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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と森の回復

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15/93

お茶の時間、ふたたびです



    ***




「やあ、よく来てくれたね、レティ」

 二度目に訪れたウィルの部屋は、甘い香りが立ち込めていた。


「お昼ご飯は済んだかな? 食後に甘いものはどう?」

「いただきます……!」

 目を輝かせたレティに、「なんかどっかで見たなこれ」とルカが呟く。ぼそりとした声なので、誰にも聞こえなかったが。


 今日のお茶は、ハーブを入れたものだった。

 レティも試した事があるが、意外と配合が難しい。これはいい香りがして、えぐみもない。さすが伯爵家の紅茶である。

 お茶菓子はリンゴのパイと、リンゴのジャムを添えた氷菓子だった。


「ちょっと重いかな。大丈夫?」

「どちらもとてもおいしそうです……!」

「いやお前さっきパイ食ってなかったか?」


 それとこれとは別腹である。

 早速一口いただくと、レティは目を丸くした。


「おいしい……!」

 リンゴのパイは何度かお茶菓子に出た事がある。あの時もおいしかったが、これはもっとずっとおいしい。甘みが自然というのか、ふくよかで芳(じゅん)な香りがする。味が濃いのに、くどくなくて軽やかなのだ。後味も爽やかで快い。


「氷菓子もどうぞ。ジャムを添えて」

「はい!」


 言われるままスプーンで口に運ぶ。牛乳と砂糖を混ぜて凍らせた菓子は、ここに来てから初めて食べた。ジャムを添えて食べると、こちらもひどく風味が良かった。


「なんだかとってもおいしいです……! いえいつもおいしいんですけれども……!」

「……やっぱり、そう思うか」

「はい?」

 きょとんと目を瞬くと、ウィルは何かを取り出した。


「これが今までのリンゴ、そしてこっちがここ最近で採れたリンゴだ」

 二つのリンゴを差し出され、レティがもう一度瞬いた。


 ――それは、明らかな違いがあった。


 片方は小ぶりでしなびていて、見るからに元気がない。

 もう片方は、つやつやとして瑞々しく、たっぷりと水気を帯びている。香りもよく、いかにもおいしそうだ。


 最初の方は、レティにも見覚えがあった。以前、サンドラがくれたものによく似ている。

 だが、こちらの方は。


「……ずいぶんよく育ちましたね?」

「だろう。僕もそう思う」


 確かボールドウィン領では、作物の実りが良くなかったはずだ。果物も同様で、採れるものは小さくて酸っぱいか、しなびている。加工しなければ食べられたものではない。

 だが、渡されたそれを齧ると、甘い果汁がしたたり落ちた。


「肥料か、日当たりの違いですか? それとも……」

「理由のひとつはベルゼルゼだろう。あれがなくなってから、森が元気を取り戻してきている。特にリンゴの実りがいいそうだ。レティのおかげだよ」

「それほどでも」


 褒められて照れると、「問題はそこじゃねえよ」とルカに突っ込まれる。

「問題は――これが、領地全体に広がってることだ」

「へぁ?」

 驚きのあまり、つい変な声が出てしまった。


「問題というか、予想外の幸運だね。正直、どうしてこんなことが起こっているか分からない。だけど、うちの領地がなぜか――復活しているんだ」

「正直怖いくらいだな。なんせ、理由が分からない」

「理由……」


 それはレティにも分からない。

「とはいっても、まだまだだ。すべての木がこうなってるわけじゃない。でも、この領地でこんなに見事なリンゴが実ったのは、本当に久々のことなんだよ」

「よかったですね、ウィルさま」


 気候のせいか、この国では冬を除いたほとんどの季節でリンゴが実る。それが収穫できるという事は、食糧の確保にも大きく影響する。グレーデでもリンゴの実りは豊かで、レティもずいぶん助けられた。


(でも……こんなに急に?)

 考え込むレティの前で、男二人が目くばせをしたのには気づかなかった。


「話は変わるけど、レティは薬草の調合が得意なんだって?」

「得意というほどではないですが、やっています」


「マーサの湿布薬や、サンドラの熱冷ましも? あそこは兄弟が多いから、みんなしょっちゅう熱を出すんだ。それがここしばらく、医者にかかったことがないらしい」

「下痢止めと、食あたりの薬もだ。心当たりはあるか?」

「作ってはいますけど……。そこまで効くとは思えませんよ? ごく一般的な作り方ですし」


「それがね、効いているんだ」

「ふぉっ?」

 また変な声が出てしまった。


「少なくとも、出回っている薬よりははるかに良質だ。おかげでずいぶん助かっている。今年は『咳流行(はや)り』も起こっていないし」


 咳流行りとは、流行病の一種である。高熱とともに激しい咳に襲われて、その症状がしばらく続く。体力のない老人や子供が重症化しやすく、厄介な病でもあった。


「君の咳止めが、かなりの効果を生んでいる。正確に言えば、予防薬かな。子供達に薬草の入った飴を配っているだろう?」

「ああ……」


 幼いパメラのために、昔よく作っていたものだ。

 薬が苦手な子供や、飲み込みにくい老人に好評で、今もしょっちゅう頼まれている。昔は砂糖が使えなかったので苦かったが、今は割と食べやすい。レティもたまに口にしている。

