盗賊、魔王城へ潜入する。
俺が超一流の盗賊と呼ばれるのにはいくつか理由がある。
一つはもちろん盗賊としての腕前だ。
鍵開けに尾行術に聞き耳と、自分でも言うのもなんだが一流だ。
王国にいる盗賊の誰にも負けない。それこそ盗賊ギルドのギルド長なんかよりも。
だが、それだけじゃ一流どまりだ。
俺が超一流である理由はもう一つ、『気配遮断』と『消音』の超レアスキルの二重持ちなのだ。
このスキルにより俺がいることを獲物に気取られることなく忍び込み、物音一つたてずにお目当てのブツを回収していく。
獲物が気づくのは、決まって仕事が終わった後。
これを超一流と言わずしてなんと言う。
でも、俺だって人間だ。
捕まるときは捕まってしまう。ヘマをしてしまった。
ただ、俺レベルになるとただ牢屋にぶち込まれるとゆーわけではない。
国王陛下の御前に連れ出された俺は、直々に司法取引を持ち掛けられた。
「その右腕を落とすか、魔王城の偵察、好きな方を選ばせてやろう」
悩むまでもなく魔王城の偵察を選んだ。
魔王の首をとってこいではなく、あくまで偵察だ。
『気配遮断』と『消音』と俺の盗賊としての腕があれば、いかに魔王城とて潜入など容易いこと。
現に俺は魔王城内へと潜り込むことに成功していた。
ぶっちゃけ王立騎士団の女子寮の方が忍び込むのは難しかった。
ただ、さすがに罪状と釈放条件が不釣り合いではないかと思う。
だって俺は天賦のスキルと技術を駆使して、下着泥棒していただけなのに。
人の美的センスとは異なる調度品が並ぶ廊下を、俺はスキルを全開で進む。
おかげで魔族や魔物どもの横を悠々と通り抜けることができる。
あいつらには俺が見えているかもしれないが、俺が「その場に存在する」ことは認知できていない。
しかも『消音』により俺が発するあらゆる音が奴らには聞こえない。
よほどポンコツムーブをしない限り、やつらは俺が魔王城に潜入していることに一生気が付かないだろう。
その気になれば魔王の首すら取れるかも――甘美な誘惑が俺の心に囁きかける。
馬鹿言っちゃいけねえ。
俺は盗賊だ。アサシンなんかじゃねえ。
薄汚いバケモノどものアホ面を拝みながら、俺は魔王城の奥へと潜る。
向かうは全ての魔賊と魔物を従える魔王の御前――玉座の間。
まあ俺には余裕すぎるんだけどね。
魔王城は城と言うだけあって、人間の城と造りはよく似ている。
玉座の間の広さなんてうちの王城と変わらない。トロールが十匹はすっかり収まるくらいだ。
ただ、イメージと違うのは、白を基調とした清廉さを感じる部屋なところか。
魔王城なのだから、もっと黒くて威圧感のある禍々しいデザインかと思っていたのだが、その点だけ解釈不一致だ。
俺は立ち並ぶ柱の影に音もなく滑り込む。
息すら止めて、そーっと顔を覗かせる。
入口からまっすぐ伸びる赤絨毯は段差を乗り越え、玉座の間の最奥まで続いている。
奇怪な文字が書かれたいくつもの垂れ幕を背に、豪華絢爛な玉座がぽつんとある。
そして、腰を下ろしている者が一人。
俺は息を呑んだ。
側頭部から生える二対の捻じれた角。
殺めた者の血で染めた紅き双眸。
これは魔族の、魔王に連なる者の証。
「あれが……魔王……」
人類の天敵である魔族と魔物を統べる者――魔王がいた。
十歳くらいの男子児童だけど。
「あれが……魔王……?」
イメージと違う。
もっとこう筋肉モリモリマッチョマンで、御羊の頭を被って「KILL YOU BABY」って叫びながら、村を焼いてるような見た目だと思ったのだが……。
これ、陛下に報告しても信じてくれるかなあ?不安になる。
すーっと横に視線を向けてみる。
魔王の傍で、腰に剣を携えた側近らしき美女が控えていた。
冷徹さという言葉に血肉を与えると、この女のようになるのではなかろうか。
それ以上に重要なのはほっそりしているのに胸がデカい。服がぱつんぱつんで目に毒だ。
たぶんミスコンだとうちの王女じゃ敵わない。
……なんかすげえ羨ましくなってきた。やっぱりショタ魔王の首を落としてやろうか。
「魔王様、お時間です」
一瞬だが発達した犬歯が見えた。
なるほど通りでこの冷たい雰囲気、側近は吸血鬼なのか。
「はーい」
魔王は玉座からぴょんと飛び上がるようにして立った。
背丈は小さく130センチくらいしかなさそう。
さらさらの髪の毛など、いいところのお坊ちゃんにしか見えない。
いや、いかに見た目が子供とはいえ魔王には違いない。
世を忍ぶ仮の姿という線もある。
魔王は着られている感があるぞろりとした黒いマントを外すと、律義に畳んで玉座に置いた。
マントの下にはおよそ魔王らしくない動きやすそうな衣服。
魔王は緊張に顔を強張らせながら、玉座の間の中央へと移動した。
何が始まるというのだ?
