こんな方は知りません
最初にレティの口から出たのは、「……誰ですか?」という感想だった。
「ウィルフレッド様ですよ。よく一緒にお茶を飲んでいるでしょう」
「ウィルさまはもっとこう、ほわほわして、やさしくて、おいしいものを食べさせてくれる人で……」
「うん、間違ってはいませんが、ものすごく偏った人物評ですね」
見てください、と青年が言う。
「あれが領主、ひいてはボールドウィン伯爵としての『顔』です。ルーカス様と同様の外面ですが、これがもう、効果てきめんで」
しみじみと彼が頷いているが、レティはそれどころではなかった。
ルカは見た事のない顔で笑っているし、マロリーとヒルダは簡単に丸め込まれるし、ウィルに至っては別人だ。どうなっているのかと思ったが、どうも夢ではないらしい。
(信じられない……)
唖然とするレティをよそに、ようやく我に返ったらしいマロリーが口を開いた。
「と……突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただけて感謝しておりますわ。実はわたくしどもの家の娘が、こちらにお世話になっているとうかがったものですから」
「娘……ですか?」
「レティシアという名前ですの。レティシア・グレーデ。今年十六になる痩せっぽちの子で、みすぼらしい姿をしておりますわ。髪は小麦色、目の色は緑で、薬草の調合が得意ですの」
「十六歳……」
少し考える顔になった後、ウィルは小さく首を振った。
「残念ですが、何かの間違いでは? 当家にそのような人間はおりませんが」
「そんなはずはありません。こちらの領地で最近出回っているという数々の薬! あれはレティが作ったものに違いありません。わたくしには分かります!」
「レティシア嬢は、貴族の令嬢なのでしょう? そのような方が、薬草の調合を?」
「い、いえ、あの、本人の趣味でして……」
しまったとマロリーが口をつぐむ。
「なぜそのように思われるのか、見当もつきません。未婚の令嬢を、理由もなく他家に留め置くということは、年頃の令嬢にとって醜聞にも等しいはずだ。それとも――ボールドウィンが、そのような真似をしたとでも?」
「い……いえ、そういうわけではないのですけれど……」
静かな口調に、マロリーの勢いがなくなっていく。
「それに、確か社交界でお披露目があったのは、そちらのご息女だけだったのでは?」
若草色の瞳を向けられ、ヒルダがかすかに息を呑む。宝石のようにきらめく色は、ただ見つめられるだけで迫力があった。
「え……ええ。それは、そうなのですが……」
「あいにく、当家にも同じ名前の少女がおりますが、どう見積もっても十四歳以下だ。その子は薬草の調合が得意で、ずいぶん役に立ってくれていますよ。せっかくならと、領民にも配っているんです。その薬がよく似ているというなら、そうですね。参考にしていた本が同じだったのでは?」
「それは……」
「そもそも、どうして今さら? 人探しの話によれば、レティシア嬢が姿を消したのはひと月以上も前のはずだ。それだけの間放置していた相手を、なぜ今ごろになって探すんです?」
「それは、肌が……」
言いかけて、ヒルダがはっと口をつぐんだ。
「肌?」
「いえ、なんでもございません」
遠目からではよく分からなかったが、ヒルダの肌はそばかすが目立ち、マロリーもいつもより化粧が濃いようだった。髪もなんだか艶がなく、首筋の色もくすんでいる。
(……なるほど……)
彼女達が来た理由が分かった気がした。
「すみません、ちょっと席を外します」
「レティ?」
「暴れるようなら呼んでください。すぐ戻ります」
そう言うと、レティは身をひるがえした。
***
必要なものを持って戻る途中、入口の方が慌ただしくなった。
(おや……?)
一体何の騒ぎだろうか。
興味を覚えたものの、それどころではないと思い直し、レティはふたたび歩き出した。
部屋に戻ると、彼らは和やかに談笑していた。
「ただいま戻りました。あの、これをあの二人に――」
「どこに行ってたんですか!」
慌てた顔の青年に出迎えられ、レティは目をぱちくりさせた。
「はい?」
「先ほど指示がありました。急ぎますよ、早く支度にかかりましょう。向こうの部屋に行ってください!」
「いえ、あの、これをあそこにいる二人に――」
「あとでお渡ししておきます。急いで!」
急き立てられ、よく分からないまま頷く。
指定された部屋に行くと、そこでレティは目を見張った。
「……え?」
これは、一体。
ぽかんとしたレティの後ろから、黒い影が近づいてきた。
お読みいただきありがとうございます。外面は大事です(ウィル談)。