家から追い出されてしまいました
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グレーデ家には、「枯れ大樹」という木が生えている。
その木はなぜか葉をつけず、花も咲かず、実を生らす事もない。数百年の間、ずっとそうだ。
ただ――枯れない。
正確に言えば、枯れてはいない。木はちゃんと生きている。
その木の世話をするのが、グレーデ家当主の役目なのだ。
何の意味があるのか、それともただの言い伝えか。
よく分からないまま、彼らは木の世話をし続けた。
子供が生まれたら役目を譲り、代替わりを報告する。木は何も応えないが、その後、森の果実がちょっとだけよく実ったりする。
どんなに世話をしても、木は芽吹かない。
かといって、少しでも世話をしないと、木は途端に機嫌を損ねる。
あってもなくてもいいけれど、世話はする。
それがグレーデ家当主の務めであり、役割だった。
***
***
「というわけで、レティシア・グレーデ。お前には屋敷を出て行ってもらうわ」
告げられた言葉に、レティはぽかんと口を開けた。
何を言われているのか、まったく理解できなかった。
「ええと……おばさま、それはどういう?」
「マロリー様とお呼びなさい!」
「マロリーおばさま、それはどういう……」
言い直したレティシアに、マロリーと呼ばれた中年女性は鼻を鳴らした。
「あなたも聞いているでしょうけれど、うちのヒルダの結婚が決まったの」
「わぁ、そうなんですか! おめでとうございます」
従姉のヒルダは、レティより二つ年上の十八歳だ。白っぽい金髪と灰色の瞳で、薄くそばかすが浮いている。目の前の叔母、マロリーと顔はそっくりだが、そばかすはヒルダの方が多い。ちなみに、パメラという名の妹もいる。こちらはあまり似ていない。
レティに気づくと、マロリーの後ろにいたヒルダがつんとした。
「グレーデ家を夫が継いでから十年。お前を養うことになって苦労したけど、ようやくこの家にも運が巡って来たわ」
「それはよかったですね、おばさま」
「だからね、レティ。この家を出て行ってちょうだい」
「……はい?」
そこで冒頭の話に戻るのだった。
「ど……どういった理由でそのようなことに?」
「簡単よ。兄の子であるお前が、この屋敷に残っていては目障りなの。世間にも色々と差しさわりがあるでしょうし、ヒルダだって安心できないわ。あの子のお相手はね、フォンドア子爵なのよ。うちみたいな貧乏男爵家とは話にならない。まさにヒヨコが鷹を仕留めたような幸運よ!」
ヒヨコが鷹というのは、力の弱い者が強い者を倒す際の常套句だ。他に「小魚が大魚を食らう」、「細枝が大木を打ち落とす」などがあるが、どれも同じ意味である。
それは分かったけれど、だからといって。
「わ、私、お邪魔にはならないようにしますけど……。今だって母屋には入らないし、掃除も洗濯もやっています。薬草の調合も――『枯れ大樹』のお世話だって……」
「それよ」
マロリーがびしっと指を突きつけた。
「この家に代々伝わる仕事。すなわち、『枯れ大樹』の世話。それをお前がしていることが、大きな大きな問題なの」
「……はい?」
「この家の正式な娘はヒルダよ。いくら先代男爵の娘だろうと、お前は他人。赤の他人がしゃしゃり出ることで、ヒルダがとっても迷惑するの」
唖然とするレティのそばで、ヒルダがうんうんと頷いている。どうやら、かばってくれる気はないらしい。
――なので。
「いいこと、レティ。お前はここを出て行きなさい」
「いやいやいや……え、本気ですか?」
半分据わったマロリーの目に、(まずい)と顔を引きつらせる。
直情型のこの叔母は、一度言ったら意志を曲げない。
けれど、ここを追い出されるわけにはいかない。
両親が流行病で亡くなって十年、突然やって来た叔父夫婦によって、レティの境遇は一変した。
それまでは曲がりなりにも男爵家のひとり娘だったレティは、あれよあれよという間に母屋を追い出され、近くの小屋に押し込まれて、使用人のお仕着せを与えられ、掃除や洗濯を命じられ、ついでに怒鳴ったりぶたれたりしながら、下働き同然の扱いを受けてきた。
ヒルダもそれに倣い、レティを使用人として扱った。
唯一、従妹のパメラだけはやさしい子で、「どうしてねえさまは一緒にごはんを召し上がらないの?」と澄み切った瞳で聞いてきたが――あの目を悲しませるのは辛い。結局、笑ってごまかすしかなかった。
今いるこの小屋も、レティが自分で住みやすいように調えたものだ。
枯れ大樹に近いため、好都合だと思っていたが、夏は暑いし冬は寒い。何せ、暖炉もないのだ。食事も残り物だし、以前からの使用人はほぼ辞めさせられている。レティの味方はいなかった。
そんな生活を十年も続け、今。
レティは家を追い出されようとしている。
「い、いえ、でもですね? 枯れ大樹って繊細ですし、ずっとお世話してたので愛着もあるし、ヒルダと相性が悪かったら大変ですし――」
「心配ないわ。ヒルダだってこの家の血を引く子だもの。お前がいなければ、立派な後継ぎよ。問題ないわ」
「いやそういう意味じゃなくて……」
「いいからさっさと出て行きなさい!」
ほら支度! と怒鳴られる。
「いいこと、二度と戻ってくるんじゃないわよ。戻ってきたら首を絞め上げて、全身の毛をむしったあげく、逆さにして庭に吊るすから。いいわね?」
「……ええー……?」
あまりの事に唖然としたが、「ほらほら」と急かされて、反射的に従う。
着替え、小物……とちまちま荷物を詰めていると、焦れたように叫ばれた。
「ああもう、何をぐずぐずしているの。早くしないと子爵様がいらっしゃるでしょう!」
さっさとしなさいと顎をしゃくられ、近くにいた召使い達が動く。
あるもの全部をぽいぽいと鞄に放り込まれ、あるいは投げ込まれ――高価そうな持ち物だけは、「これは必要ないでしょうから、もらってあげる」と取り上げられて――あっという間に荷物がまとめられていく。
「さあ、これでいいわ」
手元に残ったのは、ずっしりとした荷物(ただし、ほぼ不要品)のみ。
近くにいられると困るという理由で、粗末な馬車に乗せられて、領地境まで連れてこられる。
そして――レティは、ぽいっと放り出されてしまったのだった。
お読みいただきありがとうございました。西洋語準拠でやっていこうと思いましたが、初っ端で挫折しました。架空と現実を織り交ぜて、ゆるーく更新していきます。よろしくお願い致します。