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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と嵐の到来

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20/93

嵐がやってまいりました

 


    ***



「だから! あの子を出せと言っているのよ。十六歳の娘で、名前はレティシア。皆からレティと呼ばれているわ。ここにいることは分かってるのよ!」

「そう言われましても、当家にそのような年齢の少女はおりませんが……」


 着飾った女性二人に詰め寄られているのは、この屋敷の執事だった。白髪を丁寧に整えた品のいい老人で、ピンと伸びた背筋が美しい。その理知的な顔は今、突然の(ちん)入者に困惑している。


「そんなはずはないわ。この領地で出回っている薬を手に入れたのよ。あれはあの子が作ったものだわ。レティシア・グレーデ。ここにかくまっているんでしょう。出しなさいよ!」


「……何の騒ぎだ?」

 こそっと聞いたルカに、伝言役の青年が声をひそめた。


「グレーデ男爵の奥方と、そのご令嬢だそうです。ちょっとご挨拶をというお話だったのですが、伯爵の支度ができるまでのお話し相手をしていたところ、急にお二人が豹変されて、あのようなことに……」


「豹変だぁ? 女は怖いなマジで」

 まあいいと、ルカが軽く襟元を直す。


「ウィルは?」

「今はお支度をしておられます。もうすぐいらっしゃるかと」

「伝言は?」

「しております。ちょうどこちらに用事があったようで、すぐに連絡がつきました」

「用件は?」

「先ほど申し上げた通り、人探しではないかと……。ご挨拶もその口実だったのではと、クレイヴさんが言っておられましたが」


 クレイヴというのは老執事の名前だ。分かったとルカが頷いた。

「あとは俺がやる。そこのチビを頼む」

「は、はいっ」


 息をつき、ルカは両手で髪をかき上げた。



「――お待たせしております。グレーデ男爵夫人、並びにご息女でいらっしゃいますね。名前を名乗る無礼をどうかお許しください」



 その瞬間、空気が変わった。



「お初にお目に掛かります。ルーカス・ガレッドと申します。ボールドウィン伯爵の従者をしております。今日の()き日にお目に掛かれた幸運を、心から嬉しく思っております」


 突然現れた美形の青年に、二人がぎょっと目を見張る。


 髪を整え、かすかな微笑を浮かべるルカは、うっとりするほど完璧な貴公子だった。凛々しい乗馬服が彼の魅力を引き立て、青い瞳が甘くとろける。立ち居振る舞いも洗練されて、優雅なのに隙がない。

 マロリーもヒルダもぽうっとしている。いきなりこんな美形が現れたのだから当然だ。

 その隙に執事をうまく逃がし、ルカは色気たっぷりに微笑んだ。


「可憐な唇に、乱暴な言葉は似合いませんよ。それよりお茶をいかがです?」

「そ……そうね。喉も渇いたし……」

「わたくしも興奮しすぎたわ。ね、お母さま」


 二人が髪と服を直し、いそいそと席に着く。

 それを見ながら、レティはあんぐりと口を開けた。


「……だ」


 誰だ、あの人は。


「いつ見てもすごいですよね、ルーカス様の女性あしらいは」

 青年がほれぼれと眺めている。別に珍しい事ではないらしい。


「あれ何か中に入ってないですか?」

「入ってないですよ。ルーカス様は、相手を見て態度を決めるんです。あの方たちの場合は、あれが最善だと判断したんでしょう」


 ちなみに複数の場合は、ターゲットそれぞれの耳元でだけ「これが本当の俺」と囁くらしい。これで参らなかった女はいないそうだ。


「私一度もそんな目に遭ってないんですけど……」

「十六歳以下は対象外だそうなので。あと四年くらいですね」


 頑張れと、青年が能天気に励ましてくれる。

 いや頑張らなくてもいいけれど、四年ってなんだ。


 向こうの席では、和気あいあいとお茶の時間が始まっている。さりげないエスコートも完璧で、ヒルダがうっとりと眺めている。ここからでは遠いが、頬を染めているようだ。

 マロリーとヒルダの姿に驚いたのも束の間、もっと驚く事があるとは思わなかった。


「でも、ルーカス様だけじゃないですよ。なんたって、うちの自慢は――……」


 その言葉が途切れる。

 足音が聞こえてきたのはその時だった。


 コツ、コツと、ゆっくりした靴音が響く。

 けして大きくはないのに、その音ははっとするような重みをもって、その場を一瞬で支配した。


 まず目に入るのは、磨き抜かれた革の靴。

 首元が詰まった白いシャツと、それを引き立てる濃い色のベスト。膝まで届く同色のコートが、体にぴったりと合って美しい。

 彼が歩くたびに、コートの裾がひるがえる。

 ただそれだけなのに、息を呑むような華やかさだった。



「――お待たせしました」



 靴音が止まり、柔らかな声が紡がれる。

 穏やかなのに、その声には人を従わせる響きがあった。


「ウィルフレッド・ボールドウィンです。ようこそお越しくださいました」


 光り輝くように美しい青年が、微笑みを浮かべて立っていた。

お読みいただきありがとうございます。レティ、(まさかの)対象外。あっそうだ、ブクマに加えて評価までいただきありがとうございます! どちらも嬉しいです、がんばります!

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