リンゴ飴をいただきました
***
***
それからも、ボールドウィンの領地は少しずつ回復していた。
作物の実りは徐々に良くなり、収穫量も増えてきた。まだ課題は多いものの、今までよりはずっとましだ。生で食べられるものが増えれば、それだけ料理の種類も増える。ただでさえ加工技術が発達していた領地では、ちょっとしたご馳走祭りになっていた。
ただし、劇的な改善ではない。
目に見える対策には限度がある。実際、できる事はすべて試している。その結果、これだけの成果が出たのなら、まずは及第点かもしれない。
――けれど。
(普通なら、もっと効果があってもおかしくないはずなのに。どうも、反応が鈍い気がする……)
うーんと考え込みながら、レティは薬を作っていた。最近では予防薬の人気が高い。特に、「咳流行り」は夏でも重篤化する厄介な病気だ。多めに作っておくに越した事はない。
グレーデではほとんど被害がなかったが、ボールドウィンでは毎年流行っているらしい。今年もそろそろだが、薬草入りの飴の効果か、まだ罹った人間はいないそうだ。
パメラは大丈夫だろうか。一応、喘息の薬に加えて、飴もどっさり送っておいたが。
それに、とレティは手を止めた。
今は屋敷の庭。薬草を植えた一角から少し離れた場所に、枯れた枝が刺さっている。
相変わらず光は飛ばないが、枝そのものは生き生きしている。
よくよく注意して見ると、一応祈りは吸収していた。光が生まれ、消える。もしかすると、受け付けなかったのではなく、ただ飛ばすのをやめただけかもしれない。
では、その光は一体どこへ?
考えても分からないので、レティは薬を作っている。
「よう、チビ」
頭上に影が差したと思ったら、外出着姿のルカがいた。黒髪に深い青色の乗馬服がよく似合っている。
「ルカさま」
「出かけたんで土産持ってきた。食うか、リンゴ飴」
「いただきます!」
両手を差し出すと、彼はまじまじとレティを見た。
「……うん、だな。やっぱり違うか」
「どうかしたんですか?」
「あーいや、人探しの要請なんだが、まだ見つかっていないらしくて。お前と名前が一緒だから、ちょっと気になったんだよ」
ほら、とレティの手に紙包みを載せてくれる。中に入っているのは棒付きの飴だ。小さなリンゴを棒に挿し、薄い飴で覆っている。カリッとした飴の部分と、甘酸っぱい果実の相性が抜群だ。今までは生のリンゴを菓子に使う事が難しかったが、最近はこうした加工も増えた。実に、実に喜ばしい。
「マーサ達にはもう渡してあるから、それ全部食っていいぞ」
「ありがほうございまふ!」
「ってもう食ってんのか! 早いなおい!」
だってとてもいい匂いがして、待ちきれない。
幸せそうな顔でリンゴ飴を頬張るレティを、彼は無言で見つめていた。何か言いたげだが、口は開かない。というかこの人も餌付けしてくる。
「お前じゃ年齢が合わないしな。報告するまでもないか。どうだ、旨いか?」
「とてもおいしいです!」
「出先でもらった揚げ菓子があるんだが、これも食うか?」
「ありがたくいただきます!」
揚げ菓子を食べている最中、無言で頭をなでられた。
目を上げると、はっとしたように手を引っ込める。
「悪い。ジョセフィーンに似ていたもんで、つい」
「いいですよ。妹さんですか?」
「いや、そうじゃないんだが……」
ルカにしては珍しく、視線がうろうろと定まらない。無意識の行動に驚いていたようでもあり、そんな自分に戸惑ってもいるようだ。
「……ヤバい、俺もウィルと同じ病にかかってきた」
「病気ですか? 薬飲みます?」
「いやそうじゃなくてだな……。まあいい、干菓子も食うか」
「ぜひいただきます!」
ウィルといい、この人といい、おいしいものばかり食べさせてくれる。マーサの料理は絶品だし、サンドラからも木の実をもらった。おかげでレティはまたちょっとだけ太った、ような気もする。
「このままいくと、私あのベッドで寝られなくなりそうです……」
「いや大丈夫だろ。え、気にしてんのか?」
「今までは食料の心配しかしていなかったものですから。食べ過ぎで悩むのは初めてです」
「お前……なんつー過酷な環境で暮らしてたんだ」
ルカがさすがに同情した顔になる。
いえ普通に母屋近くの小屋で暮らしていました――と言いたかったが、それを言うと正体がばれそうだったので、レティは口をつぐんだ。
「それよりルカさま、お聞きしたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「この領地の植物が元気なかったの、どうしてだか分かりますか?」
ルカは目をぱちくりさせた。
「元気って……むしろ良くなっただろ。領地全体に緑が増えて、収穫も」
「それはそうなんですけど、その前です。根絶やし伯爵という名前は聞きましたが、本当ですか?」
「まさか」
ルカは顔をしかめて首を振った。
「あいつに言ったら爆笑されるぞ。そもそも、ここは元から収穫量の低い土地だったんだ。十年くらい前から急激に悪化したのは事実だが……。さすがに呪いってのはな。ああいや、ひとつ聞いた話があったか」
「なんですか?」
「単なる昔話だぞ?」
そう前置きして、ルカは話してくれた。
それは不思議な話だった。
お読みいただきありがとうございます。ルカが同じ病にかかった。