 あれが効いたならよかったと思っていたレティは、続く言葉に目を丸くした。


「レティ、君、薬草師になってくれないか?」

「薬草師……ですか?」


 予想外の誘いに面食らう。

 薬草師とは、薬草の知識を基に薬を作り、人々に提供する仕事の事だ。レティがやっているのと同じだが、正式な仕事にするのは話が違う。


「掃除も洗濯も完璧だけど、薬草を専門にしてほしいんだ。そうすればもっと森に行けるし、薬の勉強もできるだろう? マーサやサンドラも賛成してくれている。君の薬があれば、たくさんの人が助かるって」

「それはありがたいですが、私、自己流でやっていたもので。勉強したのもご先祖さまの記録と日記帳からで、正式なものではないんです」


 正式な薬草師になるには、それなりの知識が必要だろう。場合によっては、弟子入りだってしなければ。だがそれを言うと、二人は生ぬるい笑みを浮かべた。


「……多分、君の知識は王宮の薬草師に引けを取らないと思うよ」

「まさか!」

「いや、俺も同感だ。というか……下手すると上かもな」


 目をぱちくりさせていると、「実感がないみたいだね」と苦笑された。

「以前、君の持っていた日記帳を見せてもらったことがあるだろう? あれで確信した。グレーデは、植物に関して卓越した知識を持っている」

「ええー……?」


 だが、彼の言葉には覚えがあった。

 森へ行った翌日、どうしてこんなに薬草について詳しいのかと聞かれ、ご先祖の書き残した記録を見ていると答えた。足りない場合は日記帳も。詳細な色付きの図が記されたそれは、綺麗で読みやすく、かつ丁寧で、幼いレティの一番のお気に入りだった。


 何度も繰り返し読み、すっかり内容は頭に入っている。難しい単語が多かったから、最初は手こずったのだけれど――。


 それを見せてほしいと言われ、レティは頷いた。元々、門外不出のものではない。彼は興味深そうにそれを見ていた。問題はないが、少しだけ気恥ずかしい。何せ、食べ過ぎてお腹を壊した話や、失恋して木の陰で泣いた話も出てくるのだ。ご先祖さま、ごめんなさい。うっかり人に見せてしまいました。


「あれはね、専門書と呼んでいい」

「マジか」

 ルカが目を見張る。


「それも、非常に高度な研究を重ねた、実用性の高いものだ。ただし、それが表に出ることは一切ない。不思議なことにね」

「なんでまた……」

「……あ、あのう、それには少々心当たりが……」

 おそるおそる手を上げると、二人が同時にこちらを見た。


「多分、それは枯れ大樹のためかと」

「枯れ大樹? というと、例の大木か」

「はい。代々の領主の悲願として、枯れ大樹に花を咲かせましょう、という試みがあったようでして。研究もその一環ではないかと……」


 小屋に残された本もその類で、国中の植物についての記録が載っている。マロリーは不用品と判断したが、レティにとっては宝物だ。

 代々の主によって書き足され、訂正箇所を加えたそれは、一種の万能辞典のようになっている。今はレティの所見も足され、さらに詳しくなっていた。


「……ということは、君は領主の関係者?」

 ぎくり、とレティが身を固くする。


「いいいいいいいえっ。そのような話を聞いたことがあるだけで、私はしがない平民です!」

「でも、妙に専門的な知識があるようだし。その記録も……」

「ご先祖さまが研究バカだったんじゃないでしょうか!? ええそうに決まってます、そうでしょうとも!」


 ここで知られるのはできれば避けたい。

 下手をすると追い出されてしまうかもしれないし――いやそれはないか――そうでなくても、送り返されてしまう危険は十分にある。そうなったら、レティは庭で逆さ吊りだ。


 あの叔母ならやりかねない。いや、絶対にやる。

 そうならないためにも、今はここで暮らしたい。


「……まあいいか」


 冷や汗を流すレティに、ウィルはあっさり引き下がった。助かった、と息をついたのも束の間、「そういうわけで、薬草はこれからも作ってほしい」とお願いされる。


「それは構わないです。足りない分は、森に行けばいいですし」

「必ず人を連れて行くこと。できれば、僕かルカに頼んでほしい。領主として、あの森はいつか手をつけなければと思っていたんだ」


 幸い、今は状況が上向いてきている。この機会に、少しでも森を復活させたい。

 それはレティにとってもありがたかったので、もちろんと快諾した。


「ところで、本当に心当たりはない?」

「何がですか?」

「領地全体の植物が元気になっている理由。正直、心当たりがさっぱりない」

「それはさすがに……」


 レティがしたのは森で薬草を集めた事と、ベルゼルゼの伐採を進言した事。百歩譲ってベルゼルゼの効果が高かったとしても、領地全体には及ばない。それは少し前にも思った事だ。


 ――でも、もしかしたら。


「枯れ大樹のおかげ……?」

 小声で呟くと、ウィルは首をかしげた。


「え、何?」

「いえ、なんでもないです」

 どうやら聞こえなかったらしい。ほっとして首を振る。



 ――枯れ大樹は、特別な木だから。



 朝晩祈りを欠かさずに、丁寧に感謝を捧げる事。

 それが領地を緑で満たし、一面の実りを与えてくれる。

 レティが両親に言われてきた事だ。


 本体である大木は向こうにあるが、祈りを捧げているのはこちらの木だ。小枝だけだが、本物の枯れ大樹の枝。


 最近では機嫌もよく、なんだか楽しそうでもある。土に挿したところ、周りの木々まで生き生きしてきた。繰り返すが、枯れ枝である。本体ではない。


 しかし、気になる。

(あとでもう一回お祈りしとこう……)

 レティはひそかに決心した。

お読みいただきありがとうございます。せっせと餌付けする伯爵閣下。

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