それから――
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そして、それから――。
彼らは男爵位を剥奪され、今まで使い込んでいた領地の金も返済する事になった。幸い、マロリーやヒルダの贅沢品を売り払えば、ちょっとした財産になるらしい。
返済のため、彼らは村人の仕事を手伝う事になった。毎日ひいひい言っているようだが、確認に行ったルカ曰く「まだ足りねえな」との事だ。その目が限りなく本気だったので、今後がちょっと心配だ。
パメラに迷惑がかかる事を鑑みて、罪はそれほど重くないものに落ち着いた。
レティは元の家を取り戻し、今はウィルが管理している。
将来的に、領地をひとつにまとめる案もあるそうだが、今は保留している状態だ。
そしてレティは、今でもボールドウィンのお屋敷で暮らしている。
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「レティ、お茶が入ったよ」
「おいチビ、旨い菓子が手に入った。一緒に食うか?」
「ぜひご一緒させてください……!」
あんな騒ぎがあった後も、レティの日常は変わらなかった。
森で薬草を集め、炙り、干し、すり潰して薬を作る。
薬草の栽培面積はずいぶん増えた。このままでは庭が森になってしまう。
下働きの仕事を辞めた今も、レティの部屋は同じ場所にあった。
むしろ、たまに仕事を手伝ったりしている。マーサとサンドラは大喜びだ。
屋敷の中にレティの部屋も用意されてはいたものの、どうにも広い部屋は落ち着かない。結局、元の部屋で生活する日々が続いていた。
(……それに)
ここにいれば、いつでも若木に会いに行ける。
枯れ大樹の若木は、今もすくすくと成長していた。
実をつけたのはあの時だけ、それでも葉っぱは伸びやかだ。季節ごとに白い花が咲き、いい香りを漂わせている。
グレーデにある木も、順調に育っているらしい。
色々話し合った結果、元男爵家の三人は村の家で暮らす事が決まった。
元の屋敷にはパメラが住む事になった。ウィルの依頼を受け、代理で管理する形だ。もちろん、ボールドウィンからも人を差し向け、あれこれやり取りを重ねている。レティが戻ろうかと言ったが、パメラが首を振って辞退した。
「ここはねえさまの家ですもの。いつでもいらしてくださいませ」
それまでは自分が守ると、胸を叩いて請け合った。た、頼もしすぎる。
それをいい事に、マロリーとヒルダが何度か屋敷に入り込もうとしたが、パメラは頑として許さなかった。
もっとも、家族に情はあるようで、食料と毛布は支給している。
ちなみに入り込んだ二人は即座に捕獲され、村の家へと戻された。夕食抜きだけは勘弁してあげてほしいとレティが言ったので、食事は無事に与えられた。空腹は辛いので、そこはいいんじゃないかと思う。
その代わり、ウィルが太い釘を刺したようだった。
「――ちょっとでも約束を破ったらどうなるかは、ちゃんと伝えておいたから」
その笑顔が怖い。
そして、意外な出来事もあった。
「でもまさか、パメラが気に入られるとは思いませんでした」
一緒にお茶を飲みながら、レティが思い出したように口にした。
「年も離れているし、背丈もずいぶん違いますし。聞いた時は驚きましたよ」
フォンドア子爵との婚約が、形を変えて存続したのだ。
相手はパメラで、あくまでも成長してからの意志を確認して、双方が合意なら嫁ぐようだ。意外な事に、乗り気なのはパメラの方で、今は文通をしているらしい。子爵も暇を見つけては訪ねているそうだ。
見た目は釣り合わない二人だが、もしかすると、通じるものがあるのかもしれない。
「うまくいくといいね。今度、二人をお茶に招待しようか」
「わぁ、素敵ですね!」
「とっておきの茶葉に、お茶菓子も特別なものを用意して。レティは何が食べたい? いっそのこと、軽くつまめるものも並べて、簡単なパーティでも開こうか」
「聞いただけでお腹が鳴りそうです……!」
こんがりと焼いたパンを薄く切り、燻製肉やチーズを乗せた料理。揚げた鶏肉、塩と胡椒で味付けした魚、野菜たっぷりのスープもおいしかった。キノコと香草を使った料理は絶品だった。
