さあ、お喋りの時間です
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――そう決意はしてみたものの。
実際は何ひとつ収穫がなく、マロリーは焦りを覚えていた。
(やっぱり気のせいだったのかしら。薬も偶然だったというの?)
ボールドウィン伯爵の様子には、ひとつもおかしなところがない。隠し事をしている風でもなく、いたって紳士的で品がいい。ヒルダは完全に心を持っていかれてしまっている。
フォンドア子爵は身分こそ上だが、それほど突出した容姿ではない。目つきも鋭すぎるし、表情も乏しく、年齢も三十近い。もっと若くて見目のいい相手にときめくのは当然だ。
だとしても、別の男性と婚約関係にある娘が、よだれを垂らしそうな顔で別の男性を見つめているのは――少しばかりいただけない。
「ウィルフレッドさまは、まだ決まったお相手がいらっしゃいませんの?」
「そうですね、独身なのは確かです」
「それはもったいないですわ。こんなに素敵な方なのに」
ウイルは穏やかに躱しているが、ヒルダは露骨に迫っている。ルカがひっそりと顔をしかめていたが、気づかれるようなへまはしなかった。
ウィルの巧みな話術によって、レティシア・グレーデがこの十年どういう扱いを受けていたか、およその事情は聞き出していた。どうやって屋敷を追い出したかは、聞くまでもなく承知している。
もちろん、彼女達は嘘を重ねていたが、そんなものは見破れる。おかげでレティシア・グレーデに何があったか、二人はほとんど知ってしまった。ウィルは穏やかに微笑んでいるが、ルカはちょっと目が冷たい。そして、眉間のしわがいつも以上に深い。
「……ち。久々に胸糞悪い」
「何かおっしゃいまして?」
「いいえ、風の歌声でしょう」
ヒルダに微笑みかけながら、ルカは内心で毒づいていた。多分、罵倒の方が近い。
ウィルは完璧な外側の顔を崩さないが、内心はどう思っている事か。
それにしても、とルカはこっそり嘆息した。
今後の展開は予想しているが、思った以上に会話が長い。とっくに準備はできているはずなのに、何をもたもたしているのか。
それとも――他に何か、企んでいる事でも。
そんな内心を知ってか知らずか、ウィルは柔らかく切り出した。
「では――仮にレティシア嬢が見つかっても、正式な男爵家の人間ではないと?」
「そうですわ。今さらあの子が戻っても、居場所なんてありませんもの。せいぜいよく効く薬を作って、わたくしたちに使ってもらうことくらいですわ」
「大樹の世話はどうするんです?」
「それはあの子がやりますでしょう。家に置いてやるのだから、そのくらいは役に立ってもらいませんと」
「ヒルダ嬢が嫁ぎ先で、何か言われる可能性もあるのでは? 緑の乙女は、話を聞く限り、レティシア嬢に当てはまるように思えるのですが」
「ああ、それですけれど」
そこでちょっと顔をしかめ、マロリーが嫌そうに口を開いた。
「もしそうなったら、レティに身代わりをさせればよろしいでしょう。夜中のうちに済ませれば、誰も気づきませんわ。そもそも、枯れ枝に花を咲かせるだなんて、そんな話があるはずないですもの」
「なるほど――そうですね」
ウィルは感心したように聞いている。
先ほどからずっと、彼女達は言ってはいけない内容まで口にしている。だが、二人ともそれに気づかない。最初のうちは嘘で飾っても、そのうち剥がれてくるものだ。それに気づかず――正確には気づかないふりをして――話したい方向に水を向ける。時折、微笑みや褒め言葉を織り交ぜて。
口で言うのは簡単でも、実行するのは難しい。隣で聞いていても、いつそこにたどり着いたのか分からない。
けれど、ウィルにはそれができる。
いつの間にか必要な情報を手に入れて、いつの間にか固く閉じた口を割らせ、いつの間にかすべてを手中に収める。いつ見ても寒気が走る。絶対に敵に回したくない。
ボールドウィン伯爵が底抜けのお人好しなのは嘘じゃない。あの一族は押しなべて善人だし、思いやりがあり、慈悲深い。特に老人や女子供には甘い。過ぎるほどにやさしい。過保護だと言ってもいい。正直な事を言えば、ぶん殴ってやろうかと思った事さえ何度かある。
――だが、無能ではない。
敵と認定した相手に対する報復は、その善人ぶりを打ち消して余りある。そして彼は今、目の前の彼女達に対して、非常に思うところがあるはずだ。
そんな彼の手にかかれば、口の軽い女性二人の秘密などなんでもなかった。
今も秘密だったはずの「緑の乙女」について、二人が競って話している。
「あれからいろいろと調べましたの。フォンドア子爵家に伝わる話というのは本当のようですわ。枯れ枝に花を咲かせたとか、領地を緑で満たしたとか。ほとんどがでたらめでしょうけれど、金色の乙女とも呼ばれているようです。おまけに――流行病に効く、黄金の果実を実らせたとか」
「黄金の果実?」
「詳しくは分かりませんけれど、そういう話が残っているそうですわ」
それを聞き、ウィルが少し考え込んだ。
「フォンドア領は、グレーデともボールドウィンとも地続きでしたね」
「え? ええ、そうですわね」
「実は、ボールドウィン領にも同じような話が伝わっているのですよ。こちらは乙女ではなく、枯れてしまった大樹の話ですが」
「まあ、そうですの?」
「緑の乙女というのは素敵だ。もしかして、フォンドア子爵家だけではなく、我がボールドウィン伯爵家とも深いかかわりがあるのでは?」
透き通るような瞳に見つめられ、マロリーはごくりと息を呑んだ。
ヒルダも魅入られたように見惚れている。
もしかして――と二人は思った。
彼は緑の乙女、ひいてはグレーデ家の令嬢に、深い興味があるのでは?
もしそうなら、フォンドア子爵など足元にも及ばない。こちらの方がずっといい。
もし――もし、このままうまく話が運んだら。
二人がそう夢見るのも当然であった。
「ご迷惑でなければ、一度そちらのお屋敷にお伺いしてもよろしいでしょうか。ぜひ本物の大樹を見てみたいのです」
「そ、それはもう……!」
彼女達がこくこくと頷く。
「それはよかった」
ウィルはにっこりと微笑んだ。
――その背後に悪魔のしっぽが見えたのは、気のせいではない。
お読みいただきありがとうございます。色々お話しいただきました。




