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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と嵐の到来

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23/93

彼女達の思惑は(兼、そのころの彼女達は 4)



    ***



 ――だが、実際は。


 貧乏男爵家とは比べ物にならない広い屋敷、広大な領地には緑が芽吹き、柔らかな花の香りが漂ってくる。

 根絶やし伯爵という噂を聞いて、内心で馬鹿にしていた隣の領地は、想像以上に立派だった。自領とのあまりの違いに、ぽかんと口を開けるしかない。

 使用人の数は歴然の差、男爵家どころか、フォンドア子爵よりもずっと上だ。


 そして――何よりも、その容姿。


 ボールドウィン伯爵が代替わりしたのは少し前の事だ。見栄えのする青年だという話は聞いた事があったが、ここまでとは思わなかった。おまけに、従者と名乗った青年まで見目麗しく、人妻である自分をお姫様扱いしてくれる。

 年頃のヒルダはもっと露骨にうっとりしていた。


 ――ああもう、できれば万全の状態で出会いたかったわ。もっと美しい肌で、化粧もちゃんとして……。


 それもこれもあの、使用人同然の娘のせいだ。

(……おまけに)

 肌の悪化と同じくらい、グレーデ家は厄介な問題を抱えていた。


 それは、レティを追い出した直後の事だった。

 屋敷を訪れたフォンドア子爵が、何気なく言ったのだ。


「ところで、お宅にある大樹を見せていただきたいのだが」

「……枯れ大樹のことですか?」


 妙な事を言うものだと思ったが、枯れ大樹は村人でも知っている有名な木だ。単に興味を覚えたのだろうと思い、快く案内した。フォンドア子爵は興味深そうにそれを見ていた。


 次に屋敷を訪れた時も、彼は大樹を見たがった。

 その次も、その次も――そのまた次にも。


 ここまで続くと、さすがに気になってくる。


 そもそも、子爵がこんなに頻繁に男爵家を訪れる事などついぞなかった。何の気まぐれだと思っていたが、その理由はひょんな事から判明した。


「ところで、ヒルダ嬢はこの大樹を受け継いでいるそうだが」

「は? え……あの」

「正確に言えば、祈りを捧げているのだろう。朝晩欠かさず続けているとか。とてもけなげな方だな」


 感心した顔で大樹を見上げる子爵に、マロリーも夫のグレーデ男爵も居心地悪そうな顔をしている。

 娘のヒルダは日焼けを嫌い、屋敷の中にこもっている。当然、大樹の世話をした事など一度もない。土いじりも苦手だし、虫も大嫌いだ。おまけに、なまじこの木に近づくと、ろくな目に遭わない事が多いため、今は近づく事さえ嫌っている。マロリーも同様だ。

 ヒルダがフォンドア子爵に嫁ぎ、諸々の事が片づいたら、切り倒してしまおうかとさえ思っていた。


 目の前のフォンドア子爵は、何度も木に触れている。

 単に枯れていないだけの丸裸の木だが、その手つきがいやに丁寧だ。


「あ、あのう、失礼ですが、この木が何か……?」

「結婚してからとは思ったのだが、実は、祖父から聞いた話があるんだ。緑の乙女、という名前をご存じか?」


 マロリーには初耳だ。夫を見ると、彼も首を振っている。どうやら男爵も知らない事らしい。


「この大樹には及ばないが、我が子爵家にも似たような話がある。緑の乙女が触れると、枯れ木がたちどころによみがえるというものだ。それが――どうやらグレーデ領の大樹を受け継ぐ令嬢のことらしいと」

「そ……れはまた、奇遇ですこと」


 ほほほ、とマロリーが笑ったが、その顔は明らかに引きつっていた。


「ですが、それは言い伝えでしょう? いくらなんでも、触れるだけでは……」

「私もそう思っていたのだが、どうもそうではないようだ」


 そう言うと、子爵は目を輝かせた。


「私の祖父が子供のころ、確かにその光景を見たと言う。相手はグレーデからやってきた令嬢だった。彼女は秘密よと耳打ちして、枯れ枝に花を咲かせたそうだ。祖父はすっかり感激して、今回の婚礼でヒルダ嬢を迎え入れると聞いた時は、ずいぶん喜んでいたものだ」

「そ、そうですの……」


 マロリーがまたほほほと笑う。その顔は先ほどよりも引きつっている。


 フォンドア子爵の祖父と言えば、身分の上下を問わず、絶大な権力を誇る陰の実力者だ。表舞台は退いたものの、今でもその影響力は計り知れない。


 彼の目の前で、ヒルダが枯れ木をよみがえらせる事にでもなったら。


 いや、今のはただのおとぎ話だ。本当に花が咲くはずはない。

 大方、老人の昔話に尾ひれがつき、あり得ない話になったのだろう。そうだ、そうに決まっている。

 そう言い聞かせてはみたものの、一抹の不安はぬぐえなかった。


「ところで今日、ヒルダ嬢は?」

「ヒ、ヒルダは少し気分がすぐれないようでして。子爵様に失礼があってはいけないと……」


「そうだったのか。では、何か見舞いの品を届けさせよう。そういえば、グレーデ男爵夫人も今日はお顔の色がすぐれないようだ。なんだか、いつもより白いような……」

「え、ええ。実はわたくしも少し気分がすぐれなく……」


 本当は厚塗りの結果だが、青ざめた顔も隠してくれて助かった。


「それは失礼した。今日はこれでお(いとま)しよう。また近いうちに」

 子爵が帰っていくと、マロリーはその場にへたり込んだ。

「……なんてこと」


 美肌だけでなく、こんな問題が持ち上がるなんて。

 こうなったら、なんとしてもレティを連れ戻さなければ。


 あの娘の口から、そんなものはでたらめだと言わせればいい。レティにも花を咲かせた経験はないはずだ。たとえあっても、脅してでも口止めすればいい。


 万が一――本当に万が一、ヒルダに疑いがかけられる事になったら。


 枯れ大樹の世話をしていたのはレティだ。緑の乙女が本当なら、それはヒルダではない。レティの方だ。

 そうなったら、ヒルダの結婚は。

 いやそれどころか、男爵家の命運は。


(……どうにかしてみせるわ……)


 先代男爵の娘を追い出し、枯れ大樹の世話を取り上げたあげく、一度も世話をしていない。レティへの数々の仕打ちが明るみに出れば、誇張ではなく、身の破滅だ。そんな事はさせるものか。絶対に、何があっても。

 まずはあの娘の捕獲だと、マロリーは決意を固くした。

お読みいただきありがとうございます。あの、すでに捕獲されています(伯爵家に)。

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