嵐がやってまいりました
***
「だから! あの子を出せと言っているのよ。十六歳の娘で、名前はレティシア。皆からレティと呼ばれているわ。ここにいることは分かってるのよ!」
「そう言われましても、当家にそのような年齢の少女はおりませんが……」
着飾った女性二人に詰め寄られているのは、この屋敷の執事だった。白髪を丁寧に整えた品のいい老人で、ピンと伸びた背筋が美しい。その理知的な顔は今、突然の闖入者に困惑している。
「そんなはずはないわ。この領地で出回っている薬を手に入れたのよ。あれはあの子が作ったものだわ。レティシア・グレーデ。ここにかくまっているんでしょう。出しなさいよ!」
「……何の騒ぎだ?」
こそっと聞いたルカに、伝言役の青年が声をひそめた。
「グレーデ男爵の奥方と、そのご令嬢だそうです。ちょっとご挨拶をというお話だったのですが、伯爵の支度ができるまでのお話し相手をしていたところ、急にお二人が豹変されて、あのようなことに……」
「豹変だぁ? 女は怖いなマジで」
まあいいと、ルカが軽く襟元を直す。
「ウィルは?」
「今はお支度をしておられます。もうすぐいらっしゃるかと」
「伝言は?」
「しております。ちょうどこちらに用事があったようで、すぐに連絡がつきました」
「用件は?」
「先ほど申し上げた通り、人探しではないかと……。ご挨拶もその口実だったのではと、クレイヴさんが言っておられましたが」
クレイヴというのは老執事の名前だ。分かったとルカが頷いた。
「あとは俺がやる。そこのチビを頼む」
「は、はいっ」
息をつき、ルカは両手で髪をかき上げた。
「――お待たせしております。グレーデ男爵夫人、並びにご息女でいらっしゃいますね。名前を名乗る無礼をどうかお許しください」
その瞬間、空気が変わった。
「お初にお目に掛かります。ルーカス・ガレッドと申します。ボールドウィン伯爵の従者をしております。今日の佳き日にお目に掛かれた幸運を、心から嬉しく思っております」
突然現れた美形の青年に、二人がぎょっと目を見張る。
髪を整え、かすかな微笑を浮かべるルカは、うっとりするほど完璧な貴公子だった。凛々しい乗馬服が彼の魅力を引き立て、青い瞳が甘くとろける。立ち居振る舞いも洗練されて、優雅なのに隙がない。
マロリーもヒルダもぽうっとしている。いきなりこんな美形が現れたのだから当然だ。
その隙に執事をうまく逃がし、ルカは色気たっぷりに微笑んだ。
「可憐な唇に、乱暴な言葉は似合いませんよ。それよりお茶をいかがです?」
「そ……そうね。喉も渇いたし……」
「わたくしも興奮しすぎたわ。ね、お母さま」
二人が髪と服を直し、いそいそと席に着く。
それを見ながら、レティはあんぐりと口を開けた。
「……だ」
誰だ、あの人は。
「いつ見てもすごいですよね、ルーカス様の女性あしらいは」
青年がほれぼれと眺めている。別に珍しい事ではないらしい。
「あれ何か中に入ってないですか?」
「入ってないですよ。ルーカス様は、相手を見て態度を決めるんです。あの方たちの場合は、あれが最善だと判断したんでしょう」
ちなみに複数の場合は、ターゲットそれぞれの耳元でだけ「これが本当の俺」と囁くらしい。これで参らなかった女はいないそうだ。
「私一度もそんな目に遭ってないんですけど……」
「十六歳以下は対象外だそうなので。あと四年くらいですね」
頑張れと、青年が能天気に励ましてくれる。
いや頑張らなくてもいいけれど、四年ってなんだ。
向こうの席では、和気あいあいとお茶の時間が始まっている。さりげないエスコートも完璧で、ヒルダがうっとりと眺めている。ここからでは遠いが、頬を染めているようだ。
マロリーとヒルダの姿に驚いたのも束の間、もっと驚く事があるとは思わなかった。
「でも、ルーカス様だけじゃないですよ。なんたって、うちの自慢は――……」
その言葉が途切れる。
足音が聞こえてきたのはその時だった。
コツ、コツと、ゆっくりした靴音が響く。
けして大きくはないのに、その音ははっとするような重みをもって、その場を一瞬で支配した。
まず目に入るのは、磨き抜かれた革の靴。
首元が詰まった白いシャツと、それを引き立てる濃い色のベスト。膝まで届く同色のコートが、体にぴったりと合って美しい。
彼が歩くたびに、コートの裾がひるがえる。
ただそれだけなのに、息を呑むような華やかさだった。
「――お待たせしました」
靴音が止まり、柔らかな声が紡がれる。
穏やかなのに、その声には人を従わせる響きがあった。
「ウィルフレッド・ボールドウィンです。ようこそお越しくださいました」
光り輝くように美しい青年が、微笑みを浮かべて立っていた。
お読みいただきありがとうございます。レティ、(まさかの)対象外。あっそうだ、ブクマに加えて評価までいただきありがとうございます! どちらも嬉しいです、がんばります!




