お屋敷に連れて行かれました
***
お屋敷に着いたのは、それから半刻ほど後の事だった。
(これは……)
目の前にそびえたつ建物を見て、レティは思った。
「……お城だ」
お屋敷ではない。城だ。
呆然とするレティの横で、彼らは「ちょっと待ってて」と言い残し、さっさと馬車から降りてしまった。ためらわずに正面玄関から入っていくと、すぐに何かの言伝を終え、ふたたびレティのそばに戻ってくる。手を差し出され、レティはふたたび従った。
「古いだけで手入れが大変な家だよ。おいで、中に入ろう」
「え、でも――」
レティは使用人で、彼らはおそらく「使う」側の人間だ。
ためらったが、「気にしなくていいから」と、微笑みひとつで流される。言われるまま玄関をくぐると、そこには誰もいなかった。
(やっぱりお城だ……)
外観も立派だったけれど、中身も立派だ。
あまりの豪華さにぽかんとして、そのまま立ち尽くしてしまう。
正面を貫く大階段に、両脇に飾られた装飾品の数々。決して華美ではないが、選び抜かれた調度品の見事さにため息が出そうだ。手すりのひとつひとつにも、緻密な模様が彫り込まれている。恐ろしく手間と金がかかっているはずだが、それを感じさせない。そこがすごい。
「そんなところに立っていないで、こっちにおいで。ええと――」
「レティシアです。みんなはレティって呼びます」
「じゃあレティ、疲れただろう。使用人たちにはあとで紹介するから、とりあえず先にお茶を飲もう。紅茶は好き?」
「おいウィル、いい加減に――」
「手を差し伸べたレディには最後までエスコートを。うちの家訓だ」
「ほんっとろくでもねえ家訓ばっか持ってやがるなお前んとこは……!」
声を荒らげたものの、ちっと舌打ちして踵を返す。「ちょっと待ってろ」
「あ、あの?」
「大丈夫、ルカの淹れてくれるお茶は絶品だ」
それを見送り、ウィルは微笑んで手招きした。
「夜の森は寒かっただろう。こっちにおいで」
言われるまま近づくと、ゆったりとした長椅子に招かれる。暖炉に火はなかったが、ふかふかの感触が心地よくて、レティは目を丸くした。
(ものすごく……お尻にやさしい……)
先ほどの馬車も素晴らしかったが、それ以上だ。
小屋の椅子は木でできていたし、ベッドは硬かった。薄い布をどれだけ敷いても、あまり意味はなかったのだ。あまりの感動に、何度も座り心地を確かめてしまう。ふかふかだ。とてもふかふか。ふかふかは尊い。
「珍しい?」
「はいとっても!」
意気込んで答えたら、くすくすと笑われた。何かおかしな事を言っただろうか。
「レティは小さいのに、しっかりしてるね。偉いなあ」
「それほどでも……」
十六歳である。
「その年で身寄りがないのは辛いだろう。こんなに小さいのに」
「はあ、まあ……」
一応、十六歳である。
「こんな小さな子をひとりで歩かせるなんて、本当にしょうがないな。せめて付添人は必要だろう」
だから十六歳である。そして、付添人はいない。
「大丈夫です。体力には自信があったので」
答えると、彼は「うんうん」と頷いた。多分、信じていない。
というかこの人、自分を何歳だと思っているんだろう……と思いつつ、藪から蛇は出さないでおく。
帰る家がないのは本当なのだ。血縁はいるが、保護者はいない。レティに戻る場所はない。
向かいで座っている間、彼から色々質問された。そのどれもに当たり障りのない程度で答えていく。ただし、お隣の領地の令嬢であるレティシア・グレーデが使用人になるというのは外聞がまずかろうと思ったので、本名を尋ねられた時だけ、「ただのレティシアです」と答えておいた。この辺りでは姓がない子供も多い。
「おーい、茶が入ったぞ」
その時、目の前に紅茶が置かれた。
「わぁ……!」
レティの目が輝いた。
「夜だから簡単なやつだぞ。茶菓子も適当だ」
「これ、い、いただいてもいいんですか?」
「どうぞ、召し上がれ」
そこにあったのは、きらきらするようなお茶支度だった。
湯気の立つ紅茶はポットに入れられ、繊細な花模様のカップが二つ。添えられた小皿には、クッキーとビスケットが載っている。香ばしいバターの香りに、ぐうきゅるるる、とレティのお腹が鳴った。
そういえば、お昼に非常食を食べたきり、何も口にしていなかった。
思わずお腹を押さえると、ぷっ、と噴き出す声がした。
「お前……ほんとに、ガキだなあ……っ」
くくく、と腹を押さえながら、黒髪の青年が笑っている。青年も苦しげな表情を浮かべていたが、目じりの涙をぬぐって言った。
「どうぞ召し上がれ、レティ」
「いただきます……!」
紅茶を一口飲むと、高貴な香りが立ち上った。
苦味はなく、すっきりとした後味がある。カップを戻し、ビスケットを口にした。さくっと軽い歯ざわりに、ほのかな甘み。いつも食べている非常食と違い、砂糖の甘みを感じる。思わず頬がゆるみ、さくさくと噛み砕く。非常食の甘みの大部分は木の実で、あれはあれでおいしいが、本物の砂糖は格別だ。
幸せそうな顔で食べていると、「…リスみてえだな」と言われる。リス。あれは可愛い。……が、なぜだろう。褒められている気がしない。
「レティは、おいしそうにものを食べるんだね」
ウィルがやさしく見つめてくる。
「子供はたくさん食べるのが一番だ。よかったらお代わりもあるよ」
「いえ、さすがにそれは」
食べられなくもなかったが、むしろ食べたい気持ちはあったのだが、さすがにそこまで甘えるのは気が引けた。
「遠慮しなくていい。中に肉や魚を挟んだパンは? 木苺のパイは? クッキーもまだあるし、スコーンもある。スコーンは知ってる? 焼き立てあつあつなところを、出来立てのバターを添えて食べると絶品だ」
(ううう……!)
この人、全力で餌付けにかかっている。
「いえ、本当にもう、大丈夫です」
――だが、さすがにレティも年頃の令嬢であり、そこまではしたない真似はでき――でき――でき、な、い。
食べ物の誘惑に(ぎりぎりで)打ち勝つと、彼は残念そうな顔をした。
「そうか、じゃあまた次の機会に」
次があるのか。
楽しみなような怖いような――と思っていたら、「ねえよ、さすがに」と釘を刺された。うん、さすがに分かっていた。
「ウィルさま、ルカさま、ご親切に心から感謝いたします。このご恩は必ずお返しいたします」
お礼を言うと、ウィルは微笑ましそうに、ルカは近所の犬が上手にお手ができたような顔で自分を見ていた。
「挨拶が上手だね、レティ」
「まあ、その、うまくやれよ、チビ」
……なんだか解せない。
お読みいただきありがとうございます。レティ、餌付けされ(かか)る。




