新たな出会いがありました
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彼らがそんな事をしているとはつゆ知らず、レティは今日も働いていた。
薬草を刻んで煮詰め、すり潰し、あるいは干して、必要な薬を調合する。
マロリーとヒルダに渡したのは、いつも使っていた美肌の薬だった。
遠目からでも二人の肌は荒れていた。先日押しかけてきたのも、そのせいに違いない。
そもそも、食事や生活習慣を変えれば大分ましになるはずだが、二人とも聞く耳を持たなかった。こうなっては、薬もそこまで効果がない。努力も多少は必要だ。
(まあ、少しはよくなると思うけど……)
これでもう来ないでほしい。
なんなら販売しているので、今後はそちらで買ってほしい。
そう思っていると、「こんにちは、お嬢さん」と声をかけられた。
「突然すまないね。お嬢さんが、ここの領主さまのお抱え薬草師さんかい?」
「は、はい。そうです」
「ずいぶん若いんだね。こんな子供が、あんなにすごい薬を作れるのか」
立っていたのは、農夫姿の老人だった。
腰が曲がり、大きめの杖をついている。みすぼらしい恰好をしているが、知的な目は好奇心に輝き、白いひげを蓄えた口元には笑みがある。レティもスカートをつまんで挨拶した。
「初めまして、レティシアと申します。……あの、何かご用では?」
「分かるのかい?」
「よくいらっしゃいますから。ウィルさま……ボールドウィン伯爵も、許可を出してくださいました」
普通なら考えられないが、何しろお客の数が多い。促すと、彼はちょっと眉を下げた。
「実は、腰が痛くてね。夜も眠れないんだよ」
「それはお気の毒に。どのように痛みますか?」
「立ったり座ったりすると、針で刺されたように痛むんだ。年齢のせいだと言われたがね。どうにも辛くて」
「でしたら、湿布が効くかもしれませんね。ちょうどできたばかりのがあるから、よかったら使ってみてください。飲み薬もお出しします」
湿布は頼まれる事が多かったので、作り置きも多少はある。飲み薬も包むと、彼は困った顔になった。
「だがね、お嬢さん。わしはこの通り、払えるものがないんだよ」
「かまいませんよ。伯爵がそれでいいとおっしゃるので」
「伯爵が?」
「少しずつ薬が行き渡って、みんなが元気になるのがお望みだそうです。私もいいと思います!」
老人は目を丸くしていたが、やがて相好を崩すと、丁寧に頭を下げた。
「ありがとう、お嬢さん。とても助かるよ」
「どういたしまして」
「よかったら、何かお礼がしたいな。わしにできることはないかい?」
遠慮しようと思ったが、ふとレティは思い直した。
「おじいさんは、植物のことに詳しいですか?」
「ああ、まあ、一応は」
「でしたら、見てほしいものがあるんです」
老人を連れてきたのは、枯れ大樹の枝を植えた場所だった。
「これは……?」
「枯れていますが、生きてます。といっても、本体は別の場所にありますが」
グレーデの人間ならともかく、ボールドウィン領で枯れ大樹の話をしても通じない。出身地は伏せたまま、かいつまんで事情を説明し、枯れ枝から光が飛ばない事を話した。
「向こうで何かあったんじゃないかと思ったんですが、どうもそうではないようですし。思えばこの土地も、少し妙なところがあって」
「妙なところ、とは?」
「うまく言えないんですが……もっと元気になるはずなのに、その勢いがせき止められているというか、どこかに蓄えられているような、変な感じで」
本来ならば領地に還元されるはずのエネルギーが、どこかで止まっている感じだ。
「……なるほど。地力溜まりかな」
「地力溜まり……ですか?」
初めて聞く言葉だ。老人は軽く頷いた。
「ボールドウィン領に限らないが、この国にはままあることでね。どこか一か所に大地の力が溜まってしまい、他の場所に行き渡らなくなるのさ。人々は呪いのせいなどと言うがね。わしらにしてみれば、自然のいたずらさ」
「どうしたらいいんでしょう?」
「地力溜まりには二つの原因がある。ひとつは土地の均衡が悪いこと。もうひとつは、溜めておかなければならない理由がある場合だ」
そちらの方は厄介だと、老人が顎をなでる。
「理由があってそうしているから、何を改善しても意味がない。多少は改善するだろうがね。厄介なことに、人間がしたわけでもないから、我々にはどうしようもない。大いなるお力のなさることだよ」
「……じゃあ、どうにもならないんですか?」
「そうは言っていないよ、お嬢さん」
老人はしわだらけの顔で微笑んだ。
「その理由が解決すれば、地力溜まりも解消される。そうすれば問題はなくなるだろう。ただし、地力溜まりの原因が貯蓄――そうだな、発芽や成長のためだとしたら、目的を果たせば、溜まっていた力が空っぽになってしまうがね」
それはそれで必要な事だと、老人は丁寧に教えてくれた。
「それだけの力が必要なくらい、大切なものということだよ。わしの見たところ、土地の均衡は悪くない。もう少し待ってみてもいいんじゃないかね?」
「そうですか……」
彼の言葉には重みがあった。長年土に触れている人間の意見だ。聞いておくべきかもしれない。
「ところで、その枯れ枝は……もしかすると、グレーデ領にある、伝説の?」
「ご存じなんですか?」
レティの目が丸くなる。老人はもっと目を見張っていた。
「なるほど……。先ほど話を聞いた時、妙な気がしたものだが。やはりそうだったのか。これが、あの失われた緑の大樹の枝……」
「いえ、あの、枯れ枝ですが」
「そんなことは問題ではないのだよ、お嬢さん」
老人の目はきらきらと輝いている。先ほどとは違う意味で、好奇心を刺激されているらしい。
「大樹の枝は、領地の外に持ち出すことができない。できてもすぐに枯れてしまう。本来の意味でね。持ち出すことができるのは、グレーデ領主の血を引く人間だけだ」
「そうなんですか?」
初めて聞いた。
触っても? と聞かれ、レティは頷いた。
「根がついているわけではないのだね。それでいて、土によく馴染んでいる。一見枯れているようだが、本当には枯れていない。まさかもう一度、この枝を見ることになろうとは……」
「おじいさん、枯れ大樹を見たことがあるんですか?」
「ほんの子供のころにね」
あの時と同じだと、大切そうに枝に触れる。
「この枝はお嬢さんのことが好きなようだ。光が飛ばないのも、何か理由があるんだろう。その時が来れば分かるはずだ。大丈夫だから、待っているといい」
「はい!」
レティは元気よく頷いた。
お読みいただきありがとうございます。アドバイスをいただきました。




