≪幕間≫ そのころの彼女達は 2
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一方そのころ、グレーデの屋敷では――。
「……シミが、消えないわ」
鏡の前で、マロリーが唇を震わせた。
「どうして、どうしてなの? なんでこんなことになっているの!?」
その近くには小瓶が転がっている。よく効くという触れ込みで手に入れた、高価な美容薬だ。化粧品も色々試したが、肌をのっぺりと覆い隠す白粉か、塗り固めるという表現の方が適切な色粉、毒々しすぎる色の口紅など、およそ使えるものがない。そもそも、それでも肌の衰えを隠しきれない。
おまけに――化粧を落とした途端に現れるのが、この汚い肌だ。
くすんでいる上、至るところにシミが浮いている。明らかにハリと艶を失った肌は、たるんでひび割れ、いくつもの小じわが刻まれている。誇張でなく、まるで二十も年を取ったようだ。今までが良かった分、その落差に耐えきれない。
震えるマロリーの横で、ヒルダが金切り声を上げた。
「なんでよ……なんで? なんでこんなにそばかすだらけなのよっ!?」
その顔には、一面にそばかすが散っていた。
今までは色白の肌を引き立たせるアクセントで、むしろチャーミングにすら見えていたが、毛穴丸見えの汚い肌では逆効果だ。吹き出物も目立つし、手触りも悪い。カサカサして、粉を吹いたようになっている。
そういえば――体臭にも、どことなく変化がある。
上品な花の香りから、妙に脂っぽい、鼻をつまみたくなるような悪臭へと変わってきている。それはヒルダも同様で、若い分、余計にその匂いがきつくなっているようだった。
(これもあの子のせいだっていうの?)
確かにレティを母屋から追い出し、使用人として働かせるようになってから、色々な仕事をさせてきた。食事の支度もそのひとつだ。
専用の料理人はいたものの、レティにも料理をするよう命じた。ただし、高価な肉や砂糖を彼女が口にするのは癪だったから、そちらは先に手を回した。狙い通り、ほとんどあの子は口にできなかったようだ。
その代わり、森での収穫物を料理に使うようになり――それは意外なほどに美味しかった――楽しそうに料理をしていた。残り物で、自分自身の食べ物もやりくりしていたようだ。
本当にしぶとい子だった。何をされてもめげなかった。
泣いたり、騒いだり、傷ついた顔のひとつも見せない。あれだけの仕打ちをしたというのに。
だからこそ、とても目障りだったのだ。
――だが、今。
そんな彼女を失ったせいで、自分達の美貌が損なわれようとしている。
「お母さま、なんとかしてよ! あの子はどこなの?」
「探してるわ! でも、いないのよ……!」
行くなら村だと思っていた。
あの村は小さいし、村人同士もほぼ顔見知りだ。すぐに見つかると高をくくっていたが、レティはそこにいなかった。
ならば、領地境の森で迷子にでもなったのか。
だが、死人が出たという話は聞かない。それでもいいと思って、馬車で行く距離の森の入り口に放置してきたというのに。
大の男ならともかく、少女の足で歩き切れるはずもない。泣きべそをかいて村に戻るか、途中で行き倒れていなければおかしい。念のため、ボールドウィン伯爵家にも使いを出してみたが、該当する人間はいないという返事をもらった。たかだか十六の小娘が、身分を偽り続けるのは難しい。
レティは、どこに消えたのだ。
「……このまま、あの子が戻らなかったら……」
肌は今以上に衰えて、老いさらばえるに違いない。
顔中シミだらけになり、小じわも増えてくるはずだ。――現に今、そうなりかけている。
――もしもこのまま、レティが戻ってこなかったら。
思った瞬間ぞっとして、マロリーは口を押さえた。
「なんとかしてよ、お母さまぁっ!」
ヒルダの悲鳴が部屋の中にこだました。
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ちょうど同じころ、パメラは祈りを捧げていた。
「どうかねえさまをお守りください。そのためなら私の幸せと、あの二人の美肌をいくら損なっても構いません」
ほとんど日課になっているので、息をするように祈る。
「お母さまの小じわがひとつ増えるたびに、ねえさまが楽しく暮らせますように」
パメラの肌は輝くようだ。シミひとつなく、なめらかに光をはじいている。
白い指を組み合わせ、パメラは祈った。
「お姉さまの吹き出物がひとつ増えるたびに、ねえさまが楽しく暮らせますように」
お読みいただきありがとうございます。パメラはレティの事が大好き。