「では魔王様、これより訓練を始めます。邪悪な勇者とその一味を相手するには、まだ魔王様のお力は不十分です。ですが、この筆頭参謀たる私めに任せてくださいまし」
「はい!側近、よろしくおねがいします!」
勇者を倒す訓練だと⁉
俺は自分の耳を疑った。
この情報を報告すれば俺の罪がなくなることは必至。
絶対に持ち帰らなければならない情報だ!
俺は懐からメモを取り出し、一挙手一投足を見逃さないよう集中する。
さあ魔王! お前の手の内を俺に見せるが良い!
側近がパチンと指を鳴らした。
急に魔王の目前に、白い煙がもくもくと上がる。
「ふぇっ?」
魔王がへっぴり腰で身構える。
煙が晴れると、そこには青く半透明なゼリー状の物体が一匹、うじゅるうじゅると震えている。
あれは……スライムだ。
魔王め、スライムでいったい何をする気だ⁉
「では魔王様、このスライムと組み手をお願いいたします。もちろん武器や魔法の類は使用禁止です」
「えー!」
「えーじゃありません。なお、このスライムは品種改良により衣服だけを溶かします。お気を付けください」
おい待てや。
魔王はぷるぷると震えながら怯えたように尋ねる。
「側近、これってほんとうに訓練なの?」
「もちろん訓練です。勇者パーティーの中にはシールドブレイクのスキルを持つ者がいるかもしれません。防具を無効化され剥かれてしまった場合を考慮し、この訓練はその対処法を実戦で、お身体で調教するためのものです」
嘘つけええええええええッ!
思わず大声で叫びそうになり、ぐっと堪える。
いやいやどう考えても詭弁じゃないかッ!
とゆーか、あの側近、目を血走らせて息も荒いぞ!あと、ところどころ言葉遣いも怪しいし!
絶対ぇ訓練という名目で己の性的な欲望を解放しようとしているだろ⁉
側近は目をくわっと見開くと、
「むしろ粘液で稽古着を溶かされ一糸まとわぬ姿になってからが本番なのですッ!」
おいこら側近のねーちゃん、本番って何の本番だ? んんっ?
「そ、そうなのかー」
勢いで納得させられる魔王。
いかんいかんダメだぞッ!
そういう描写できない不健全な行為をするのはちょっとマジで止めてくれ!
俺の内心の叫びが届くはずもなく、側近に言われるがまま魔王はスライムと対峙し――
「はぁ……はぁ……」
魔王は荒い息をつき、頬を紅潮させている。
汗が一筋、頬を伝って白亜の床を濡らす。
なんと魔王はスライムの攻撃を全て掻い潜り、小さなお手手の一撃でノックアウトしたのだ。
もちろん稽古着は健在!
恐るべし魔王。熟練の騎士でも無傷で倒せるかは怪しいというのに……。
「チッ……訓練その一は終わりです。次に移りますね」
やや憮然とした顔で側近は言う。
おい今、舌打ちしなかったか?
魔王が息を整える間も与えず、側近は次の刺客を送り込む。
玉座の間にはいくつかの扉がある。そのうちの一つが独りでに開いた。
暗闇から何かが近づいて来る。
重い物を引きずるような音がする。
それがいったい何なのかを気付いたとき、俺は思わず息を呑んだ。
「では次の訓練です。このローパーを相手に組み手をお願いいたします。もちろん武器や魔法の使用は禁止です」
現れたのはローパーと呼ばれる、ロープのような触手を幾本もうねらせているモンスターだ。イソギンチャクみたいな外見だ。
「えー!」
「えーじゃありません。なお、このローパーは品種改良により特に意味はありませんが、触手から粘液を出します。お気を付けください」
魔王が不安めいた顔で側近の方を見やる。
「側近、これってほんとうに訓練⁉」
「もちろん訓練です。勇者はパーティを組んで襲い掛かって来ます。ローパーの触手の手数くらい捌けなければ勝負にもなりません。我ら腹心が助力できない状況でも、魔王様お一人の力で打開する――これはそのための実践的な訓練なのです」
嘘つけええええええええッ!
