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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と緑の令嬢

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42/93

さあ、断罪の時間です‐3


「……レティ?」

 最初に口を開いたのはマロリーだった。


「レティ……お前、レティじゃないの! やっぱり伯爵さまのところにいたのね、この恩知らず!」

「そうよ! あんたがいなくなって、どれだけ大変だったか分かっているの!?」

 ヒルダもすぐに声を(あら)らげる。


「さっさと美肌の薬を作ってもらうわ。それと、薬草の調合も。せっかくの収入源だったのに、突然いなくなって大損よ!」

「ええー……?」

 あまりの理不尽に、レティは口を開けてしまった。


「だっておばさま、出て行けって言ったのはおばさまの方じゃないですか」

 追い出したのはそっちのくせに、いくらなんでもひどいと思う。

「お黙り!! みなしごの貧乏小娘が!!」

「それは否定しませんが、今は住み込みで働いているので」

 そこだけはちょっぴり胸を張る。ルカが小声で「自慢するとこか、そこ?」と突っ込んでいる。


「やっぱり伯爵さまのところにいたのね。どんな嘘を使って取り入ったの? お前みたいな能無しが、伯爵さまの目に留まるはずがないでしょう!」

「――それがそうでもないのですよ」

 その時、ウィルが一歩踏み出した。


「彼女は心やさしく、働き者で、何よりとても優秀だ。領地で広まっている数々の薬は、ほとんどが彼女の作ったものです。……もちろん、あなた方にお渡しした美肌の薬も」

「あ、あれが……?」

 二人がはっとしたように顔を押さえる。


「でも、あれは効果が薄かったわ!」

「そうよ! レティの作ったものなら、もっと!」

「それはそうでしょう。出来立ての、しかも特別に濃い薬を毎回、浴びるように使用していた時とは話が違う。効き目も薄れるし、長くは続かない。あなたたちの肌の調子を見れば、それがよく分かるはずだ」

「それは……っ」


 二人が悔しげに押し黙る。

 彼女達の肌は、ここから見ても荒れていた。

 レティの薬を使っていれば、もっと良くなっていてもおかしくない。けれど、彼女達は薬の効果に頼り切り、生活が乱れるに任せていた。


 夜更かし、間食、甘いものの食べ過ぎに運動不足。

 頼みの綱の美肌薬は、前よりはるかに効果が薄い。

 薬があると思って、乱れた生活を続けていれば、元に戻らないのも当然だ。


「……きれいな肌だな」

 フォンドア子爵がひとりごとのように呟いた。視線の先にいたのはレティだ。


 他意はなく、思わず漏れてしまった言葉のようだったが、それを聞いたヒルダの顔が引きつった。

「……オーガストさま!」

「ああ、失礼」

 すぐに非礼を詫びたが、二人の肌の差は歴然だ。


 ほとんど化粧もしていないのに、レティの肌は透き通るようだ。なめらかで、すべすべしている。対するヒルダとマロリーは、ここからでも分かるほど厚塗りで、べったりと白粉を重ねていた。

 マロリーの肌は細かいしわが刻まれている。色もくすみ、シミも点々と浮かんでいる。ヒルダの方もそばかすが隠し切れていない。それを隠そうと、さらに化粧が厚くなっているのだ。明るい日の下で見ると、余計にその差が明らかだった。


(ほんとにちゃんと売ってたのかな、薬……)

 ちらりとルカを見ると、うん、と頷かれた。……一応売ってはいたらしい。


「先代男爵と言うと……今のグレーデ卿の兄君だな。だが、君の顔は初めて見た」

 フォンドア子爵が首をかしげる。

「お披露目は行っておりません。王都にも行っていないはずですので、子爵が知る機会はなかったと思いますよ」

 ウィルが柔らかく口を挟む。


「お披露目がない? だが、彼女は貴族の娘なのだろう。先代の男爵令嬢だ」

 どういう事かと目線をやると、男爵夫妻は焦った顔になった。


「そ、それは……そう、この子が望まなかったのです! そうよね、レティ?」

「えー……」

「そうなのか?」

 鋭い目だが、怒っているわけではないらしい。レティはあいまいに頷いた。


「そうですね、まあ、そう言われれば、そうかも……」

「――ドレスがなければ、行けるはずもないでしょう。身を飾る宝石も、手袋も香水もない。もちろん靴も持っていない。それではとても参加できない」


「!!」


 フォンドア子爵が鋭くヒルダ達を振り返った。彼らがビクッと身をすくめる。


「もっと言えば、そんな時間もなかったはずだ。何しろ彼女は、両親が亡くなってからずっと、小屋で生活していたのです。彼らの面倒をすべて見ることを条件に、森で必要なものを手に入れながら生活する。そうすることで、この屋敷にいることを許されました」

