森へ採集に向かいました
***
そして、翌朝。
「というわけで、僕が付き添うことにしたよ」
「……はい?」
なぜか外出着姿のウィルと、眉間にしわを寄せたルカが立っていた。ちなみにこちらも外出着だ。皮の手袋と荷物を携え、腰にはナイフを差している。
「あの……人を手配してくださるはずでは?」
「うん、だから僕が来た」
「いえ、そうではなくてですね」
「……名目上は領地の視察だ。それで通す」
恐ろしく不機嫌そうな声だったが、ルカも反対はしないらしい。気が変わらないうちにと、レティは急いで頭を下げた。
「で、では、よろしくお願いいたします」
「ところでレティ、その大荷物は?」
「せっかくなので、一応持っていこうと思いまして」
レティが用意したのは、自分が使っていた採集道具だった。小さなナイフ、スコップが二つ、清潔な布が数枚と、マッチが一箱。それから数種類の棒に、小瓶がいくつか。他にも色々入っている。
召使い達の手によって詰め込まれた小物の中に、採集道具も入っていたのだ。持つよと言われたが、礼を言って固辞する。できれば目的が成功した時に運んでもらいたい。
森へ踏み出すと、空気の匂いが変わった。
少し湿っぽく、ひんやりした緑の香り。どことなく退廃した感じが漂うのは、朽ちかけた木のせいだろうか。完全に枯れたわけではないが、今にも力尽きそうだ。
最初に通った時は夜だったから、まったく気づかなかった。
「グレーデ側に比べて、ずいぶん元気がないんですね」
「そうだね。気候もほぼ変わらないし、条件は同じはずだけど」
(さすが根絶やし伯爵……)
呪いというのも、あながち嘘ではないかもしれない。
「僕が言うのもなんだけど、この森に何があるんだい?」
「薬草を探しに。できればお庭で栽培したくて」
「薬草? でもそれは――」
言いかけたウィルに、レティは力強く言った。
「大丈夫です。このくらいなら全然、問題ないですよ」
「……そ、そう?」
「はい!」
レティのいた森にも、植物が生えにくい場所はあった。
けれどそれは、別の植物にとっての生息地でもあるのだ。
中にはそこでしか生えない貴重な薬草も交じっていた。それらは非常な高値で売れたらしい……が、レティの懐には入っていない。
この森と条件はほぼ同じ。だとすれば――……。
「あった……!」
歩き出していくらもしないうちに、レティは歓声を上げた。
「すごい、リュシオラがこんなに……。あっ、あっちはマルモリカ! ファジカも、ヴィーネも、ファルゴットまで……!」
飛びつくようにして収穫を始めたレティに、男二人はぽかんとしている。立ち尽くす彼らに、レティは「ほらほら!」と急き立てた。
「籠を用意してください。私が摘み取るので、お二人は集めた植物の保管をお願いします。リュシオラは乾燥に弱いので、湿らせた布をかぶせてこちらへ。マルモリカは逆に水分厳禁。採ったらすぐにここに載せて、しばらく干します。ファジカとヴィーネはこちらの瓶へ。ファルゴットは下処理が必要なので、後回しにしましょう!」
てきぱきと指示を出しながら、手際よく植物を集めていく。その姿はまるで猟犬だ。今にも尻尾を振りたてそうな様子に、ウィルは戸惑いつつも楽しげだ。
「分かった、言う通りにするよ」
「マジか」
ファルゴットの処理にはコツがあり、摘み取った後、根っこを軽く火であぶる必要があるのだ。これをしないと効果は激減、貴重なのにあまり知られていない。
さっさと火をおこし、手慣れた動作で根をあぶると、辺りに独特な香りが立ち込めた。
「……すごく不思議な匂いだ」
「だな」
「ファルゴットは媚薬としても使えるそうですよ」
ほとんど採れないので、幻の草とも呼ばれている。ファジカとヴィーネの近くに生えている事が多く、料理にも使える。その場合は貴重な珍味になるらしい。
「レティ……どこでこんな知識を?」
「生きるために覚えただけです。あ、マルモリカそろそろしまってください。乾燥させすぎるといけないので」
「な、なるほど」
「ルカさまは瓶に半分くらい水を入れてもらえますか? そしたらこの葉っぱを詰めてください。ぎゅうぎゅうで大丈夫です」
「わ、分かった」
「あとは枯葉と土を集めて、苔もちょっともらっておこうかな……。あ、あそこにあるの、野生のリンゴですよ! せっかくだからもいで行きましょう」
木に登り始めたレティに、彼らがさすがにぎょっとする。
「レティ、危ないよ?」
「犬じゃなくてリスかよ! どっちにしても動物だな!」
「慣れてるので平気ですよ。あ、落とすので受け止めてください」
手にしたリンゴは季節外れだというのに、つやつやと赤かった。
(おや……?)
そういえば、小ぶりだがちゃんと丸い。水分も詰まっているようだ。
試しに一口齧ってみると、酸味は強いが、普段食べているものよりはおいしかった。
(やっぱり……)
だとすれば――。
きょろきょろと辺りを見回して、レティはある一角に目を留めた。
――ああ、やっぱり。
納得したように頷き、レティはいくつか実をもぐと、そのままするすると下りてきた。
「レティ、大丈夫?」
「登るのも下りるのもやたらと上手いな! あと落とすって言ったなら落とせよ!」
「忘れてました、すみません」
それより、とレティは顔を上げた。
「この森、元に戻るかもしれません」
お読みいただきありがとうございます。レティ、猟犬からリスになりました(でも食べてる時にリスって言われてた)。




