鶏肉のパイをいただきました
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パメラの祈りが届いたのか、レティはすこぶる元気だった。
ベルゼルゼの伐採を行った事で、森はわずかながらも元気を取り戻した。ついでにリゼロッタも伐採した。こちらはごく少人数で、一気に片づけた。三角関係怖いな…、とルカが呟いていたが、気にはすまい。
どちらも薬の原料になるので、無駄にはならない。おかげで材料が増えてありがたい。
仕事の合間に作る薬も、大分頼まれるようになった。今も予約待ちの人間が大勢いる。なんでこんなに多いのかと思ったら、屋敷以外の人間の手にも渡っているらしい。どうやら届け物を頼んだ彼が情報源らしいが、おかげでレティは大忙しだ。
だが、いい事もあった。
「レティちゃん、焼き菓子持ってきたよ」
「レティ、揚げ豆食う? すっげえ旨いぞ!」
「こっちは採れたての果物だ。ちょっと酸っぱいが、蜜煮にすると最高だぞ」
「よろこんでいただきます!」
レティの薬が評判になるとともに、お礼と言っておいしいものが届けられるようになったのだ。ボールドウィン領は食物加工の技術が高い。そこの住人が、店には出ない、とびきりおいしいものを携えてやって来るのだ。薬の製作に力が入らないはずがない。
おかげでレティはまたちょっと太った気がする。
もっとも、今までが痩せぎすだっただけで、ようやく普通に戻った程度だ。それと、背もちょっと伸びた気がする。ルカには未だにチビと言われているが。
最近では美容に効く薬も頼まれるようになった。その関係で、レティの髪も肌もつやつやだ。小麦色の髪はいつの間にかしっとりと光り、金色がかった光沢を帯びている。肌も潤いを増しているようだ。最近では目の色まで深みを帯びてきた気がする。もっともこれは、おいしいものが届くたびに輝いているせいかもしれない。
とにかく、ボールドウィン領は居心地がよかった。
(それに……)
ちらりと目を向けた先に、一本の小枝がある。
地面に植えられ、丁寧に土をかけてあるが、枯れた枝だ。もちろん、芽はつけない。
だが、この枝は特別だった。
(枯れ大樹の枝が、妙に元気な気がする……)
誤解を承知で言えば、生き生きしている――ようにも、見える。
そして、それに比例するようにして、森が元気になっているのだ。
気のせいだろうか。それとも。
考え事にふけっていると、「レティ!」と名前を呼ばれた。
「あんたにもらった美肌の薬、とっても調子がいいんだよ。あれ、また作ってもらえるかい?」
「もちろんですよ、マーサさん」
現れたマーサは、大きな包みを抱えていた。
「顔がつやつやするし、手触りもすべすべで。お礼と言っちゃなんだが、鶏肉のパイを作ってきたよ」
「わぁ、嬉しいです!」
マーサのパイは絶品だ。初めて食べた時、こんなにおいしいものがこの世にあるのかと思ったほどだ。鶏肉のパイは彼女の得意料理で、口に入れるとじゅわっと染み出る肉汁が最高だった。
思い出しただけでよだれが出そうになる。二つ返事で了解すると、マーサが苦笑した。
「本当だったら、ずいぶん高いお金がかかるんだろう? 食べ物と交換ばっかりじゃ、申し訳ない気もするんだけどね」
「元手はただですし、別にいいですよ。今までも、材料費をいただいたことはありませんし」
「そうなのかい?」
「ええ、まあ」
マロリーが手間賃など払うはずはなかったし、どうしても手に入らない材料を現物支給のみで、あとは森から集めていた。よく考えると、ひどい話だ。
「ずいぶんなところで働いてたんだね、あんた」
「あはははは……」
いえ実家です――とは言えなかったので、笑ってごまかすしかない。
鶏肉のパイも来た事なので、一旦休憩する事にした。
使用人の仕事も行っているが、空いた時間は薬を作る。それでも問題ないくらい、ボールドウィン伯爵のお屋敷は人手が多い。
それが普通で、今までが劣悪すぎる環境だったのだ、という事には気づかない。あくまでも大変だったのは薬草の調達で、掃除や洗濯ではなかったからだ。
パイを一口頬張ると、レティは目をつぶった。
(ものすご―――く、おいしい……っ)
パイ皮は香ばしく、鶏肉の脂が染みている。こんがり表面を焼いた鶏肉を、丸ごとパイの中に入れてあるのだ。中に香りのいい野菜が詰めてあり、キノコや燻製肉も入っている。食欲をそそる香りがして、口に入れるととろけそうだ。ああ、ここに来てよかった。このパイに出会えて、本当によかった。
しみじみ感激していると、「…やっぱりリスだな」と言われた。
「ルカさま?」
「頬袋いっぱいにため込む仔リスか。あとちょっと太ったな」
いつの間にか部屋の外にいたルカが、呆れた顔でこちらを見た。
「いちいち言わないでくださいよ! どうしたんですか?」
「ああ、ウィルに頼まれた」
「ウィルさまに?」
目をぱちくりさせ、レティはごくん、とパイを呑み込んだ。
お読みいただきありがとうございます。レティ、ちょっとだけ背が伸びました。