「本当なのか、グレーデ卿、奥方」

「は、いえその、あの……」


 あわあわしながら、マロリーがレティをにらみつける。余計な事を言って!! という顔だ。

 だが、レティは誓って言っていない。


「言っておきますが、彼女が話したわけではありませんよ。むしろ彼女は、あなた方のしてきたことを隠し、かばっていた。気づいたのは偶然です。話の断片をつなぎ合わせ、そうだろうと思ったまでのことです。……ですが、その反応を見ると、どうやら真実だったようですね」

「いえ、それは、伯爵さま!」


「それが事実なら大きな問題だ。姪に当たる娘を虐げて、下働きの真似事をさせていたとは。国王にも進言せねばなるまい。年頃の貴族令嬢が王宮へ行き、お披露目を行うのは貴族の義務だ」

 もしもそれを故意にさせなかったとすれば、到底見逃せる事ではない。


「そっ……そんなの、証拠はございませんわ。レティは本当に、自分で行かなかっただけですもの。行きたいなら止めませんでしたわ!」

 ヒルダがわめいたが、彼の視線は揺らがなかった。


「止めなかったとして、どうやって王宮へ行くつもりだ?」

「それは、だから、野宿でもして……」

「できるはずがないだろう。あなたは何を使った?」

「……馬車、ですわ」

「一緒に行けばよかっただろう。姉妹で参加することは珍しくもない。従姉妹同士でもそれは同じだ」

「ですから、それはレティが!」


 叫びながらも、ヒルダもあの日の事は覚えていた。

 社交界のお披露目なのだと、さんざんレティに自慢しながら、新しいドレスを見せびらかした。あんたもお父さまとお母さまが生きていれば、同じようにできたのにねと嘲笑った。

 レティは困った顔をしていたが、「気をつけて行ってきてね」と送り出してくれた。

 パメラは参加しなかった。幼すぎるというのが一番の理由だが、レティをひとり残して行く事をものすごく嫌がっていたのだ。


 初めての王宮は楽しく、ため息の連続だった。あまりのきらびやかさと豪華さに、目がくらむようだと思ったものだ。素敵な殿方に見初められたらと思っていたけれど、そんな事はなかった。それだけが残念だった。

 それがお披露目の記憶だ。その時レティがどうしていたか、帰ってからどんな顔をしていたかなど、意識の隅にもなかった。


「――それであなたは、ご自分だけ美しい衣装に身を包み、宝石で身を飾って、王宮の夜を過ごしたのか」

「ですから、それは!」

「残念だ、ヒルダ嬢。あなたは私が思っていたような方ではなかったようだ」


 精悍な顔がわずかにゆがみ、眉がきつくひそめられる。

 彼が踵を返そうとした時、ゆったりとした声がかかった。


「待ちなさい、オーガスト」

「……ですが」

「お前の気持ちは分かるが、わしは緑の乙女が惜しい。過去に何があろうと、ヒルダ嬢がつい最近、領民を救ったのは本当のことだ。だとすれば、心根を入れ替えたのではないか?」


「そっ……そうですわ! わたくしが皆を助けたのです。黄金の果実を与えて、病を治したのですわ!」

 ヒルダが勢い込んで頷く。


「だがそれは、今回の件とは……」

「緑の乙女たるわたくしがいれば、フォンドア領の栄えになります! それは間違いありません。お約束いたします!」


 こんな事になった以上、伯爵夫人の座はあきらめるしかない。その代わり、なんとしてもフォンドア子爵を手に入れねば。

 彼を手放すわけにはいかない。フォンドア領も、グレーデ領とは桁違いの大きさだ。ボールドウィン領には負けるが、結婚相手としては悪くない。


(絶対に、逃がさないわ……)


 祖父の言い分に、フォンドア子爵は困惑しているようだった。

 彼とヒルダを交互に見やり、薄い唇を引き結ぶ。

 彼が何か言おうとした時、場違いなほどのんびりした声がかかった。



「――おんや? ちょっと早かったかね」



 立っていたのは見覚えのある男性だった。手にリンゴの入った籠を持っている。

「いいえ、ちょうどいいですよ」

 すぐにウィルが答える。目をぱちくりさせる皆をよそに、男はレティに目を留めた。そして、素っ頓狂な声で言う。



「――黄金の実の嬢ちゃん!」



「!!」


 ウィルとルカを除く全員がレティを振り返った。

お読みいただきありがとうございます。フォンドア子爵、顔が超怖い。

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