『消音』のスキルが無ければ今のは危なかった……。
とゆーか言ってることと態度がかけ離れすぎて信じられるかッ!
あの側近、手をワキワキとさせて涎を垂らしてるし。
やっぱり訓練という名目で己の性的な欲望を解放しようとしているに違いない。
側近は目をくわっと見開くと、
「むしろ! 私は魔王様が触手に絡めとられて、稽古着をむしり取られ粘液にまみれたあられもない姿で目の端に涙を浮かべ私に助けを求めるのを拝見したいのですッ!」
だめだこいつ早く何とかしないと。
「そ、そうなのかー」
勢いで納得させられる魔王。
くそ、何かの手違いでローパーが側近に攻撃しないだろうか。
いやむしろ頼むから側近に攻撃してくれッ!
俺の内心の欲望はさておき、側近に言われるがまま魔王はローパーと対峙し――
「はぁ……はぁ……」
魔王は頬を紅潮させ、ぐったりと床に伏せている。
ローパーの無駄に迸った粘液が玉座の間の床を汚している。
なんと魔王はローパーの触手攻撃だけでなく、飛び散る粘液すら全て掻い潜り、キック一発でノックアウトしたのだ。
もちろん稽古着は健在!
恐るべし魔王。王立騎士団の女騎士なら、手も足も出せず倒されていたことだろう……。
「チッ……魔王様今日の訓練はこれまでです。良く頑張りましたね」
「うん!ありがとう!」
「はぅっ!」
魔王の無垢な笑顔を真正面から浴びて、側近の顔が身体をくの字に折る。
あー、ぷるぷると身悶えしているなあ。
欲望に身を任せていた側近には、さぞ堪える笑顔に違いない。
それにしても……俺はいったい何を見て、何の情報を集めているというのだろうか?
「魔王様、稽古着は洗濯いたしますので、あとに私に渡してください。いいですね?」
「うんっ!」
魔王よ、たぶん……その稽古着は返ってこないと思うぞ。
俺はメモに目を落とし、走り書きの内容を改めて読む。
これをそのまま報告したら、罪を帳消しどころか打ち首になりそうだ……。
メモを閉じると懐に戻した。多少の脚色やむなし。
そして、再び魔王と側近に視線を移す。
「……あれが今まで俺たちが恐れていた魔王か」
話に聞くのと実際に見るのとではここまで違うものなのか。
俺は小さく息をつく。
――魔王恐れることなし。
この偵察で、俺はそう結論付ける。
むしろあんなお子様ランチなショタ魔王をどう恐れろと言うのか……。
さて、偵察は終わった。ここにいる理由はもうない。
魔王城なんて危険なところ、さっさと逃げるに越したことはない。
俺はきびすを返すと、半開きのドアへと向かってこそこそと移動する。
でもまあ『気配遮断』と『消音』でバレないから、もう少し場内を見学してお土産を集めるもいいかもしれない。
あるいはバケモンどもが貯め込んだお宝をいくらかパクって帰るか――
「ねえ、側近」
「なんでしょう、魔王様」
「あのね――あそこにいる人間も訓練なの?」
心臓が止まったかと思った。
砂糖水を飲み込んだ時にも似たどろりとする――威圧感に一歩も動けなくなる。
まさか、と思い振り返る。
小さな魔王と目が合った。
魔族の王がそこにいた。
――なぜバレた?
俺の頭に真っ先に浮かんだのは疑問。
俺がヘマをしない限り、『気配遮断』を見抜ける者などいない。
だから希少スキルなのだ。
勇者だって見抜けない。
なのに、なぜ!?
ヤバい。
そして焦り。
『気配遮断』は認知されると、途端に効力を失ってしまう。
側近には俺が突然現れたように見えたことだろう。
瞬時に、背筋を這う冷気にも似た――殺気をぶつけられた。
恐怖に身体がピクリとも動かない。
ヤバい。
側近は剣を抜くと同時に地面を蹴った。
瞬間移動したのかと思った。
次の瞬間には、目と鼻の先に側近が迫っていたからだ。
側近越しに、魔王の薄く冷たい笑みが見えた。
剣の切っ先に自分の顔が映る。
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバ――