甘いものも山ほどある。リンゴのケーキ、ジャムやクッキー、果物のタルトにビスケット。ふわふわのパンケーキは最高だったし、砂糖漬けの花びらはいい匂いがした。たっぷりと泡立てたクリームは、とろけるような舌ざわりだった。
おいしい記憶に浸るレティに、ルカが呆れた顔になる。
「いい加減に戻ってこい、食欲に負ける十六歳」
「うっ……」
「そこがレティのいいところだよ。もうひとつクッキー食べる?」
「ぜひいただきます!」
ウィルにお菓子をもらいながら、レティはふと聞いてみた。
「そういえば、ちょうどフォンドア子爵がいらしたなんて偶然ですよね。先触れが届かなかったって聞きましたけど、どうしてでしょうね?」
「ああ、それは僕が握りつぶしたからね」
「……は?」
「ついでに言えば、日にちも時間もきっちり確認して乗り込んだんだ。村のやつらも快く協力してくれたぞ。もっと言えば、先方の協力も不可欠だったけどな」
ウィルとルカがそれぞれ言う。レティは顔を引きつらせた。
「……まさか、あの日のことは」
偶然じゃなくて――。
「必然」
「当然だろ」
ほぼ同時に答えられ、レティはぐらりと頭を揺らした。
「何なさってるんですかお二人とも!?」
「いくらなんでもレティが不憫で。あとさすがにちょっと腹が立って」
「俺は単なる趣味だ。あと主人命令」
「どっちもどっちですが、あえて言うならルカさまの方がちょっとひどい……!」
「まあまあ。ほら、ビスケット食べる?」
「それでごまかされるとは……い、いただきます」
「食うのかよ」
突っ込みを入れるルカから目をそらし、新作のビスケットを受け取る。さくっと香ばしくてとてもおいしい。
もぐもぐと食べるレティの様子を、ウィルは楽しそうに、ルカはちょっとまぶしそうに見ている。なんだろうと思った直後、ルカがぼそりと呟いた。
「……ジョセフィーン……」
前にも言っていたが、年の離れた妹だろうか。
名前を呼び間違えられた日から、ルカの視線が妙にやさしい。
もしかして、忘れられない人の名前だろうか。
まさかとは思うが、初恋の人とか?
首をかしげるレティに、ルカが真顔で見つめてくる。
(これは、まさか……)
ロマンスの予感?
……と、ウィルがこらえ切れないように噴き出した。
「駄目だよ、ルカ。それはさすがに」
「でも似てんだよ……! ものすごくそっくりなんだよ……!」
「気持ちは分かるけど、一緒にしたら失礼だから」
「……あの、一体それはどなたのことですか?」
そろりとレティが問うと、彼らは顔を見合わせた。
「……うん、それは多分、ルカが最初に心を奪われた……」
「ものすごく賢くて、やさしくて、綺麗で、気高くて、誰よりも素直で可愛かった……」
「知り得る限り最愛の……」
「犬だな」
犬ですか。
予想できたと言えばできた展開だが、いくらなんでもひどかった。
「ずっと人間だと思ってましたよ……! まさかの犬!」
「悪かったよ! でも可愛かったんだよジョセフィーン……! 俺のジョセ!」
「可愛く言っても駄目ですよ!?」
「まあまあ。実は僕もちょっと思ってた。口には出さなかったけど、ルカの気持ちはよく分かる」
「フォローになってないですよ!」
でも、とレティは息をついた。
「ウィルさま、ルカさま」
名前を呼ぶと、二人が同時にこちらを向く。
「お二人とも、ありがとうございました。お二人に会えて、本当によかったです」
笑ったレティに、ウィルは目をぱちくりさせて、ルカは妙なものを呑み込んだような顔になり――、
「どういたしまして、レティ」
「……まあ、その、気にすんな」
と、それぞれ返答したのだった。
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――グレーデ家には、「枯れ大樹」という木が生えている。
以前は花も実もつけなかったその木は、今、緑の葉を茂らせて、領地で一面の花を咲かせている――。
了
長いお話にお付き合いいただきありがとうございました!
ブクマや評価をくださった方、いいねを押してくださった方、最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございます。読んでいただけて嬉しいです。のんびり後日談(番外編?)を載せていくので、よろしければそちらも是非どうぞ。




