Prologue
その日は雨が降っていた。
雨が降り頻る中、1人の女子高生は傘もささずにどこかへ向かって走っていた。
彼女は「倉橋 綾」。平凡な女子高生だった。
息を切らして、水溜まりを踏みしめては靴下に水飛沫がかかる。濡れた事すらも忘れたように、少女はただ急いでいた。
「…っどうしよう、…」
学生鞄を両手で抱き締めて、軒の下に隠れるように逃げ込む。短く揃っていた黒髪は頬に張り付き、雫は重力に逆らうことなく垂れていた。
少女は周囲を確認し、まるで怯えるようにその場でしゃがみこみ縮こまる。
鞄に着けていたお守りを必死に握りながら、雨が止むのを待っていた。
ーーふと、ぬるりと黒い影が差した気がした。
それが少女の体を覆うように、影を作り出した瞬間、ぱしゃりと水溜まりに跳ねる音が聞こえる。
少女は震えている。この目の前の影が得体の知れないものである事に気付いていた。
目に見えないモノ程、怖いものは無い。
それを痛感している。
現実を直視している事を拒否するように、少女は固く目を瞑った。すると、ぬるりと影は床に染み込むように消えていき覆っていた影は消えていく。
少女はほっと息をついた。ようやくどこかへ消えてくれた、と。
ーーしかし、次の瞬間。
どこからかキキーッ!!と大きなブレーキ音が聞こえた。
目の前に迫っていたのは車のライト。
大型トラックがすぐ目の前に迫っており、しゃがみこんでいた少女には抵抗する時間も、逃げる時間もなかった。
金属音、何かが壊れる破壊音、そしてドン!!!と何かがぶつかって水溜まりがばしゃりと跳ねる音。
それらが聞こえた瞬間、女子高生の体は投げ打っては地面に強く打ち付けられ、…やがて、びくともしなくなった。
即死。身体のあちこちは折れ曲がり見るも無惨な姿と化していた。
彼女の手には血まみれのお守りが握られている。
それはやがて、じゅう…と音を立てると消えていってしまった。
続いて広がったのは、透明な曇り空を写し出していた水溜まりをも侵食する、赤い血。車の警報音と共に運転していたトラックの運転手が慌てた様子でスマートフォンで警察と救急車を呼んでいた。
その様子を俯瞰して見ていたのは、その身体の持ち主である少女自身だった。
この時、少女は紛れもなく死んだ。
少女も死んだと認識し、空気に溶けるように流れに身を任せて目を閉じた。
呆気ない人生だったと自嘲して、笑いながら。
意識がゆっくりと消えていき、その場から少女の意識は消え去った。
そう、死んで終わるはずだった。
・・・
少女は何かにゆり起こされる感覚を覚えた。
起きなければならないと、どこか使命感のようなものを覚えて、ゆっくりと目を開く。
目の前には誰もいなかったが、どこからか老若男女とも取れない声が聞こえてくる。
「転生番号×××」
自身に声がかけられているということだけは、少女にも認識が出来た。ノイズのようなもので、何を言っているのかが聞こえにくい。
「……魂に欠落が見える。このままでは次の生を迎えること無く死ぬ事だろう。転生する事は許可する事は出来ぬ。」
何を言っているのだろうか、と少女の頭の中は着いていくのが手一杯である。ここは何処なのか、自分はどうなったのか、転生が出来ないと言うのはどういう事なのか、魂に欠落とは何を指しているのか。
少女は声を出そうと口を動かすが、ぱくぱくと空気音が鳴るだけで声を発する事すらも出来ない。
「よってーーーーー魂の欠落を補完する寿命を得るまで、輪廻を巡ってきなさい。」
どうして?!と少女は混乱した頭の中で反論する。寿命を得るとはどういう事なのか、輪廻とは何を言ってるのか。
その声が途切れた瞬間、少女は突き飛ばされるような感覚を味わう。
自身の意思とは反対に、何かによって引きずり出されるような…不思議な感覚を味わいながら、その衝撃に耐えうることは出来ずに意識を落とした。
「私が一体何をしたって言うのよー!!」
少女の心の叫びは、誰にも届かず消えてしまった。
兎にも角にも、転生はこれにて失敗。
はてさて、少女の運命は如何になるのか。
これより始まるは数奇な運命を辿る怪奇譚である。