足音が聞こえてまいりました
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それと同じころ、一台の馬車がグレーデ領に向かっていた。
御者を除けば、乗っているのは三人。ウィルとルカともうひとりだ。
ウィルは正装に身を包んでいる。襟の高いシャツと、艶のあるブーツが美しい。上着は見るからに上等な布地で仕立てられ、黒い帽子がよく似合う。その上から羽織ったコートには、金の縁取りがついていた。
「さすが外側だけは完璧だな。いつ見ても感心する」
「お褒めに預かって光栄だけど、それはお互い様だろう?」
ルカも今日は畏まった服装だ。髪も綺麗に整えて、有能な従者に徹している。向かい合って話す彼らに、ウィルの隣にいた少女がおそるおそる問いかけた。
「……あ、あのう、それでどうして、私がこのような恰好を……?」
「すごく似合うからだよ」
「ああ、似合ってる。駄馬にも装飾だが、馬がいいなら衣装も映える」
二人が真面目に口をそろえる。そういう事を聞いているんじゃない。あとルカは多分、褒めてない。
「心配しなくても、悪いようにはしないよ」
ウィルがやさしく微笑んだ。
「ただちょっと色々思うところがあるので、あれこれさせてもらうけど」
「それが怖いんですよ!」
「心配すんな、チビ。こいつはやると言ったことはきっちりやる」
「同じじゃないですか!」
レティが叫んだが、二人とも聞く耳は持たないようだ。
ため息をつき、レティは馬車の中で小さくなった。
これから何が起こるのか分からないが、どうやら良い事ではないようだ。
「大丈夫、気楽にしてて」
「そうそう、悩んでもどうせ逃げられないしな」
「お二人は私を慰めているのか追い詰めているのか、どっちなんです……?」
答える声は、もちろんなかった。
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日がもう少し高くなったころ、一台の馬車がグレーデの屋敷を訪れた。
「よくいらっしゃいました、ボールドウィン伯爵さま……あら?」
「突然すまないが、お邪魔する」
馬車から降り立ったのは、今日は約束がないはずのフォンドア子爵だった。
「一応、先触れは出したのだが……届いていなかっただろうか?」
「は、あの、いえ……」
「先約があれば辞退したいところだが、今日はそうもいかない。実は、紹介したい相手がいる」
そう言うと、子爵は馬車の中にいる人物を振り返った。
「私の祖父だ。ヒルダ嬢の話をしたら、どうしてもその大樹を見てみたいと言い出して。老人のわがままだが、できれば叶えてやりたい。――可能だろうか?」
フォンドア子爵の祖父と言えば、絶対に粗相のできない相手だ。よりによって今日に! と思ったが、もちろん顔には出せなかった。
ボールドウィン伯爵の到着はまだ先だろう。そうであるなら、さっさと大樹に案内して、その後は屋敷で歓待しよう。ヒルダとマロリーは、隙を見つけて抜け出せばいい。相手役には男爵ひとりで事足りる。
(それに)
考えようによっては、これは好機と言えなくもない。
ここでヒルダが気に入られれば、子爵家との繋がりができる。婚約が解消になった後も、できれば付き合いは続けていきたい。枯れ大樹に興味を持つフォンドア翁ならば、十分に希望がある。うまくすれば、宝石のひとつでも買ってくれるかもしれない。
一瞬でそう計算すると、マロリーは満面の笑みを浮かべた。
「まあ、まあまあ! ようこそおいでくださいました。何やら手違いがあったようですが、もちろん、子爵さま方ならいつでも歓迎いたしますわ」
「ご厚意に感謝する。少し腰が痛むそうなので、馬車を使っても構わないだろうか?」
「もちろんです! こちらへどうぞ」
できればさっさと厄介払いをして、その上で顔を繋ぎたい。
笑顔のまま、マロリーは先に立って歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。フォンドア子爵、老け顔だけど意外と若いです。




