何かが起こる予感がします
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「……くしゅっ」
くしゃみをすると、横にいたマーサが笑った。
「なんだいレティ、風邪かい?」
「いえ、そうではないみたいです」
頼まれていた薬の包みを渡し、その代わりにとお礼をもらう。このごろは小物や綺麗な布など、食べ物以外をもらう事も増えた。どれもいいものなので、ありがたく受け取っている。マーサはそれを使い、可愛いエプロンを作ってくれた。あまりに嬉しくて、レティは歓声を上げて抱きついてしまったほどだ。
レティの薬の評判は、他領にまで広まるようになっていた。
名前を伏せてくれるように頼んだおかげか、領主お抱えの薬草師、で通っているらしい。ウィルが許してくれたので、ありがたく甘える事にした。
森も少しずつ手を入れて、徐々に元気を取り戻している。
驚く事に、ボールドウィン領の森は規格外のオンパレードだった。グレーデでは禁忌とされている組み合わせがどしどし出てくる。それも故意ではなく、自然に生えているのだ。
(なんでまたこんなに……)
ご先祖がよっぽど何かの恨みを買っていたのだろうか、と思えるくらいすごい。
この間のベルゼルゼは可愛いもので、もっとすさまじいやつがいくつも出てくる。あまりの惨状に、レティは現実逃避しそうになった。なんでこの森はこんなに血みどろな愛憎劇が繰り広げられているのだろうか。
ルカも死んだ目をしながら、「植物怖え」と呟いていた。「すごいね、王宮の人間関係みたいだ」と、にこにこしながら言っていたウィルの事は、二人とも見なかった事にした。何それ、王宮怖い。
だが――その甲斐あってか、森は緑を取り戻しつつある。
領地が好調な原因はまだ分からないが、おいおい判明するだろう。ちょうどレティがこの領地を訪れたころだから、もうひと月以上になる。そろそろ収穫量が目に見えてくるはずだ。
そして、もうひとつの変化があった。
「ウィルさま、ちょっとよろしいですか?」
ノックをして扉を開けると、ウィルは何かの書き物をしていた。
「ごめんなさい、お仕事中でしたか?」
「いや、大丈夫だよ。人探しの要請だったんだけど、もう終わったから」
「またですか? 最近多いですね」
「とはいっても、同じ人間を探してるみたいだけどね。――それで? どうしたんだい」
目を向けられ、レティは小さく頷いた。
「ウィルさま、あの種、植えてみても構いませんか?」
「種って……前に渡した、あの?」
「あれから調べてみましたが、どうにも該当する植物がなくて。……でも、あれ、多分、干からびてないと思うんですよ」
どの記録にも載っていなかったが、寿命を迎えたわけではない。あまり思い切った検査はできなかったが、まだ生きている可能性が高い。
「でも、あれは植えてみたことがあるんだ。前にも言ったと思うけど、芽は出なかったよ?」
「はい。でも、もう一度試してみたくて」
「それは構わないけど……」
ウィルは不思議そうだ。元々、父親から言われて保管していただけの種だ。芽が出ないなら出ないで、部屋に置いておけばいいと思い、それほど熱心ではなかったのだろう。歴代の当主もきっとそうに違いない。
なぜならば、ボールドウィンの領地では緑が育たない。
芽が出ない種など、ここでは不思議でもないのだろう。だからこそ、そこまで熱を入れなかったのだ。
しかし、レティは違う。
グレーデは緑にあふれている。そのグレーデですら知らない種、それも領主自らが保管していた種など、まさに垂涎ものの宝物だ。
できるならぜひ植えてみたい。
どんな風に育つのか、どんな花が咲くのか、この目でぜひとも観察したい。
(……それに)
この種がまだ生きているなら、ちゃんと芽吹かせてあげたい。
そして、レティにはもうひとつ気になる事があった。
「ウィルさま、今までと違うことが起こった時、どうしたらいいと思いますか?」
「どうしたんだい、突然?」
「今まではできたことができなくなるというか、長年の友達が連絡を絶つというか……そう、なんというか、送った祈りがうんともすんとも言わない感じというか……」
歯切れの悪い説明に、ウィルが目を丸くする。
「よく分からないけど、レティはその人を怒らせるようなことをしたの?」
「いいえ、それはまったく」
「だったら、その人は怒ってる?」
「いいえ、そういう感じでもないみたいです」
「なら大丈夫じゃないかな。放っておいても」
「だと、いいんですけど……」
ここ数日、枯れ大樹の枝に捧げた祈りが反応せず、どうにも手ごたえのない日々が続いている。もしかして、本体に何かあったのか。そう思ったが、そういうわけでもないようだ。
今までは祈るたびに枝が光り、その光がグレーデへと飛んでいた。
本来は大樹に触れ、直接祈りを捧げるものだ。
代替わりを行うと、大樹に祈りを捧げる事ができる。その祈りが大樹を潤し、大切な養分となるらしい。初めてそれをこの目で見た時、レティもちょっと感動した。
マロリーとヒルダにも教えようとしたのだが、彼女達は聞く耳を持たなかった。唯一聞いてくれたのがパメラだ。だが、彼女は後継ぎではない。祈っても光は生まれなかった。
今のレティに資格があるのか分からないが、それでも祈る事はやめなかった。
追い出されてからもずっと、レティは祈りを捧げてきた。
枯れ枝は今も光っている。だが、その後が問題だった。
光った後にすうっと消えて、光が飛ばない。
おや? と思ってやり直したが、やはり光は飛ばなかった。
地面に吸い込まれるように消えてしまい、後には何も残らない。何度やっても同じだった。
この時点で、さすがに気になってくる。
(どうしよう)
一度グレーデに戻った方がいいだろうか。
いやでも、見つかったら逆さ吊りだし……と悩んでいると、ぽんぽんと頭をなでられた。
「大丈夫かい? 何か食べる?」
「いえ、大丈夫です」
この人は相変わらず餌付けにかかっている。そして、どれもとてもおいしい。
「お腹が空いていると、小さなことで悩むからね。よかったら軽食でもどうかな? ルカが作り置きしてくれるんだけど、ひとりじゃ食べきれないんだよ」
そのルカは、今日は領地の視察に行っているらしい。時間があれば他領まで回ってくるとの事だ。見かけによらず優秀で、恐ろしく腕が立つという。
いつもはウィルの護衛も兼ねているが、今日は単独行動だ。身の安全の意味も込めて、ウィルは屋敷から出ないらしい。
出されたのは焼き菓子と肉入りのパイで、レティは目を輝かせた。
「やっぱり喜んでいただきます……!」
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ウィルの許可も得た事なので、レティは種を植えてみた。
場所は枯れ大樹の枝の隣にした。なんだか相性が良さそうだったのだ。
枯れ大樹の枝は相変わらず、普通に地面に刺さっている。機嫌は悪くないようなのに、光は飛ばない。何か理由があるのか、それとも単なる気まぐれか。
種を埋めた直後、ふと柔らかな気配を感じた。
ふわっと周囲が軽くなるような、あたたかな空気。たとえるなら春の訪れにも似ている。
なんだろうと思った直後、それはそよ風の中に消えてしまった。
お読みいただきありがとうございました。この物語で一番の愛憎劇、植物。




