表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と嵐の到来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/93

昔の話をいたしましょう

    *

    *

    *


 むかしむかし、この領地は豊かな土地でした。

 花は咲き乱れ、緑が茂り、おいしい果実が一年中実ります。天空と大地を司る女神に愛された、とても美しい場所でした。


 その中心にあったのは、途方もなく大きな木でした。


 幹は大人五人でも抱えられないほど太く、根は地の底の国まで続き、その梢は天界の足元をくすぐるほど高いのです。


 決して枯れない、永遠の緑を有する大樹。

 その葉は翠玉(エメラルド)のように輝き、花は雪のように白く、かぐわしい香りを振りまいています。その木に守られた土地は、永遠の幸福を約束されたも同然でした。


 ――しかし、ある時。


 この地に病がはびこり、多くの人間が倒れていきました。

 彼らはなすすべなく苦しみ、血を吐き、どんどん命を落としていきます。それを見かねたこの地の長が、大樹に(ひざまず)いて頼みました。



 ――どうか皆を助けてください。そのためなら、豊かな実りは要りません。いい匂いのする花も、たっぷりの果汁を持つ果物も、よく太った作物も。



 何もいらないから、彼らの命を助けてください。どうか――どうか。


 三日三晩、長は眠る事も忘れて祈りました。

 四日目、意識もうろうとした彼の前に、ひとりの女神が現れました。

 大樹は彼女の化身であり、命のひとかけらだったのです。


 彼らの事を、女神はよく知っていました。彼女は村人の頭に手を触れて、微笑みを浮かべて消えました。


 はっと気づくと、長はひとりで立っていました。

 女神の姿はありません。夢かと思った彼の上に、一枚の花びらが落ちました。

 ひらりと風に吹かれたそれは、大樹から落ちた花でした。雪のように白い花弁。


 何気なく目を上げた彼は、呆然としました。

 真っ白な花が咲いていたはずのそこに、一面の実が実っていたのです。

 リンゴによく似ていましたが、色が違います。その色は黄金。光り輝くような色でした。


 震える手で実をもぐと、途端に清らかな香りが立ち上りました。彼は誘われるように一口食べます。彼も病に侵されていたのです。


 果実を口に含むと、爽やかな気持ちに満たされました。

 熱が下がり、激しい胸の痛みが消えています。あれほど苦しかった体も、なんともありません。

 彼は大樹にお礼を言い、急いで実を持ち帰りました。


 黄金の実のおかげで、人々は命を繋ぎ留めました。

 その噂は国王の耳にまで届きました。いたく感銘を受けた国王は、大樹のある一角を下げ渡し、長に爵位を与えました。その名は、今は伝わっておりません。家が分かれたとも、土地が分かたれたとも聞いています。ですが、それは後世の話です。


 しばらくして、人々はお礼に向かいました。

 用意できる限りの花や水、その他いろいろな捧げものを持って、彼らは大樹の元へと赴きました。


 けれど、そこで彼らは愕然としました。


 大樹は一枚残らず葉を落とし、あれほど立派だった幹は見る影もなく縮み、表面は白くひび割れて、ぱらぱらと風に吹かれていました。


 あれほど美しかった花も、一枚も残っておりません。

 たったひとつ残っていたのは、一粒の果実の種でした。

 彼らはそれを抱きしめて、長い間泣きました。


 それからしばらく時間が過ぎて、長が願った通り、ここは不毛の地になりました。

 何も知らない、心無い人々が、それは呪いのせいだと言います。


 けれど、彼らは知っています。

 これは人々の命を救ったためで、大樹の慈悲の心だと。

 今はもう、知る人も少なくなった昔話。

 真実は大樹と人々の中に、ひそやかに息づいているのみです――。


    *

    *

    *


「……とまあ、これが俺の知ってる話だ」

 長い話を終えると、ルカは手元の水袋から一口飲んだ。


「ふわぁ……」

「根絶やし伯爵の方が面白いんで、いつの間にかそっちの方が広まってるが、本来はこれが正式な話だ。と言っても、俺も母方の祖母に聞くまでは知らなかったから、あんまり有名な話じゃないみたいだが」


「全然違う話じゃないですか。領主は根絶やしどころか、人助けしてますよ」

「俺に言うなよ。歴代当主が腹黒なのは本当だしな」


 あんな噂が広まる理由も分からなくはない、と真顔で言う。たびたび思うが、この人は主人の事が嫌いなんだろうか。


 ――だが、それよりも。


(なんだか、似てる……?)


 その話に出てきた大樹と、グレーデ領の枯れ大樹が、ちょっぴり似てやしないだろうか。

 こちらでは「永遠に失われた緑の大樹」と呼ばれているらしいが、花の色といい、実の色といい、妙に共通点がある。


「ルカさま、その大樹は今どこに?」

「山火事か何かで燃えたらしいが、よく知らない。今は残ってないと思うぞ」

「そうですか……」


 実物があるなら見てみたかったが、仕方ない。

 しょんぼりしていると、「ああ、でも」とふと思い出したように彼が言った。


「そういえば、続きがあったな。領主の血を引く者が祈りを捧げると、大樹の力になるらしい――とかなんとか」

「本当ですか?」

「ああ、昔聞いただけだから確かじゃないが、そんなことを話してた。……それがどうかしたか?」

「いえ、なんでも……」


 もしそれが本当なら、ボールドウィン領にも枯れ大樹と同じものがあったのだ。

 枯れ大樹に祈りを捧げると、豊かな実りを与えてくれる。


 それならば、ボールドウィン領の実りが悪かったのは、そのせいでは?

 そして今、それが解消されているのは。


(私が、枯れ大樹の枝を持ってきたから……?)


 そして、枯れ大樹の枝が光を飛ばさなくなったのは、グレーデではなく、ボールドウィンに根づこうとしているから――では、ないだろうか。


 だとすれば、今、グレーデは。

 そう思った時だった。


「ご報告します。屋敷で人が暴れていて……あの、人を出せと。レティシアはどこだと、大騒ぎで……!」

「!?」


 ルカとレティが同時に顔を見合わせた。

お読みいただきありがとうございます。次回、嵐の予感。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