さあ、断罪の時間です‐3
「……レティ?」
最初に口を開いたのはマロリーだった。
「レティ……お前、レティじゃないの! やっぱり伯爵さまのところにいたのね、この恩知らず!」
「そうよ! あんたがいなくなって、どれだけ大変だったか分かっているの!?」
ヒルダもすぐに声を荒らげる。
「さっさと美肌の薬を作ってもらうわ。それと、薬草の調合も。せっかくの収入源だったのに、突然いなくなって大損よ!」
「ええー……?」
あまりの理不尽に、レティは口を開けてしまった。
「だっておばさま、出て行けって言ったのはおばさまの方じゃないですか」
追い出したのはそっちのくせに、いくらなんでもひどいと思う。
「お黙り!! みなしごの貧乏小娘が!!」
「それは否定しませんが、今は住み込みで働いているので」
そこだけはちょっぴり胸を張る。ルカが小声で「自慢するとこか、そこ?」と突っ込んでいる。
「やっぱり伯爵さまのところにいたのね。どんな嘘を使って取り入ったの? お前みたいな能無しが、伯爵さまの目に留まるはずがないでしょう!」
「――それがそうでもないのですよ」
その時、ウィルが一歩踏み出した。
「彼女は心やさしく、働き者で、何よりとても優秀だ。領地で広まっている数々の薬は、ほとんどが彼女の作ったものです。……もちろん、あなた方にお渡しした美肌の薬も」
「あ、あれが……?」
二人がはっとしたように顔を押さえる。
「でも、あれは効果が薄かったわ!」
「そうよ! レティの作ったものなら、もっと!」
「それはそうでしょう。出来立ての、しかも特別に濃い薬を毎回、浴びるように使用していた時とは話が違う。効き目も薄れるし、長くは続かない。あなたたちの肌の調子を見れば、それがよく分かるはずだ」
「それは……っ」
二人が悔しげに押し黙る。
彼女達の肌は、ここから見ても荒れていた。
レティの薬を使っていれば、もっと良くなっていてもおかしくない。けれど、彼女達は薬の効果に頼り切り、生活が乱れるに任せていた。
夜更かし、間食、甘いものの食べ過ぎに運動不足。
頼みの綱の美肌薬は、前よりはるかに効果が薄い。
薬があると思って、乱れた生活を続けていれば、元に戻らないのも当然だ。
「……きれいな肌だな」
フォンドア子爵がひとりごとのように呟いた。視線の先にいたのはレティだ。
他意はなく、思わず漏れてしまった言葉のようだったが、それを聞いたヒルダの顔が引きつった。
「……オーガストさま!」
「ああ、失礼」
すぐに非礼を詫びたが、二人の肌の差は歴然だ。
ほとんど化粧もしていないのに、レティの肌は透き通るようだ。なめらかで、すべすべしている。対するヒルダとマロリーは、ここからでも分かるほど厚塗りで、べったりと白粉を重ねていた。
マロリーの肌は細かいしわが刻まれている。色もくすみ、シミも点々と浮かんでいる。ヒルダの方もそばかすが隠し切れていない。それを隠そうと、さらに化粧が厚くなっているのだ。明るい日の下で見ると、余計にその差が明らかだった。
(ほんとにちゃんと売ってたのかな、薬……)
ちらりとルカを見ると、うん、と頷かれた。……一応売ってはいたらしい。
「先代男爵と言うと……今のグレーデ卿の兄君だな。だが、君の顔は初めて見た」
フォンドア子爵が首をかしげる。
「お披露目は行っておりません。王都にも行っていないはずですので、子爵が知る機会はなかったと思いますよ」
ウィルが柔らかく口を挟む。
「お披露目がない? だが、彼女は貴族の娘なのだろう。先代の男爵令嬢だ」
どういう事かと目線をやると、男爵夫妻は焦った顔になった。
「そ、それは……そう、この子が望まなかったのです! そうよね、レティ?」
「えー……」
「そうなのか?」
鋭い目だが、怒っているわけではないらしい。レティはあいまいに頷いた。
「そうですね、まあ、そう言われれば、そうかも……」
「――ドレスがなければ、行けるはずもないでしょう。身を飾る宝石も、手袋も香水もない。もちろん靴も持っていない。それではとても参加できない」
「!!」
フォンドア子爵が鋭くヒルダ達を振り返った。彼らがビクッと身をすくめる。
「もっと言えば、そんな時間もなかったはずだ。何しろ彼女は、両親が亡くなってからずっと、小屋で生活していたのです。彼らの面倒をすべて見ることを条件に、森で必要なものを手に入れながら生活する。そうすることで、この屋敷にいることを許されました」
