一刻の猶予もありません
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「状況は?」
「グレーデに作物の買い付けに行った商人が発見したようです。家中が閉め切られ、無事な村人も疲弊しているようです。体力がなくなれば、遠からず彼らも同じことに……」
歩きながら尋ねるルカに、伝言役の青年があたふたと答える。ノックもせずに扉を開けると、そこには厳しい顔のウィルがいた。その近くでは数名の人間が動き回っている。
「ちょうどよかった。ルカ、村の人数は?」
「大体百五十人から三百人ってとこだな。さすがに詳しい人数までは把握してねえ」
「十分だ。レティ、咳流行りに効く薬はある?」
「基本は予防薬だけです。飲めば多少症状は和らぐとは思いますが、あれに効く薬は……」
正直、ない。
「それでもいい。できる限り用意してくれないか。準備でき次第、人を向かわせる」
「分かりました」
「あとは熱冷ましと、吐き止めの薬も。……他に効きそうなものは?」
「そうですね……。グレーデでは毎年予防薬が出回っていましたから、場合によってはその原料が使えるかもしれません」
薬そのものより効き目は落ちるだろうが、その分手軽だし、多くの人に行き渡る。
「頼めるかい?」
「もちろんです!」
あそこにはパメラだっているのだ。
喘息持ちの彼女にとって、咳流行りは命取りだ。頼みの綱は、事前に渡しておいた予防薬の飴だが、根本的な治療にはならない。もし罹ったら、ひとたまりもないだろう。
「事情が事情だから、領主への挨拶は省こう。半数はボールドウィン、残りの半数はグレーデに向かえ。ボールドウィンでの作業を終え次第、グレーデに合流する。急げ!」
ウィルの指示で、彼らが一斉に動き出す。
(パメラ、無事でいて)
不安が込み上げてきて、レティは両手を握りしめた。
「ウィルさま、私も行きた――」
言いかけて口をつぐむ。
「……いえ、なんでもないです」
予防薬を作れるのはレティだけだ。やみくもに向かうより、ここでひとつでも多くの薬を作らなければ。もはや待っている時間も惜しい。
あの村に住んでいた人の顔を、レティはほとんど知らない。
それでも、あの村は両親が大切にしていた領地で、今も大切な人達が住んでいる。
だから。
(自分の仕事は……きっちりこなす!)
ごしごしと目をぬぐうと、ぽんと頭に手が置かれた。――二つ分、だった。
「大丈夫、きっと助ける」
「心配すんな、チビ」
ウィルが微笑み、ルカが決まり悪そうに横を向いている。
レティは笑顔で頷いた。
「……はい!」
***
慌ただしくレティが駆けていくと、ウィルはすぐに微笑みを消した。
「ルカ、死者は?」
「今のところはいない。……ただ、微妙なとこだな。ここから被害が跳ね上がるのが、咳流行りの特徴だ」
「うちの領地は?」
「森があるせいで、そんなには広がってない。出ても症状が軽いから、死ぬことはないだろう。油断はできないが、問題ない。それよりグレーデの方がずっと悪い」
「珍しいな。あそこはうちと逆で、咳流行りはほとんど起こらないはずなのに」
流行病に罹らない理由について、何度か村人に尋ねてみたが、誰も心当たりはなかったようで、有益な情報は得られなかった。大した予防もしていなかった分、いざ流行すれば被害が大きいのだろう。気の毒だが、どうしようもない。
「枯れ大樹の加護、か。……まさかな」
「ウィル?」
「おとぎ話だよ。ここに緑の乙女はいない」
グレーデ領には、緑の葉を失った大木がある。
決して枯れず、朽ち果てる事なく、緑だけが永遠に失われた大樹。それをよみがえらせるのもまた、グレーデの血を引く娘だけだ。それは緑の乙女と呼ばれ、今も語り継がれている。
ボールドウィンにもフォンドアにも、おそらくドルキアンにも似たような伝説がある。詳細は異なっているのは、それぞれ断片的に伝わっているせいだろう。
おそらく元になった木は同じだ。
今はグレーデにあるはずの、永遠に失われた緑の大樹。
木はすべての葉を落とした今も、グレーデの領地を守っている。
だから、グレーデに流行病は起こらない。
もしも起こった時は、黄金の果実が実ってくれる。
ごく一部の人間だけが知っている、他愛もないおとぎ話だ。
「レティは辛いだろうな。なんといっても、身内だ」
「チビが泣いたら寝覚めが悪い。できる限りはやってやるよ」
「君は本当に小さい子に甘いよね」
「どっちがだ」
「子供にはできる限りの愛情をかけるものだと、うちの家訓には書いてある」
胸を張ったウィルに、ルカはげんなりと息を吐いた。
「……へいへい。勝手にしてくれ」
レティは十六歳なのだが、多分、二人とも忘れている。
それでも女の子を泣かせる趣味はなかった。それがたとえ、小さな子供ではなかったとしても。
お読みいただきありがとうございます。ルカの情報処理能力がめっちゃ高い。




