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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と黄金の果実

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29/93

一刻の猶予もありません



    ***

    ***



「状況は?」

「グレーデに作物の買い付けに行った商人が発見したようです。家中が閉め切られ、無事な村人も疲弊しているようです。体力がなくなれば、遠からず彼らも同じことに……」


 歩きながら尋ねるルカに、伝言役の青年があたふたと答える。ノックもせずに扉を開けると、そこには厳しい顔のウィルがいた。その近くでは数名の人間が動き回っている。


「ちょうどよかった。ルカ、村の人数は?」

「大体百五十人から三百人ってとこだな。さすがに詳しい人数までは把握してねえ」

「十分だ。レティ、咳流行りに効く薬はある?」

「基本は予防薬だけです。飲めば多少症状は和らぐとは思いますが、あれに効く薬は……」


 正直、ない。


「それでもいい。できる限り用意してくれないか。準備でき次第、人を向かわせる」

「分かりました」

「あとは熱冷ましと、吐き止めの薬も。……他に効きそうなものは?」

「そうですね……。グレーデでは毎年予防薬が出回っていましたから、場合によってはその原料が使えるかもしれません」


 薬そのものより効き目は落ちるだろうが、その分手軽だし、多くの人に行き渡る。


「頼めるかい?」

「もちろんです!」


 あそこにはパメラだっているのだ。

 喘息持ちの彼女にとって、咳流行りは命取りだ。頼みの綱は、事前に渡しておいた予防薬の飴だが、根本的な治療にはならない。もし罹ったら、ひとたまりもないだろう。


「事情が事情だから、領主への挨拶は省こう。半数はボールドウィン、残りの半数はグレーデに向かえ。ボールドウィンでの作業を終え次第、グレーデに合流する。急げ!」

 ウィルの指示で、彼らが一斉に動き出す。


(パメラ、無事でいて)


 不安が込み上げてきて、レティは両手を握りしめた。

「ウィルさま、私も行きた――」

 言いかけて口をつぐむ。

「……いえ、なんでもないです」


 予防薬を作れるのはレティだけだ。やみくもに向かうより、ここでひとつでも多くの薬を作らなければ。もはや待っている時間も惜しい。

 あの村に住んでいた人の顔を、レティはほとんど知らない。

 それでも、あの村は両親が大切にしていた領地で、今も大切な人達が住んでいる。

 だから。


(自分の仕事は……きっちりこなす!)

 ごしごしと目をぬぐうと、ぽんと頭に手が置かれた。――二つ分、だった。


「大丈夫、きっと助ける」

「心配すんな、チビ」


 ウィルが微笑み、ルカが決まり悪そうに横を向いている。

 レティは笑顔で頷いた。


「……はい!」



    ***



 慌ただしくレティが駆けていくと、ウィルはすぐに微笑みを消した。


「ルカ、死者は?」

「今のところはいない。……ただ、微妙なとこだな。ここから被害が跳ね上がるのが、咳流行りの特徴だ」

「うちの領地は?」

「森があるせいで、そんなには広がってない。出ても症状が軽いから、死ぬことはないだろう。油断はできないが、問題ない。それよりグレーデの方がずっと悪い」

「珍しいな。あそこはうちと逆で、咳流行りはほとんど起こらないはずなのに」


 流行病に罹らない理由について、何度か村人に尋ねてみたが、誰も心当たりはなかったようで、有益な情報は得られなかった。大した予防もしていなかった分、いざ流行すれば被害が大きいのだろう。気の毒だが、どうしようもない。


「枯れ大樹の加護、か。……まさかな」

「ウィル?」

「おとぎ話だよ。ここに緑の乙女はいない」


 グレーデ領には、緑の葉を失った大木がある。

 決して枯れず、朽ち果てる事なく、緑だけが永遠に失われた大樹。それをよみがえらせるのもまた、グレーデの血を引く娘だけだ。それは緑の乙女と呼ばれ、今も語り継がれている。


 ボールドウィンにもフォンドアにも、おそらくドルキアンにも似たような伝説がある。詳細は異なっているのは、それぞれ断片的に伝わっているせいだろう。

 おそらく元になった木は同じだ。

 今はグレーデにあるはずの、永遠に失われた緑の大樹。


 木はすべての葉を落とした今も、グレーデの領地を守っている。

 だから、グレーデに流行病は起こらない。

 もしも起こった時は、黄金の果実が実ってくれる。

 ごく一部の人間だけが知っている、他愛もないおとぎ話だ。


「レティは辛いだろうな。なんといっても、身内だ」

「チビが泣いたら寝覚めが悪い。できる限りはやってやるよ」

「君は本当に小さい子に甘いよね」

「どっちがだ」

「子供にはできる限りの愛情をかけるものだと、うちの家訓には書いてある」


 胸を張ったウィルに、ルカはげんなりと息を吐いた。

「……へいへい。勝手にしてくれ」


 レティは十六歳なのだが、多分、二人とも忘れている。

 それでも女の子を泣かせる趣味はなかった。それがたとえ、小さな子供ではなかったとしても。

お読みいただきありがとうございます。ルカの情報処理能力がめっちゃ高い。

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