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「さぁー。アメリア、一緒に屋敷へ戻るぞ」
手を差し出されるものの、私は弾き返した。
こんな奴の手を握るなら、泥を触った方が百倍マシね。
「やれやれ本当に世話が掛かる女だ。でも石ころは磨けば磨くほどに、新たな輝きを放つもの。多少磨く時間があるのも、悪くはなかろう。ま、お前はただの石ころだと思うがな」
言ってやったぜ、とでも思っているのだろうか。
ルークは、ゲッハハハハと高笑いしている。
「ほら。さっさと行くぞ。僕に付いてくるのだ」
「付いてくる……? 一体どこに行くつもりなの?」
「アメリアの実家さ。僕の父上が長い遠征から戻ってきたのだ。今からアメリア実家で、お前を。いいや、お前たち家族の公開裁判が始まるのだ。まぁー、結果は既に見えているがな」
ルークの父親が遠征から帰還。こうして、ルークは私に仕返しができると思い、わざわざ私を呼びに来てくれたわけだ。
「あー楽しみだな。数時間後、お前が全てを失う瞬間を。実家も、家族も——何もかも、お前は失い、そして泣き喚くのだ」
本来は今すぐに消えて欲しいと思うけど、このバカ男が引くはずがない。面倒だから帰ってと言えど、「父上が怖いのだろ、ふん、強い者の前では何もできない。まるで負け犬だな」とか言ってくるに違いない。
だから、ここで終止符を打たないと。どちらが正義か。
「シリカ、ごめんなさい。私……もう行かなくちゃ」
私はシリカと子供たちに別れを告げ、施設を後にした。ルークは新たな家来を雇ったのか、ここまで馬車で来たらしい。乗馬も碌に出来ないバカがどうやってここまで来たかと思ったが、こんなカラクリがあったとは。
馬車に揺られ、七分程度。私は実家へと戻ってきた。
私の両親と、ルークの両親は客の間で待っているのだと。
客の間は、私の家では一番大きい部屋である。大切な客人を迎える時に使用する場所。こんな奴、客人でもないのになー。
「ふむ。立派なお屋敷だ。これが僕の物になるとは、実に天晴れである。召し使いにでも、雇ってやろうか?」
下車したルークは緑溢れる敷地内と実家の外装を眺めている。自分の物になると本気で勘違いしているのだろう。余談だが、喋りながら馬車から降りたので、ルークは足を滑らせ転びそうになっていた。本当、カッコ悪いわね。
「結構です。雇われる筋合いはございませんし。無能な貴方の元で、働くなど絶対に嫌ですから」
「反抗的な態度もそそるものだな。お前が屈辱を味わう姿が見たくて見たくて堪らないよ、アメリア」
ルークは顔を近づけてきて、私を舐め回すように見てくる。
気持ち悪い。
見るだけで相手を不快にさせるって才能があるわね。
貴方が誇れる所は、その一点だけじゃないかしらね。
「では最後に、お前にもう一度だけチャンスを与えてやる」
「チャンス……?」
意味が分からずに問い返した私に対し、ルークはニタァと笑みを浮かべて。
「あーそうだ。お前が僕の靴裏をベロでピカピカにすることができれば、僕専属の性奴隷にしてやろう。嬉しいだろぉ?」
自分を何様だと勘違いしているのだろうか。思わず殺意が芽生えてしまうが、胸の内まで留めた。私、頑張ったわ。
「絶対に嫌。お断りよ、私は好きなように生きるわ」
「ケッ。くだらん女だな。さっさと素直になればいいものを……愚かな奴だ。人の善意を踏み躙りおって」
ルークは顔をぐにゃりと歪め、声を大にして。
「裁きの審判を受け入れろ。そして一生後悔しろ、ルーク・シュバルツ様に反抗した自分自身に。何故あんな過ちを起こしたのかと何度も後悔する夜を過ごし、朝陽を見る度に今日も地獄が幕開けると思い知れ。この腐れ女がぁああ!?」
言い終えたルークは満足気にニコリと微笑んだ。清々しいほどに、嬉しさが伝わってくる。舞台仕事を終えた役者みたい。
もしかして一週間、セリフを考えてたのか?
お猿さんにしては、まぁー上出来だったんじゃない?
途中から喚くだけだったから、殆ど聞いてなかったけど。
「父上の馬車も止まっているな。役者は全員揃ったな」
腕を組んだルークは、劇を見に来た子供みたいにそわそわしていた。私が裁かれるのを楽しみにしているのだろう。
けれど、そんな展開は起きない。起きるはずがない。
「アメリア、僕はお前が不幸になる姿が見たい。実に愉快だ」
ルークが屋敷の玄関戸を開くと同時に、私は小さな声で。
「ルーク、ありがとうね。婚約破棄してくれて」
「んっ……? あ、アメリア……な、何か言っ——」
後ろを振り向きつつも、ルークは前方の様子がおかしいと気付いたのだろう。
玄関の扉の先で、床に頭を付けて謝る男性の姿に。
ルークの父親——ガウス・シュバルツ伯爵が、土下座していたのだ。深々と頭を下げ、額から血が流れるほどに。
「も、申し訳ございません。バカ息子がアメリア様に何と無礼なことを」