めよう」


 真面目くさった顔で答えた主が小さく笑う。その顔のまま、彼はこちらに目を向けた。


「なら僕達は、溜まりに溜まった仕事を(さかな)に、昨日の出来事でも語り合おうか?」

「それを肴にできるお前の神経がちょっと嫌だな俺は」

「まあまあ。この先の計画も話し合いたいし、二人の方が仕事が捗る。そうだろう?」

「違いない」


 頷くと、彼らはレティの部屋に目をやった。

 今ごろは夢の中だろう。せめて今日くらいは休んでほしい。

 芽を出した若木の事も、奇跡を起こした果実の事も、すべては目を覚ました後の話だ。


「そういえば、森が光っていたんだって?」

「朝露のせいじゃねーのか。キラキラしてたぞ」


 ひそやかに会話を交わしながら、彼らは部屋に戻っていく。

 その前に、氷菓子を冷室に戻しておくのは忘れなかった。


 ――レティが目を覚まし、氷菓子を口にできるのは、もう少し後のお話。


お読みいただきありがとうございます。甘めの展開のはずが、あやうくスプラッタに。あと、ルカは病人に限らず割とやさしい性格です(二人とも、孫娘を取り合うおじいちゃんのようになっている)。


※時事系列で言うと「おまけのことではありますが」と「そのころの彼女達は 5」の間くらいのお話です。ルカが見たドレス姿は、マロリー達が屋敷にやってきた時のものとなります。

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