歓談は続きます(兼、そのころの彼女達は 3)
客間での歓談は、つつがなく続けられていた。
「では、ヒルダ嬢はフォンドア子爵とのご婚礼を控えておられるのですね。それは残念だ。彼に嫉妬してしまいそうです」
「およしくださいませ。本気にしてしまいますわ」
「フォンドア子爵も幸せな方ですね。こんなにお美しい方を妻にできるなんて」
微笑みかけられ、ヒルダがぽっと頬を染める。
先ほどまでの威圧感を消し去ると、彼は容姿端麗な青年だった。
表情も声も柔らかで、指先の動きさえも美しい。優雅とは、この人のためにあるような言葉だと言っても過言ではない。
マロリーもヒルダもうっとりとして、彼の事を見つめていた。
「それで、先ほどのお話ですが。レティシア嬢が行方不明になってから――どうしたと?」
「ええ、信じられないことなのですが……枯れ大樹が、枝を落としているのです」
マロリーが忌々しげに眉をひそめる。
「あの木は歴代の領主が大切にしていたものですが、あの子が出しゃばって世話をしていて。持ち主がヒルダに替わってからも、ずっとしゃしゃり出ていたんですの。あの子が出て行って、ようやく落ち着くと思いましたのに……」
悔しげに唇を噛みしめているが、実際は違う。レティは代替わりをしなければと進言したが、聞き入れなかったのはマロリーだ。ヒルダにも言ったが、彼女は鼻で笑っただけだった。パメラは聞いてくれたが、彼女は代替わりの相手ではない。結局、世話はレティの役目になった。……それなのに追い出されたのは、今となっても解せない。
「世話というのは?」
「祈るだけです。毎朝毎晩、欠かさず祈りを捧げますの」
何か異変があったら、その分長く祈る。基本はそれだけでいい。土や水の管理も行うが、それほど手間はかからない。大樹は丈夫だ。けれど、世話をしないと機嫌を損ねる。
だが、マロリーもヒルダも、一度も祈っていなかった。
それでも問題はなかったはずなのに、ここにきて、大樹が枯れ始めている。
「そのせいかどうか、領地の実りも最近は今ひとつで。本当に腹立たしいことですわ」
「それは……大変ですね」
「でしょう? ですから、何が何でもあの子を連れ帰らなければなりませんの。それに……」
「それに?」
聞き返すと、マロリーは慌てたように口をつぐんだ。
「い、いいえ。なんでもございませんわ」
ヒルダもまずいという顔をしている。
二人の様子を無言で眺め、ウィルはにっこりと手を差し伸べた。
「よかったら、もう一杯お茶を召し上がりませんか?」
***
***
話は、そのしばらく前に遡る――。
マロリーとヒルダの肌はますます悪化し、白粉が手放せなくなっていた。
高価な薬や美容液もさんざん試したが、あの娘の薬には遠く及ばない。飲み薬だけでなく、肌に直接塗る薬も良かった。誰にも教えず、優越感に浸っていたものだ。
――それなのに、今は。
「なんなのよ、この肌は……」
あれほど馬鹿にしていたシミだらけの肌。それよりも、もっとひどい。
小じわだらけの目じりに、荒れてひび割れた唇。透き通るように白く、しっとりと瑞々しかったはずの肌は、今は見る影もない。それは娘のヒルダも同様だった。
「なんで消えないのよ、この、このっ!」
半泣きになりながら、顔に白粉をはたきまくっている。だが、肌が荒れているせいでまばらにつき、余計にそばかすが浮いてくる。吹き出物はますます増えて、いくら顔を洗っても消えない。今では外出もためらうほどだ。
「なんなのよもう、嫌よこんなの! お母さま、なんとかして!」
「そんなこと言ったって、しょうがないでしょう。泣きたいのはこっちの方だわ」
「お母さまがあの子を追い出したからよ!」
「あなただって賛成したでしょう。わたくしのせいにしないでちょうだい!」
醜い親子喧嘩を繰り広げていると、「あの、奥様…」と、ひかえめな声がかかった。
「何よ、うるさいわね!」
「も、申し訳ございません。良い美容薬が隣の領地で広まっているという噂でしたので、ご命令通り、手に入れて参りました」
「あらそうなの、ご苦労さま」
それを聞き、マロリーがころりと態度を変える。
「よくやったわね。助かるわ」
「は、はい。光栄でございます」
恭しく差し出してきた召使いに小銭を握らせ、マロリーは小瓶を手に取った。
臭いをかぐと、妙な気がした。
(これは……?)
「ねえ、これはどう使うものなの?」
問いかけると、彼は緊張した顔で答えた。
「そちらは飲み薬になります。そのまま飲んでもよし、お茶に混ぜても効果があります。塗り薬は人気が高く、ほとんど売れてしまったそうですが、ここに少しだけ持って参りました。なんでも、領主お抱えの薬草師が、近くの領民に配っているもののようでして……」
「……そう……」
塗り薬も受け取り、紙包みを開ける。
鼻を近づけると、やはり覚えのある匂いがする。
手に取ってつけ、くんくんと丹念に臭いをかぐ。そっと頬に伸ばすと、驚くほど肌に馴染んだ。
(これは……!)
「お前、どこでこれを?」
「ぼ、ボールドウィン伯爵の領地です。妙に肌のきれいな使用人が多かったので、尋ねてみたところ、領地に広まっている美容薬があると……」
「ボールドウィン……?」
そこはレティに持たせた紹介状の場所だ。
間違いないと、マロリーは眉を吊り上げた。
「すぐに支度なさい。ボールドウィン伯爵家に乗り込むわよ!」
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