知らない青年に拾われました
***
どこかで、人の声がする。
「……から、……の、だろう?」
「放っておけば……で……」
どちらも若い男の声だ。ひとりは怒ったように、もうひとりは困惑したように話している。
「どうせ……の、行き倒れだ。いちいちそんなこと……」
(行き倒れ……?)
誰の事だろう。そんな人がいるなら、今すぐ助けてあげないと。
「この森は狼も出るし、そういうわけにはいかないよ。ましてこの子は女の子だ」
「そうですよ!」
がばっと跳び起きたレティに、男二人がぎょっとする。
「うわびっくりした!」
「すげえ元気だなお前! むしろ元気いっぱいかよ!」
「行き倒れの人がいるなら、助けましょう。ここにお水ありますよ。あ、非常食もあります。初めての方には苦いかもしれませんが、とっても滋養があるんですよ」
どうぞ、と差し出すと、彼らはなんとも言えない顔をしていた。
「……いや、たった今必要なくなったから」
「そうですか?」
「むしろ馬車を停めたことにちょっと後悔したな、俺は」
「馬車……」
見回したが、馬車の姿はない。ここは道から外れている空き地だ。
「道にね、靴が落ちていたんだよ。そして、草を踏みしめた形跡があった」
二人のうち、やさしそうな方の青年が教えてくれる。輝くような金髪に、若草色の瞳。とても綺麗な人物だ。
「道に迷っていたら大変だし、この先は水場だし。何かあったらと思って、来てみたんだ」
「てっきり行き倒れてると思ったら、ぐーすか寝てただけだったけどな」
ふん、ともうひとりの青年が鼻を鳴らす。
彼も整った容姿をしていたが、目つきと口は悪そうだった。黒い髪と青い瞳、年のころは二十代半ばほどだろうか。やさしそうな青年もそのくらいで、困ったように笑っていた。
「それは申し訳ありませんでした。実は私、ボールドウィン伯爵のお屋敷に行く途中で」
「ボールドウィン?」
途端、青年が妙なものでも食べたような顔になった。
「はい、お屋敷の使用人になろうと思って。紹介状もあります」
「……ちょっと見せてもらえるかな」
金髪の青年に言われるまま、持っていた紹介状を手渡す。黒髪の男が明かりを添えて、紙が読めるようにした。ざっと目を通すと、青年は深々と息を吐いた。
「まったく……しょうがないな」
「え?」
「行き先がボールドウィンなら、おいで。馬車で行こう」
「おい、ウィル!」
黒髪の青年が咎める声を出したが、ウィルと呼ばれた青年は動じなかった。
「徒歩の女の子が、こんな場所に、たったひとりで、安全なはずないだろう。君が止めても連れて行くし、何なら僕が降りてもいい。ひとり降りるか、二人降りるか、それとも三人そろって行くか。どれにする?」
「お前なあ……」
がりがりと頭をかいたが、彼は仕方なさげにこちらを見た。
「おい、チビ」
「ふぁいっ?」
「特別に乗せて行ってやる。ただし、妙な勘違いはするなよ。こいつは底抜けのお人好しで、度の過ぎた善人で、悪魔も逃げ出すレベルの間抜けだ。いいな」
ぎろり、と青い瞳でにらまれる。
「は、はい」
「返事は短く!」
「はいっ!」
慌てて背筋を伸ばすと、たしなめるような声がした。
「ルカ、女の子にはもっとやさしく」
「ガキにはこのくらいでいいんだよ。なあ、チビ?」
「あはははは……」
ガキではなく十六歳なのだが、どうやらもっと年下に見られているようだ。
訂正するのもなんなので、レティは笑ってごまかした。
「じゃあ、馬車まで歩こうか。足元が暗いから注意して」
そう言うと、当たり前のように手を取られる。あまりにもスマートなエスコートに、レティはちょっと見とれてしまった。
「出た、無自覚タラシ野郎」
「余計なことを言ってないで、彼女の荷物を持ってついてくるように。屋敷に着いたら、温かいお茶を準備させるよ」
柔らかく微笑まれ、レティは目をぱちくりさせる。
(ええと……これは一体)
もちろん誰も知るはずがなかった。
二頭立ての馬車には、精緻な模様が刻まれていた。
グレーデ家よりもよほど立派だ。中の装飾も見事で、座席もふかふか。聞けば、綿と布地を詰めてあるらしい。王都で流行のスタイルで、長旅も辛くはないそうだ。
夢のような柔らかさに陶然としていると、ウィルと呼ばれた青年が苦笑した。
「そんなに気に入った?」
「は、はい」
「畏まらなくていいよ。どうせ同じ場所に行くんだ。ついでだよ」
「犬猫拾ってくるのと同じにするんじゃねーよ。んっとにお前は昔から……」
ぶつぶつと言う青年は、まだ不満らしい。じろりとにらまれて、レティは思わず身をすくめた。
「ルカ、女の子を脅さない」
「こんなチビが女のうちに入るか。女はせいぜい十六からだ」
じゃあ入るんだけどな……と思ったが、黙っておく。余計な事は言わないに限る。
ひたすら身を縮めていると、ぽんぽん、と頭に手が置かれた。
「大丈夫だよ。ルカは目つきと口が悪いけど、性格はそれほど悪くないから」
「おい」
「ちなみに僕はどっちもいいから、何かあったらすぐおいで。特に、ルカにいじめられたらね」
よく分からなかったが、とりあえず頷く。彼の方がやさしそうだ。
「紹介状にもあったけど、君は実家がないの?」
「……は、はい」
「身寄りもないし、住む場所もない、か……。その年で苦労したんだね」
いや実は身寄りはある事にはあるし、ちょっと前まで住む場所もあったはずなんですが――という事は言わないでおく。どの道、戻っても受け入れてくれないだろう。レティも最初から期待してない。
ただし、これから働く事になるお屋敷の事は知りたかった。
「ボールドウィン伯爵は、どんな方ですか?」
「……そうだね、常識のある人だよ」
「いや非常識だな」
「おやさしい方ですか?」
「そうだね、人並みには」
「ゲロ甘くて吐きそうなほどの博愛主義だな。愛が重くてクソウゼえ」
「げろ……?」
首をかしげると、「ルカ」と名前を呼ぶ声がする。直後、黒髪の青年が「うっ」と顔をゆがめた。
「てめ……足……」
「何の話かな? とにかく、心配することはないよ。彼が君を傷つけることは一切ない。働くのに不自由はないはずだ」
「そうですか……」
それだけ聞けば十分だった。
目の端で金髪の青年が黒髪の青年の足をぐりぐりと踏みつけているような気がするが、全力で見なかった事にしよう。
それよりも、やっておかなければいけない事がある。
「あの、言い忘れました」
両手をそろえ、レティは二人をまっすぐに見た。
「助けてくださって、ありがとうございました。このご恩は忘れません。私、精一杯お仕えします」
深々と礼をすると、男二人はちょっとだけ面食らった顔になり――
「もちろんだよ、歓迎する」
「……まあ、その、頑張れよ」
と、励ましの言葉をくれたのだった。
お読みいただきありがとうございます。レティ、捕獲されました。




