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「ち、父上っ!? な、何をしておられるのですかぁ!?」
大声を張り上げて、ルークは自分の父親の元へ駆け寄る。
どうして自分の父親が土下座しているのか、理解できないのだ。これも全ては自分のせいだというのに。本当、哀れね。
「そうか……どこまでスカーレット家は下劣なのだ。僕の父上に洗脳魔法を掛けて……な、何と屈辱的な土下座まで……」
自分の目の前に起きた光景に対して理由が欲しいのだろう。
自分の父親が絶対に負けるはずがない。こんな場所で。こんな奴らにと思っているのだ。気持ちは分からない気もしないけど、現実逃避する男は嫌いだ。ただ幼稚なだけね。
「おいっ!? アメリア!! こ、これも全てはお前の仕業だな。この腐れ女がぁ! 絶対に、絶対にお前を裁いてやる!」
私へと怒りの眼差しを向けた途端に、ルークは思い切り頭を殴られた。誰にって、それは勿論——。
「こ、このバカ息子がぁ! お前は何を言っているのだ。これも全てはお前のせいだ。ほらぁ、お前も一緒に謝るのだっ!」
ルークの父親——ガウス・シュバルツは良識のある人だ。私の家に何度か足を運ばせたことはあるが、多少息子に甘い点を除けば、普通に父親だろう。子供に甘いって言うのなら、私のお父様も似たり寄ったりなんだけどね。
初めて父親に殴られたのだろうか。何が起きたのか理解できずに固まった表情で、ルークは頬を押さえている。
「ち、父上っ! 目を覚まして下さい。こんな奴らに謝る必要はありません。シュバルツ家とスカーレット家。僕たちの方が遥かに歴史も権力も上。こんな三流貴族に謝る必要など全くない。ほらぁ、父上。いつものように——」
鬱陶しい言葉を止めたのは、ガウスだった。
「ルーク……確かにシュバルツ家は歴史も権力も上だった。でも、それは十数年前の話だ。今ではスカーレット家の方が遥か格上の存在だ。そ、それに……後ろに居るアメリア様は、この世界に数人しかいないと言われる聖者の一人だぞ」
ガウスの言葉を聞き、ルークの表情は固まってしまう。頭を抱え込むような形で、そのまま膝から倒れ込んだ。
「せ、聖者……? あ、ありえない。ありえない……あんな奴が……こ、こんな奴が……聖者など……ありえるはずがない。デタラメだ。全て嘘だぁあ!! アメリアみたいな田舎女が聖者のはずがない……」
「全て事実だよ、ルークくん。いいや、アメリアを散々侮辱した罪深き男よ」
私のお父様——デビッド・スカーレットは続けるように。
「私の娘は努力家だ。君とは違ってね。生まれてきた時の魔力適性はゼロ。それでも、娘は決して諦めなかった。日々の努力を怠らず夜遅くまで魔法や勉強に打ち込んだ。そして、現在彼女は聖者になった。私たちの自慢の娘である」
生まれた段階での魔力適性はゼロ。魔法や魔術を操る家系に生まれ、最底辺のゼロを出すのは極めて珍しい。悪意のある言い方をすれば、失敗作である。それでも、お父様とお母様は決して私を見捨てることなく、愛情を込めて育ててくれたのだ。
そのかいがあってか、私の魔力は歳を重ねる度に強大となり、今では世界に数人しか居ない聖者の一人と呼ばれるほど。
ガウスはルークの耳元に顔を近づけ、小さな声で。
「ルーク、謝るのだ。我も一緒に謝る。だ、だから謝るのだ」
「父上……し、しかし……僕は……ぼ、僕は……」
「誠心誠意謝罪すれば、デビッドは分かってくれる男だ」
「わ、分かりました……ここは、しかたなく……謝るしか」
シュバルツ家の現当主と次期当主は床に頭を付け、綺麗な土下座を見せてくれた。特に現当主に至ってはし慣れている感がある。もしかしたらルークが変なことをした度に、頭を下げていたのかもしれない。出来の悪い子供を持つって大変ね。
「この度は、アメリア様に対する我が息子の行動をどうぞお許し下さい。もう二度としないように、と言い聞かせますので……ほらぁ、お、お前も何か言うのだ。こ、この馬鹿者」
父親に頭を殴られ、ルークは続けるような形で。
「……も、申し訳ございませんでした。あ、あめ……あめ、アメリア様に……何と侮辱するような発言や行動をして……深く反省しております。もう二度とこのような事態にならないように……深く誓いますので、どうぞお許し下さい」