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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と黄金の果実

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34/93

腕の中が熱いです



    ***




 パメラと別れたすぐ後の事。

 馬を引き出した直後、レティはウィルを引き留めた。


「ウィルさま、ナイフをお持ちですか?」

「あるけど、どうしたんだい?」

「ちょっとお借りしてもいいでしょうか」


 言われるまま携帯用のナイフを差し出すと、ウィルはちょっと首をかしげた。一刻も早くこの場を離れなければならないはずなのに、何をするんだろうといった顔だ。

 レティは黄金の果実を取り出して、地面に置いた。

 そして、さくりと二つに切る。


「レティ?」

「ウィルさま、ここで別れましょう」

 その片方を差し出しながらレティは言った。


「片方はボールドウィン領の人たちに食べさせてください。一口で効果があるんです。たくさんの人が助かるはずです」

「君はどうするんだ?」

「グレーデ領の人たちに配ります。全員は無理かもしれませんが、できる限りは。パメラが予防薬を配ってくれました。それなら症状は軽いはずです」


 本来なら、最初からそうするべきだった。あの時は必死だったせいで思いつかなかったが、今からでも遅くはない。


「二手に分かれた方が効率がいいです。病気で苦しんでいるなら、家族も起きているはずです。夜明けまで、できる限り回ります。きっと早い方がいい」

「でも、君ひとりじゃ」

「大丈夫です。……ですが、その、非常にずうずうしいお願いなのですが、もし一息ついたようでしたら、あの、お迎えに来てはいただけないでしょうか……?」


 ウィルは目をぱちくりさせた。そんな顔をすると、いっそあどけなく見える。いつも微笑んで余裕のある彼にしては珍しい。


(やっぱりずうずうしかったかもしれない……)


 レティはちょっぴり目をそらす。元気になった村人に頼んだら、途中まで馬で送ってくれるだろうか。いや、そんな交換条件は申し訳ない。

 根性で歩こうと思っていたら、ふわりと視界が覆われた。


「――いいよ、迎えに行く」


 レティを抱きしめて、ウィルが柔らかい声で囁いた。


「必ず行くから。待ってて」

「はい!」

 答えたが、腕は外れない。ますます強く抱きしめてくる。


「……あの、ウィルさま?」

「……参ったなあ……」


 小声で呟き、ウィルはそっと体を離した。月光の下で、綺麗な蜂蜜色の髪が光っている。


「ものすごく心配だけど、行くよ。君には大樹の加護がある。きっと守ってくれるだろう」

「ウィルさまもです。きっと守ってくださいますよ」


 頷くと、ウィルは馬に乗って行ってしまった。駆け去った後に、うっすらと光の帯が残っている。

 レティも村へ向かって歩き始めた。

 村人との交流はほとんどないが、道なら頭に入っている。ごくたまに、森で採れた薬草と引き換えに、小麦や砂糖を分けてもらっていたのだ。


 彼らはレティが領主の娘だった事は知らない。レティも口にはしなかった。

 けれど、あの人達はグレーデの住人だ。


(助けなきゃ)


 そこでふと、老人の言葉を思い出した。

 ボールドウィンには地力溜まりがあると言った。地形による場合と、何か理由がある場合の二つだと。そう――たとえば、とんでもない力を必要とする種子の発芽と成長は? それによって成長した木が花を咲かせ、黄金の果実を実らせる。


 そのために、ずっとこの土地が力を蓄えていたとしたら。

 だとすれば、あの木の正体は。


「……枯れ大樹……?」


 あの種子は、枯れ大樹のものだったのか。


 ようやく謎が解けて、レティはなるほどと頷いた。その間も足はゆるめない。村に続く森の道を懸命に歩く。

 この森は、レティが十年過ごしてきた場所だ。多少足元が悪くても、目をつぶっていたって歩ける。


 息を切らし、歩き続けた先に、ぽつんと小さな明かりが見えた。

 月明かりではない。もっと小さくあたたかな、炎の輝きだ。


「……着いた!」


 レティは目を輝かせ、明かりを目指して駆け出した。



    ***

    ***


 

 そして、その後は――。


 突然現れた見慣れぬ少女に驚いていたが、村人はすぐに従った。

 レティに差し出された果実を齧り、体が楽になった事に驚く。回復した村人が次の家を教えてくれ、レティは次々に病を治した。数件目で、小麦を交換してくれた村人と再会し、レティの身元を保証してくれた。とはいっても、「森でよく会うお嬢ちゃん」といった説明だったが、それだけでも十分だった。


 不思議な事に、どれだけ齧っても果実はなくならなかった。

 いつの間にか形が戻り、何人に分け与えても減らない。村人はそれを奇跡と言った。


「お嬢ちゃん、女神さまの使いなのかい?」

 そう聞かれたが、レティは笑って首を振った。


 それを言うならパメラだ。命がけで村人を助けてくれたやさしい子。

 けれど、それを聞いた村人は首を振った。


「いんや、お嬢ちゃんも同じだよ」


 こうやって助けに来てくれたじゃないか、と。

 今の領主や、着飾った奥方様や、上の娘とも違う。粗末な服を着て、化粧気もまるでないが、村の人々を助けてくれる。自分の身も(かえり)みずにだ。


「ありがとう、お嬢ちゃん。心から感謝するよ」

「…………」

 レティはちょっと言葉に詰まった。それから元気よく頷いた。

「はい!」


 その後もレティは病人の居場所を聞き、黄金の果実を食べさせて回った。村人が手伝ってくれた事もあり、作業は驚くほど早く進んだ。

 途中、手伝いに来ていたルカに見つかり、それはもうこっぴどく叱られたが――村人のとりなしで収まった。でも一度拳骨を食らった。とても手加減されてはいたが。


 果実を見せると、ルカも目を丸くしていた。ウィルの事は言わなかったが、気づかれている。多分。

 それでも果実を与え続け、やがて最後のひとかけらがなくなった。不思議な事に、病人の最後のひとりが食べ終えた直後だった。

 すべての村人が回復したのを見届けると、すでに日が上りかけていた。


「……終わったな」

 途中から馬に乗せてくれていたルカが呟く。レティも疲労困憊している。


「そうですねえ……」

「他のやつらは先に帰したから、俺たちも帰るぞ。あと少しで、領地境の見張りが来る時間になる」

 彼らは病が回復したのを知らないはずだから、他領の人間がいるのはまずい。


「あの、でも私、お迎えが来ることになってるんですが」

「……一応聞くが、誰だ?」

「ええと……」

 目をそらしただけで分かったらしい。一度息をついた後、ルカはそれはそれは怖い顔になった。


「森からボールドウィン(うち)の領地までは一本道だ。どうせ途中で行き合うだろうし、問題ない。……てかお前、あとで絶対説教だからな」

「つつしんでお受けいたします!」

「まあいい。……お疲れさん。よくやったよ」

「へ?」


 聞き間違いかと思って見上げると、ルカはそっぽを向いていた。左の耳がちょっぴり赤い。


「ルカさま、今なんと?」

「あーいい。なんでもない」

「気のせいでなければ、私をねぎらうお言葉だったのでは……!?」


「聞こえてんのかよ! タチ(わり)いな!」

「聞き間違いかと思ったんですよ。そうじゃなくてよかったです!」

「いちいち言うな! 照れるだろ!」


 真っ赤な顔でわめきながら、ルカはレティを乗せたまま馬を駆る。黒い馬はルカの愛馬だ。毛並みがつやつやとして美しい。

 にぎやかに去る彼らを見送り、村人は無言で(こうべ)を垂れた。

お読みいただきありがとうございます。みんなも元気になりました。

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