「本当なのか、グレーデ卿、奥方」
「は、いえその、あの……」
あわあわしながら、マロリーがレティをにらみつける。余計な事を言って!! という顔だ。
だが、レティは誓って言っていない。
「言っておきますが、彼女が話したわけではありませんよ。むしろ彼女は、あなた方のしてきたことを隠し、かばっていた。気づいたのは偶然です。話の断片をつなぎ合わせ、そうだろうと思ったまでのことです。……ですが、その反応を見ると、どうやら真実だったようですね」
「いえ、それは、伯爵さま!」
「それが事実なら大きな問題だ。姪に当たる娘を虐げて、下働きの真似事をさせていたとは。国王にも進言せねばなるまい。年頃の貴族令嬢が王宮へ行き、お披露目を行うのは貴族の義務だ」
もしもそれを故意にさせなかったとすれば、到底見逃せる事ではない。
「そっ……そんなの、証拠はございませんわ。レティは本当に、自分で行かなかっただけですもの。行きたいなら止めませんでしたわ!」
ヒルダがわめいたが、彼の視線は揺らがなかった。
「止めなかったとして、どうやって王宮へ行くつもりだ?」
「それは、だから、野宿でもして……」
「できるはずがないだろう。あなたは何を使った?」
「……馬車、ですわ」
「一緒に行けばよかっただろう。姉妹で参加することは珍しくもない。従姉妹同士でもそれは同じだ」
「ですから、それはレティが!」
叫びながらも、ヒルダもあの日の事は覚えていた。
社交界のお披露目なのだと、さんざんレティに自慢しながら、新しいドレスを見せびらかした。あんたもお父さまとお母さまが生きていれば、同じようにできたのにねと嘲笑った。
レティは困った顔をしていたが、「気をつけて行ってきてね」と送り出してくれた。
パメラは参加しなかった。幼すぎるというのが一番の理由だが、レティをひとり残して行く事をものすごく嫌がっていたのだ。
初めての王宮は楽しく、ため息の連続だった。あまりのきらびやかさと豪華さに、目がくらむようだと思ったものだ。素敵な殿方に見初められたらと思っていたけれど、そんな事はなかった。それだけが残念だった。
それがお披露目の記憶だ。その時レティがどうしていたか、帰ってからどんな顔をしていたかなど、意識の隅にもなかった。
「――それであなたは、ご自分だけ美しい衣装に身を包み、宝石で身を飾って、王宮の夜を過ごしたのか」
「ですから、それは!」
「残念だ、ヒルダ嬢。あなたは私が思っていたような方ではなかったようだ」
精悍な顔がわずかにゆがみ、眉がきつくひそめられる。
彼が踵を返そうとした時、ゆったりとした声がかかった。
「待ちなさい、オーガスト」
「……ですが」
「お前の気持ちは分かるが、わしは緑の乙女が惜しい。過去に何があろうと、ヒルダ嬢がつい最近、領民を救ったのは本当のことだ。だとすれば、心根を入れ替えたのではないか?」
「そっ……そうですわ! わたくしが皆を助けたのです。黄金の果実を与えて、病を治したのですわ!」
ヒルダが勢い込んで頷く。
「だがそれは、今回の件とは……」
「緑の乙女たるわたくしがいれば、フォンドア領の栄えになります! それは間違いありません。お約束いたします!」
こんな事になった以上、伯爵夫人の座はあきらめるしかない。その代わり、なんとしてもフォンドア子爵を手に入れねば。
彼を手放すわけにはいかない。フォンドア領も、グレーデ領とは桁違いの大きさだ。ボールドウィン領には負けるが、結婚相手としては悪くない。
(絶対に、逃がさないわ……)
祖父の言い分に、フォンドア子爵は困惑しているようだった。
彼とヒルダを交互に見やり、薄い唇を引き結ぶ。
彼が何か言おうとした時、場違いなほどのんびりした声がかかった。
「――おんや? ちょっと早かったかね」
立っていたのは見覚えのある男性だった。手にリンゴの入った籠を持っている。
「いいえ、ちょうどいいですよ」
すぐにウィルが答える。目をぱちくりさせる皆をよそに、男はレティに目を留めた。そして、素っ頓狂な声で言う。
「――黄金の実の嬢ちゃん!」
「!!」
ウィルとルカを除く全員がレティを振り返った。
お読みいただきありがとうございます。フォンドア子爵、顔が超怖い。




