≪幕間≫ そのころの彼女達は 1
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一方そのころ、グレーデの屋敷では――。
「……肌が、カサカサするわ」
鏡とにらめっこしているマロリーが、頬に触れて呟いた。
「それだけじゃない、小じわも、シミもこんなに……。全体的にくすんでいるし、粉まで吹いて……どういうことなの?」
マロリーご自慢の白い肌は、この半月で、すっかり衰えてしまっていた。
いつもならすべすべして、輝くように光をはじくはずの肌が、くすみ、荒れ、ところどころにシミまである。年相応どころか、明らかに悪い。
「お母さまもそうなの? わたくしもよ」
同じく鏡とにらめっこしていたヒルダが、イライラした顔で言う。
その顔にはくっきりとそばかすが浮いている。それだけでなく、吹き出物もいくつかできている。肌自体もかさつき、髪もなんだかパサついている。心なしか、目の色もくすんでいるようだ。
「そうだ……! あの子の薬。あれがあれば……」
いつもお茶に混ぜて飲んでいたため、まったく気づかなかった。数日は作らせておいた分があったものの、ここしばらくは一滴も飲んでいない。それが、まさかここまでとは。
早く飲まないと、と思ったところで、在庫がないのを思い出した。
(ああもう、なんてこと)
あの娘は薬草の調合だけは上手だった。そこだけは褒めてやってもいい。
家の仕事もまあまあできた。特に床掃除が得意だった。よく考えれば、あのまま置いてやってもよかったのだ。絶対に家族の前に姿を見せない条件で。もし見つかったら、使用人だと言わせればいい。
その約束が守れるなら、今からでも連れ戻してやらなくもない。
「お母さま、急ぎましょう」
「そうね、すぐに作らせなきゃ」
だが、果たしてどこに行ったのか。
ボールドウィン伯爵のところに行くとは最初から思っていない。腐っても貴族の娘だ。侍女ならともかく、使用人になるのは恥だろう。そんな事をするはずがない。
となると、グレーデ領のどこかだろうか。
今まで関心もなかったが、急に気になってくる。
人を呼ぶため、マロリーは部屋を出て行った。
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そのころ、別の部屋で。
「……ねえさま、ご無事かしら」
自室の窓辺で、ひとりの少女が呟いた。
淡い金髪に水色の目の可憐な少女だ。顔立ちはレティに少し似ている。
少女は物憂げにため息をつき、そっと長いまつげを伏せた。
母親のマロリーから「レティが出て行った」と告げられたのは半月前。なんでも、「どうしても手に入れたい薬草があるから、なんとしても出て行く」と言い張って、止めるマロリーを殴り倒し、ヒルダを蹴り飛ばして出て行ったらしい。本当だろうか。だとしたらすごい。
「二度とあの子に関わるんじゃないわよ。いいこと、パメラ」
そう二人に言われたが、パメラは耳に水が入ったので聞こえなかった事にした。三回言われたが、三回とも無視した。四回目にはお湯が入った事にした。十七回目に二人が根負けした。よし、勝った。
「この家を出るなら、私もご一緒しましたのに……」
パメラにとって、レティは大切な姉だった。正確に言えば従姉だが、血がつながっている事をこっそり教えてもらったのだ。
教えてくれたのは、今はもう首になった老執事で、「内緒でございますよ」と前置きして告げてくれた。
それを聞いた時の、胸がどきどきした気持ちを覚えている。
パメラはレティが大好きだった。
レティが小屋に住み、一緒に食事ができない事を、両親に抗議した事もある。だがその結果、レティが余計にひどい目に遭う事を知り、それはやめる事にした。
母親と姉は攻撃的だが、父親は事なかれ主義だ。どちらにしても、レティを助けてはくれないだろう。成長するに従い、それが分かった。
その代わり、パメラはレティの必要なものを届けたり、小麦をこっそりくすねたりした。――これは危険が高かったので、あまり頻繁にはできなかったが――。レティはいつも喜んでくれ、非常食と呼ばれる食べ物も分けてくれた。
一緒に森で遊ぶのが、パメラの何よりの楽しみだった。
レティはやさしくて、物知りで、植物達に好かれていた。
パメラの喘息を知り、薬を作ってくれたのもレティだった。
今も欠かさずに飲んでいる。十分な量があるのは、レティが送ってくれるからだ。
こっそりと届けられるそれは、紛れもなくレティが作ったものだった。誰が運んでいるのか、どうやって届くのかは分からない。いつの間にか村に届き、いつの間にか運ばれてくる。
けれど、この薬が届くうちは、レティが元気でいるという事だ。
そう思うと、寂しさも少しは慰められた。
「女神さま、ねえさまをどうかお守りください。そのためなら私の幸せと、あの二人の美肌をいくら損なっても構いません」
特に母親の美肌は、レティの薬の賜物だ。
だから祈った。
「お母さまのシミがひとつ増えるたびに、ねえさまが幸せになりますように」
割とひどい内容だが、パメラは至極真面目だった。
そこでふと、窓の外の木に気づいた。
見上げるほど大きいが、葉はひとつもつけていない。
枝ぶりは立派で、幹は二抱えほどもあり、どっしりと屋敷の隅に構えている。
枯れ大樹。レティがずっと祈りを捧げ、欠かさず世話をしていた木だ。
レティがいなくなってから、見よう見まねでパメラも祈りを捧げている。だが、どことなく元気がない。というより――機嫌が悪い。パメラはそれほど嫌われていないが、父母や姉が近づくだけで枝が落ちる。おかげでマロリーはハチに追いかけられたし、ヒルダは虫まみれになった。ちなみに、ヒルダは虫が大嫌いだ。
この木はきっと、レティの事が好きなはず。
目を閉じ、枯れ大樹にもパメラは祈った。
「どうかねえさまを守ってあげて。そのためなら私の幸せと、あの二人の美肌をいくら損なっても構いません」
彼女はとても真面目である。本気でそう思っている。
だから祈った。
「お姉さまのそばかすがひとつ増えるたびに、ねえさまが幸せになりますように」
お読みいただきありがとうございます。パメラ……恐ろしい子。




