まさかの三角関係でした(色気はない)
グレーデ領では、毎年欠かさずに行っている事があった。
「リゼロッタという木をご存じですか? 白い小花が咲く、日当たりのいい場所を好んで生える大きめの木です」
「ああ、聞いたことがあるな」
「割と有名な木だろ。確か――幸福な恋人達の木、とかいう」
「そうです。豊穣の木とも呼ばれています。この木が近くにあると、リンゴがよく育つことでも知られています」
リンゴは恋人の愛の証の色であり、リゼロッタがそれを助けるため、恋人の木と呼ばれるようになったという。そのため、この木を見つけても伐らない。愛する者を失うと言われているからだ。
また、リゼロッタの近くにはアスファルという木が生えており、まるで恋人のようだと言われているのも由来のひとつだ。
「では――ベルゼルゼ、という木をご存じですか?」
「いやまったく」
「聞いたこともねえな」
即答した二人に、ですよね、と頷く。
「ベルゼルゼは、森の隠遁者と呼ばれています」
他の木々に隠れるようにひっそりと生息し、地下深くに根を伸ばす。花が咲かず、実もつけないため、一般にはあまり知られていない。放っておいても害はないため、放置されている雑木の一種だ。
「この木にはひとつだけ特徴があるんです。――リゼロッタがそばにあると、暴走する」
養分や水分を奪うのは序の口、害虫を引きつけるフェロモンや、樹木にだけ効く特殊な毒、立ち枯れの原因となる樹液の散布、その他ありとあらゆる方法で、リゼロッタを攻撃する。
「すごいな……」
「なんつー傍迷惑な木だ……」
「この木も厄介なんですが……。枯れないんですよ、リゼロッタって」
なので、ベルゼルゼはさらに攻撃を仕掛け、それに反応した別のベルゼルゼも毒を放ち、それに気づいた次のベルゼルゼがさらに――といった具合だ。
地下茎が水脈に到達すると、そこから情報が共有されるらしい。リゼロッタが枯れるまで続けられるため、なかなか終わらない。
そのため、リゼロッタが枯れる前に、周囲すべての木が死に絶える。
「さっさと枯れろとは言わねえが……なんつーか、どっちも面倒くせえな」
「その感想はリゼロッタに申し訳ありませんが、同感です。……で、さらに面倒なことに」
「まだあるの?」
「リゼロッタが頑張っているのを見て、アスファルが覚醒します」
「覚醒?」
「今度はベルゼルゼを攻撃します。でも、ベルゼルゼを攻撃するということは、周辺の木も巻き添えになるわけで」
「ああ……もうなんか分かってきた」
「ベルゼルゼの攻撃に耐えた、あるいは木の特性上無事だった他の木々が、すべからく瀕死の状態に陥ります」
「ほんっと傍迷惑な連中だな……!」
レティもまったく同感である。
「そしてさらに続きがありまして」
「まだあるの?」
「もう何を聞いても驚かねーぞ俺は……」
「戦ってる彼らを見ているうちに、今度はリゼロッタが目覚めます。彼女――便宜上そう呼びますが、彼女は弱った木々のために、栄養価の高いフェロモンを振りまきます。それによって木は命を繋ぎ留めるのですが――ここにひとつ、落とし穴がありまして」
「何?」
「……そのフェロモンを吸った木は、リゼロッタと同じ匂いになっちゃうんですよね……」
「ああ、うん、なんかもう嫌な予感がする」
つまり――。
「リゼロッタと勘違いしたベルゼルゼが、さらに活発になってしまうという……」
「あああああ……!」
「壮大な愛憎劇を見ている気分だなあ……」
頭を抱えるルカと、しみじみと頷くウィルが対照的だ。ちなみにこれを「リゼロッタの悲劇」と呼ぶ。ごくごく一部での話だが。
「私のために争わないで! という感じに見えなくもないですが、これをやられると被害地が激増します。そして、半端にリゼロッタの栄養分が行き渡るため、半枯れ状態で生き残る、と」
まさにこの森の状態である。
「だけど……そんな大事な話、今まで聞いたことがなかったな」
「ああ、公表してませんから」
レティがさらっと告白した。
そもそも、リゼロッタのあるところにはベルゼルゼが生えない。リゼロッタは日向に生え、ベルゼルゼは日陰に生える。リンゴの近くを好むのがリゼロッタなら、リンゴが苦手なのがベルゼルゼ。性質も逆なら、好む生息条件も真逆だ。
実際、二つが同じ場所に生えているところを見た人間はほとんどいない。いてもすぐに枯れるから、検証もできない。ちなみに枯れるのはベルゼルゼの方だ。力を使い果たすらしい。
さらに言えば、ベルゼルゼは仲間の匂いを嫌い、互いに離れた場所に生えるので、情報が伝播する事はあまりない。
運の悪い条件が重なった結果、偶然起こる悲劇である。そして、グレーデ領がたまたまその条件に一致したらしい。国内で他に例はない。レティも聞いた事がない。
それなのに、レティがどうしてそんな事を知っているかと言えば――ご先祖さまの残した記録である。
毎年一回のベルゼルゼ採集。――採集と銘打っているが、これは討伐だ。記録から、かなり念入りにやっていた事が窺えた。
しかも、連れて行く人数はごくわずかで、目的も伝えていなかったらしい。
「理由は分かりませんが、内緒にしていたみたいです」
「なるほど……」
ウィルがしばらく考えた後に頷いた。
「やってみる価値はあるかもしれない。少なくとも、原因のひとつではありそうだ」
「ウィル、本気か?」
「初めて聞いたことだけど、信憑性はあるよ。それに、内緒の理由にも心当たりがある」
今思い出したんだけど、と唇に触れる。その仕草がひどく優雅だ。蜂蜜色の髪がきらきら光り、王子様のように見える。
「なんですか?」
「リゼロッタは、かつて王女が慈しんだ木と言われている。その木が争いの原因なんて、王家が許すと思うかい?」
「……なるほど」
「その王女は二人の男性に求婚されて、泥沼の愛憎劇を繰り広げたあげく、最後は決闘で解決したそうだよ。なんだか――すごく聞いたことのある話じゃないか?」
「そうですね……」
「マジか」
黙り込んだ三人は、すぐに気持ちを切り替えた。
「よし、知らなかったことにしよう」
「賛成です」
「右に同じ」
こうして、真実は闇に葬られた。
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